第2話:一番弟子、ワンコ系勇者グレア


「ドナドナドーナードーナー」

「……ねぇ師匠、その歌なんか不安になるから止めて?」

「そりゃ、市場に連れてかれる子牛の歌だしな……」


 つい口ずさんでいた歌にツッコミを入れられたので俺はそれを止め、少し憂鬱とした気分で外の景色を見る。

 外は俺の気分とは裏腹に驚くほどの快晴、澄み渡る青空は俺の気なんか知らずとても晴れていた。


「なんでそんなに嫌なの師匠?」

「いや……ちょっと色々あって、うん帰りたい」


 野を越え山を越える変化の乏しいこの旅路、こうやって外を見るのは何度目か分からないが……こうも代わり映えしないとかなり退屈だ。

 

 聖都に行くのはまずこの国の王都を経由しなければいけないし、そこからも半月ほどかかる。

 今すぐ転移魔法で逃げてぇ……とか心底思ってしまうが、いきなり消えたら不審がられるし道場の皆に悪い。今の俺は師匠ポジ、おいそれと弟子を放置するわけにはいかないのだ。


 まあ……育てた弟子が勇者だったとかいう状況で、世界の平和取り戻されてるからいらなくね? と思われるかもしれないが、一度憧れたものを放り出すのは俺の性格的に嫌なので飽きるまでは師匠してたい。


 結構教えるのって楽しいし、この世界に転生したなかでも充実した数年だから今更止めるのは嫌だしな。


「そうだグレア、旅はどうだった?」

 

 流石にいつまでも行きたくないといった態度でいるのも悪いから、俺は自分から話題を振った。彼女は二年近く魔王討伐の旅に出てたのだし、きっと色々なものを見た筈で純粋に気になったから聞いてみることにしたのだ。


「……大変だったかな? でも、師匠のおかげで苦戦はしなかったよ。それに魔王もあんまりだったし」

「まじか、凄いなグレア」


 ちょっと間があったが、それなら良かった。

 まあ正直勇者なんて知らなかったし、魔王倒すまでに強くなってるとはまじで思わなかったが……。 


「ふふん私は師匠の一番弟子で最強だからね、当然だよ!」

「お前は本当に強かったからな――うん」


 思い返すのは初めての弟子に喜び本気で鍛えた彼女との日々。

 何を教えてもすぐに覚え魔法も剣もどんどん吸収していったグレア、正直幼いながらに俺に迫った彼女の才能はヤバイものだったなぁと今更思う。

 

「ともあれお疲れ様、帰ってきてくれて嬉しいぞグレア」


 だけどまあ、最初の弟子が帰ってきたんだ。

 この過酷な世界で生き残り帰ってきた事を喜ぼう――聖都に行くのは嫌だけど、こうやって弟子との旅路は悪くないしな。


「――うん、ただいま師匠」


――――――

――――

――



 私の世界は冷たかった。

 異常な才を持って生まれ、人より何倍も強かった私は生まれた村で恐れられ捨てられた。その時私は出会ったのだ。私を見てくれて、愛してくれる――エスタ師匠に。

 私が捨てられたのは魔物が沢山住んでいる谷。 


 死にたくないとそんな思いで、私は拾った剣で魔物を殺し続けた。

 だけど、人間である以上限界がくるわけで時間が経つごとに体は重くなって――龍の魔物に殺される瞬間の事。

 絶対な死が何かによって覆されたのだ。

 

『なんでこんな場所に子供がいるんだか……まあいいや。なあお前生きたいか?』


 そんな彼に私は生きたいと言った。

 こんな場所で死にたくない、私はまだ生きていたいと。

 そう言えば彼は笑った。そっかと言って、次の瞬間私を抱えて。


『じゃあ俺についてこい。お前に生きる術を、生きる道を、俺の持てる全てを与えてやる――今日からお前は俺の弟子だ』


 きっとあれは魔法だったのだろう。

 師匠が刀を抜いた瞬間に斬撃が飛び全ての魔物を倒してしまったのだ。

 

『とにかく飯にしようぜ? ――お腹空いただろ』


 その時、初めて私は温もりを感じた。

 勿論ご飯が温かかった訳ではない、彼は凄く優しくて暖かかったからだ。

 ただ拾っただけの私に色々な事を教えてくれた。


 剣の正しい握り方、魔法の使い方、勉強も見てくれて成長する度に自分の事のように喜んでくれた。

 だからそれに応えたくて、私はどんどん強くなった。

 そのたびに褒めてくれて、喜んでくれて――それがたまらなく嬉しかった。

 化物と呼ばれた私を人間みたいに育ててくれて、愛ししてくれて。


 そんな彼は色んな子供を拾ってきた。

 一人ぼっちののハーフエルフ、逃げてきた魔族の娘、忌み子と言われた狼人の双子、呪われていた男の子、悪魔と呼ばれた貴族だった子供……そのほかに大勢の子が彼の元に集まって、彼が開いた道場で一緒に育った。


 初めて出来た家族と呼べる皆。皆大切で誰もが師匠を慕ってて彼のおかげで出会えた縁はとても大切な宝物だ。

 それはそうと師匠は規格外に強かった。剣……いや刀を振れば岩を斬り、魔法を使えば大気を揺らす。しかもそれは全力じゃなくて、涼しい顔でやってのける。


 だから不思議だった。

 そんな強い人がなんで無名なのだろうと……だから私は聞いたのだ。


『ねぇ、師匠はどうしてそんなに強いのに私なんかを弟子にしたの?』


 それはずっと思っていたこと、彼ほど強い人であればもっと才能がある子を弟子にしたり有名な道場などで人を育ててたほうが良いと思ったから。


『んーそうだな。偶然見つけたお前が俺に似てると思ったからだな』

『……どういうこと?』

『生きたいって願って戦う姿が似てたんだよ。俺も昔は死にたくなくて足掻いたから、それにさ――ビビッときたんだよな、グレアを見て』

『何それ……変なの』

『……あとは、そうだな。仲間が欲しかったのかもな』


 きっとそれは師匠の本音だったのだろう。

 師匠も誰かに化物と呼ばれたんだ。だから同じ化物を探して旅をして――そして私に、私達に出会ってくれた。

 きっとこれは運命なんだと思った。


『そうだ師匠! 夢ってあるの?』

『ん? あー今は皆が元気に育ってくれるのが夢だな。逆にグレアの夢は何だ?』

『私は師匠みたいに旅がしたいな、色んなもの見たいんだ!』

『そっか、旅は良いぞ? ならもっと強くならないとな。じゃ今日も頑張るぞ』

『うん!』


 それが、自分が勇者だって知らなかった頃の大切な思い出だ。


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