第二十三話 東海道五十三次を上回る
北一直線作戦は順調だった。
だが、それはあくまで宮本武蔵だからこそ可能な策。
普通の冒険者が
死なず
進行方向に洞窟の
川や水辺など、もはや言うまでもない。
「
『ヒメわかるよ〜、えーとねぇ、そこで五十三個目の街!』
『そんなに遠い街なのに、まだ身分パネルで
配信活動も欠かさない。
五十三、それは奇しくも
江戸の日本には東海道五十三次という言葉が存在し、それは読んで字の
東海道五十三次を作り上げた男、それは宮本武蔵。
慶長六年、つまり武蔵の
お
これには武蔵も悩み、二人は夜通し考えぬく。
飽きてうんざりしてきた武蔵は、変わってしまったその日の日付が五月三日だったことから「もう五十三とかでよくね?」的な
これが東海道五十三次の真実である。
「さて、たまには
『ダメだってば武蔵! 最後に決めるのはその街の人!』
『武蔵お兄ちゃん、また書こうとして
旅配信をしながら、ムサシチャンネルは街の命名にも立ち会う。
自分達の街にもある日いきなり武蔵が来るかもしれない、と住人達は盛り上がり、実際に配信が始まると
油性マジックにも似たペンを使い力強く町の名を書く武蔵だったが、途中で文字が
「ふむ、この街は
「ヒメも
『進んで行くにつれて、どんどんボク達の街とは違う文化や食べものが増えてきたのだ。ボクも早く行きたいのだ』
最初と二つ目だけは宮本武蔵が
豆餅として
*
「腕に覚えある者だけで良い、無理はするな。されど
『ちょっとでも不安な人は、いつか
『無理はダメなのだ。でも、ボクも他の町から来た
武蔵は配信を通し、確実に存在するであろう
集める場は、はじまりの町。
「拙者が立てた矢印をまっすぐ
『よその街から来た人が休んでても、みんな仲良くしてあげてね!』
『待ってヒメお姉ちゃん、すごいのだ、
壁を突破可能になり各々の街から飛び出した配信者は、何も武蔵だけではない。
だが多くの者が「危険を冒してまで遠出しても、特に得る物も
それぞれの街に居るだけで生活や
だが稀に、豆餅が配信で伝えた
「一瞬だけ拙者が目にした
『情報の送り先は武蔵でもヒメでもなく豆餅のチャンネルだからね〜!』
『武蔵お兄ちゃん以外にも、強くてかっこいい冒険配信者さんのお話待ってるのだ』
あまり知られていなかった
住んでいた街の外に出たかもしれない冒険者、
豆餅ことセツナは
*
武蔵が大量に背負っていた〝
「はじまりの街に
『なんだろー、ヒメも気になるなぁ』
『武蔵お兄ちゃん、
実は、はじまりの街に冒険者が集まり何が始まるのか武蔵は知らない。
さも知ってる
当日の説明や案内を手伝うヒメは
計画を発案した豆餅ことセツナは、誰よりも詳しく
これもまた実際に令和の配信界隈でしばしば用いられた
新曲の発表が決まっていても、その事実のみを公開し曲名や雰囲気は発表直前まで隠し通す。
時には新曲という存在そのものを明かさず〝何か〟があるという〝可能性〟だけを
*
「ムサシチャンネル、ますますもって登録者が増えてきたようだ。
『ヒメも早く他の街に行ってみたいなぁ』
『でも、武蔵お兄ちゃんの突発旅配信を見てるとボクまで遠くを冒険してる気分になれて、楽しいのだ』
豆餅の言葉、
動画配信が普及する前の平成日本でも、テレビ放送の旅番組や旅グルメが強いコンテンツとして存在し高い視聴率を叩き出していた。
金銭や年齢的な問題から自分の住む町以外の景色を見る機会が中々ない子供達や、年老いて自力での遠出が困難となった高齢者から人気を博す。
そんな旅配信もまた、
平成から令和の世を生き
何故なら、考えた男は
最後の矢印を使い切り、東海道五十三次の実に倍以上となる百八の街を制覇した宮本武蔵。
伊能忠敬アール・ティー・エー計画は、折り返しに差し掛かる。
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