僕と彼女と

僕と彼女の

 彼女はいつもうつむいていた。

 誰とも視線を合わせないよう、床に顔を向けている。

 まるで、眼鏡の奥の瞳を見られないように。


 僕は、猫背で歩く彼女を横目で見ている。

 昔、もっと小さい頃、今よりずっと世界が小さかった頃の彼女は、いつも前を見て、空を見上げて、僕を引きずりまわして走り回っていた。

 その時の瞳を今でも憶えている。

 昼の太陽を反射して、空の色を反射して、僕の顔を反射してキラキラしていた。

 いつの間にか、だんだんと下を見るようになって。

 気が付いたら、眼鏡をかけていて。


 今、僕は猫背で歩く彼女を見ている。

 分厚いプリントの束を抱えて歩く彼女を見ている。

 いつの間にか話さなくなった彼女の、重そうな荷物を見る。

 少しだけ、足早に歩いて。少しだけ、勇気を出して。


 声をかけた。


 彼女は驚いたような顔をして、僕の名前を呟いた。

 こっちを見上げる顔。レンズの奥の瞳は良く見えなかった。


――


 彼女はいつもうつむいていた。

 誰とも視線を合わせないよう、床に顔を向けている。

 まるで、眼鏡の奥の瞳を見られないように。


 今、僕は猫背で歩く彼女を見ている。

 分厚いプリントの束を抱えて歩く彼女を見ている。

 いつの間にか話さなくなった彼女の、重そうな荷物を見る。

 少しだけ、足早に歩いて。少しだけ、勇気を出して。

 声をかけようとしたら、彼女は突然立ち止まった。

 僕は止まりきれずにぶつかってしまった。

 床に散らばるプリントを、謝りながら慌てて拾う。

 彼女は驚いたような顔をして、僕の名前を呟いた。

 久しぶりに見合わす顔。レンズの奥の瞳は良く見えなかった。


――


 彼女はいつもうつむいていた。

 誰とも視線を合わせないよう、床に顔を向けている。

 まるで、眼鏡の奥の瞳を見られないように。


 今、僕は廊下を歩いている。

 どこに向かっているのかはよく分からない。

 多分、角のあたりで彼女とぶつかるのだろう。

 角が近づいてきたので歩く速さを落としておく。

 予想していたように彼女が現れ、わかっていたかのようにぶつかる。

 お互いに謝罪の言葉を呟いて、お互いの顔を見る。


――


 彼女はいつもうつむいていた。

 誰とも視線を合わせないよう、床に顔を向けている。

 まるで、眼鏡の奥の瞳を見られないように。


 今、僕は図書室で本を読んでいる。


 今回はずいぶんと苦戦しているらしい。

 納得のいく物語が見つからないのだろうか。

 僕に、僕たちにできる事は願う事と、祈る事だけ。


 僕は立ち上がり、図書委員の彼女のいる場所へ歩く。


――


 彼女はいつもうつむいていた。

 誰とも視線を合わせないよう、床に顔を向けている。

 まるで、眼鏡の奥の瞳を見られないように。


 今、僕は学校から家に帰るために歩いている。

 図書室の先は思いつかなかったらしい。

 彼女は僕の先を歩いている。

 僕と彼女の家は隣同士。帰る方向は同じ。


 より良い物語を目指して繰り返される試行錯誤。

 僕に、僕たちにできる事は願う事と、祈る事だけ。


 僕は少し足を速めて、彼女に追いつく。

 少しだけ勇気を出して、少しだけ明るい声で。


 彼女はちょっと驚いて、僕の顔を見て。

 小さな声で。


 僕らは隣同士の家に、並んで歩いていく。

 物語の動く音がする。

 願わくば、良い物語を。


 僕に。

 彼女に。

 世界に。

 あなたに。


 願わくば、良い結末を。

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僕と彼女と @marucyst

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