第8話:転生邪神、ダンジョンへ行く

 推しの絵師であり編集者である『ウィル・アマリエ』に依頼され、俺達は彼女を護衛しながらダンジョンへ向かっていた。

 先に結論から言うが、『ウィル・アマリエ』は今世で出来た推しの一人であり、この娯楽の少ない異世界で俺を癒してくれた神と言ってもいい人物だ。

 俺が転生したこの世界は前世のようにサブカルチャーが充実していない。

 小説などは人気だが、それに添えられる挿絵はそこまで注視されておらず、あくまでおまけ扱いされるのだ。


 勿論本である以上本文がメインなのだが、俺の推し作者と絵師のコンビであるエルフの二人はその二つを非情に高いクオリティで両立させており、どっちもメインという状態で読者へと届けてくれる。

 本文も絵も神クオリティといっても過言ではなく、数十年前に初めて見つけた時の衝撃など今も覚えている。


 ……え? つまり俺が何を言いたいかって?

 推しが横にいてサイン本をくれると言ってくれて、そんな人と一緒にダンジョンに向かうという現実が割とヤバイのだ。語彙が消えるほどにやばく、何よりテンションが変になってるって事になる。


「ねえ師匠なんかさっきから緊張してるけど大丈夫?」

「問題無いぞグレア、それよりだ今回の依頼は気を引き締めてくれ」

「うん、聞いた通りなら人命かかってるしね」

「ああ、救出優先でやる必要があるだろな――多分だが、今からいくダンジョンは色々ヤバイだろう」

「師匠がヤバいって言うんだ……それは警戒しないとね」


 道中ウィル絵師に聞いたが、今までの推し小説に出てきた魔物や神獣達は実際にシャル先生が出会って観察した魔物を書いてきたのだという。


 つまりは今まで作中で出てきた敵キャラと対峙して彼女は生き残ってきたということだ。あの小説の中には神代に迫るほどの魔物も出てきたのを覚えているし、それと相対して生きていたという事は作者である彼女はかなりの実力者なはずだ。


 そして、そんな彼女がSOSを出すダンジョンなどどんな物か分からないのだ。

 これが、ダンジョンを破壊するみたいなものなら魔法を放って終了! って感じで良いが、今回は救出依頼であり中に入る必要があるだろう。


「着きました。この洞穴ですね」

「本当に報告のないダンジョンだな。シャルロッテ殿といえば特位の冒険者と聞くが、王国に報告はしなかったのか?」

「馬鹿姉さんは一番乗りで取材だと乗り込みました」

「……噂通りの人物なのだな」

「噂の方がましですね」

「……それは、聞きたくなかったな」


 噂って何だろう?

 グレアは知らないっぽいのでスタンに聞いて見れば、シャルロッテ先生はお転婆であり破天荒で傍若無人な冒険者気質の自由人と言うこと。


 そんなに無茶苦茶な噂あるか? と心底疑問に思ってしまい、首を傾げてしまったが……ウィル絵師は否定せずそれどころか、もっと酷いと言ってきた。

 凄い人なんだなぁと会ってない推しの姿を想像しながらもダンジョンに足を踏み入れる。


「……本当にこのダンジョンなのか?」

「そのはずです……ですが、おかしいですね魔物の気配が一切ないです」

「そうだね、全然気配がない。私はそこまで感知が得意じゃないけど、今までの経験的にここまで静かなのはおかしいよ。魔法の気配もないし……どうする先進む?」

「不気味だな、俺はあまりダンジョンには出向かぬが――異様に静かだ」


 弟子達とウィル先生が語る中、俺は妙な既視感を覚えていた。

 初めてくる筈のダンジョンなのだが、見たことあるというか……この造りには覚えがあった。柱の配置、似ているが細部には拘りを感じるようなこの空間、それに満ちている魔力……いや、空気感が俺の元いる神殿と似ている。


 俺が住んでいたあの神殿は邪神友達の配下に作って貰った物であの部下はかなりの凝り性、自分のセンスを信じておりそれを前面に出す建築家だ。


 ――なぜ、そいつの事が頭に過ったかは分からない。

 だけど俺の長年生きた勘が、それは気のせいではないと告げてくるのだ。

 そして、その建築家はダンジョンを作る際に転移魔法陣をよく使って作っていた。その転移魔法陣の特徴はダンジョンの階層へのランダムテレポートであり、一度踏んでしまえば正解の魔法陣を見つけるまで永遠に迷わせるそんな仕組み。


 そうやって迷わせ迷宮内を堪能させるため、複雑な魔法を幾百も用意する俺の友人である魔族を思いだした俺は、すぐに弟子達に声をかけたのだが――それはもう遅かった。


「お前等不用意に動くな!」

「え、師匠? ――って魔法陣!?」

「グレア姉!? ッ、これは転移か?」


 声をかけるもそれは遅く、先を探索しようと一歩踏み出した弟子二人とウィル先生の周りに魔法陣が展開される。


 それは三人の姿をかき消して何処かへ連れ去った。

 それで確信するのは友人が関わった迷宮である事、そして――この迷宮の主がきっと神代と関わりがある魔物であろうとううこと。

 あいつは生粋のダンジョンメイカー、細部そして最後まで一切の妥協をしない造りで俺等の命を奪ってくるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る