私の歪んだ眼鏡

すみはし

私の歪んだ眼鏡

ここはひそかに有名な眼鏡屋らしい。

かなりレトロチックな作りで、純喫茶のような味わい深い見た目をしていた。


「あなたにあった眼鏡、売り〼」


店頭にはそう書かれた張り紙だけが貼ってあり、それ以外の情報はわからない。

ナビマップにも名前は表示されない、ただ眼鏡屋だと"知っている"だけの場所。


私は目がとても悪く、いつも眼鏡をかけている。

片時も手放せないが、フレームが歪みかけ、古くなってきているので、掃除や修繕をお願いしたいと思いふと来店を思い立った。

先日不注意で顔をぶつけたときにフレームがいつも以上に歪んでしまい、今の私のメガネはなかなか歪なのではないだろうか。

ただ、スペアがないので今はこれをかけるしかない。


最近は本当にいいことがない。

特に用もないのにオジサンに話しかけられるし、コンビニバイトでもお客さんがうっとおしいし、この間いった喫茶店の店員さんも注文間違いが酷かった。

友人のかわいい子にはオジサンではなくお兄さんが声をかけられ、きれいな料理屋さんでバイトいていてお客さんの質も高いんだろうな。

喫茶店の店員さんもきっとあの子にはサービスするんだ。

全くかわいい女性には優しい世の中だよね、私には全く関係のない話だけど。



そんなことを考えていても時間の無駄だと気づいてはいたので、恐る恐るドアを開ける。

眼鏡をかけ、黒いスーツを着た姿勢の良い老紳士がカウンター越しにこちらを見た。


「いらっしゃいませ」


老紳士は一瞬珍しそうな顔をしたものの、すぐににこやかに出迎えてくれた。

物腰も柔らかく、一挙手一投足ぴしっとした気品にあふれる動きをしている。


なんとなく、紅茶をいれるのもうまそうだな、という偏見を勝手に持ちながら、カウンター並ぶ眼鏡に目をやった。


【透き通る眼鏡】

【素敵な男性へ】

【素敵な女性へ】


全ての眼鏡に名前がついていた。

歪な眼鏡を何とか整えながら、心の中で文字を読み上げていく。

何とも小粋な眼鏡屋もあるものだ、と感心する。

一点ものらしき眼鏡はそれぞれ値段が高く、良い品なのだろうなと思った。


大きくはない店内を見渡すと、一組、このお店に似つかわしくない派手なネイルの若々しい女の子と、冴えないオジサンが楽しそうに眼鏡を見ているのが目に入った。

女の子は丸渕の眼鏡をかけており、オジサンはスクエア型のメガネをかけていた。

私は気づいている。

女の子のバッグがブランド物で、コートもブランドものだということに。

いわゆるパパ活とかいうやつで、お買い物の最中なのだろう。

SNSでよく見かけるようになった茶飯、買い物のみです!とか書いているP活女子とおぢの関係ってこういうことなのかな、と。



「お嬢さん、眼鏡の修理ですか?」


急に声をかけられ振り向くと、老紳士が後ろに立ってにっこりと笑っていた。


「そうなんです、よくお気づきになりましたね…」

「まぁ、少し歪んでいらっしゃるようなので…その程度でしたらすぐにお直しできますよ」

「本当ですか? じゃあお願いします。あとはスペアの眼鏡も買おうかな、と思っているんですが」

「スペアですか、それも何か希望がありましたら後でお探ししましょうか。いったんおかけになってお待ちいただいても?」


老紳士は椅子を指して時間はあるか、いったん帰るかなどの選択肢を提示してきたが、今日は特に予定もないので座って待つことにした。

眼鏡がないと視界がぼやける。

スマホを目にかなり近づけてSNSを見ようとしたが、何となくそんな気分になれなくて、マージ系の暇つぶしアプリを始めた。




「お待たせいたしました」


再び老紳士から声をかけられる。

ゲームに夢中、遠くが見えにくかったので気付かなかった。


老紳士は四角い皮のケースに置かれた私の眼鏡を差し出した。

お気に入りの眼鏡はすっかりきれいに元通り、まるで新品のようになって帰ってきていた。


「新品みたい!」

「いえいえ、フレームの歪みと少しのくすみ汚れがあったくらいでしたよ。結構長くお使いかと思うのですが、大事に使われているんですね」

「祖母に昔買ってもらったもので、思い出の品です」


もうなくなった祖母を思い返し、眼鏡をかける。

周りがクリアに見えてとてもすっきりした気分だ。


「ちなみにさっき気にされてたお二方、親子で、お嬢様がお父様に新しい眼鏡をプレゼントしたい、とのことでしたよ」


ヒソ、と耳打ちをする老紳士の言葉を聞いて邪推した私は恥ずかしくなった。


「私自分でちゃんと稼いでるんだから親孝行位させてよ!」

「だって、ネイルサロン開業をしたからって、そんな、自分の投資に今は使いなさい」


そんな会話が聞こえてきて私はうつむくしかできなかった。


おいくらですか、と値段を聞き支払いを済ませ、スペアの眼鏡のことなど忘れて外に出る。

とてもすがすがしい気分だった。


『空がきれいな気がする』


なんてSNSに呟いてみた。





□■□■□■□■



客足が老紳士こと店長は呟いた。




お客様の眼鏡、歪んだ視界になっていてさぞご不便だったことでしょう。

レンズのくすみも取りました。

お客様の色眼鏡はきれいになったことでしょう。

視界も開けて自由になれますよう。


当店、本来色眼鏡を売りにしているのですよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の歪んだ眼鏡 すみはし @sumikko0020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ