第二十三話 東海道五十三次を上回る


 北一直線作戦は順調だった。

 だが、それはあくまで宮本武蔵だからこそ可能な策。

 普通の冒険者が模倣もほうしようものなら百回は死ぬ。

 死なずからくも生き長らえたところで常人なら二度と故郷に戻れぬか、帰還まで何年もようする。


 蔓延はびこ徘徊はいかいし牙をき襲い来る魔獣モンスターを、武蔵は全て無視シカト

 いくさとなれば方向感覚サムライ・コンパスがズレる懸念リスクがあるからだ。


 進行方向に洞窟の迷宮ダンジョンがあれば突入せずに絶壁を正確に駆け上がり、その上が山なら前方一点のみの木々や岩を次々に破壊し直進。

 迂回うかいすれば方向感覚サムライ・コンパスがズレる懸念リスクがあるからだ。


 川や水辺など、もはや言うまでもない。

 中級配信者審査オーディション・ロワイヤルで多くの視聴者リスナーを魅了した、侍特有の水面走法で真っ直ぐに渡りきる。


いくつ目か最早もはや、覚えておらぬ。だが、拙者せっしゃが来たぞみなの者」

『ヒメわかるよ〜、えーとねぇ、そこで五十三個目の街!』

『そんなに遠い街なのに、まだ身分パネルで共同コラボ配信できてよかったのだ。どのくらい離れてても使えるのか、ボクは気になるのだ」


 配信活動も欠かさない。


 五十三、それは奇しくも東海道とうかいどう五十三次ごじゅうさんつぎと同じ数字。

 江戸の日本には東海道五十三次という言葉が存在し、それは読んで字のごとく江戸から京都に至るまでの東海道で定められた五十三の宿場を指す。

 浮世絵うきよえや和歌、俳句の題材としても取り上げられる東海道五十三次は、一般的に浮世絵作者である歌川広重が定めたとされるが、これは誤りである。


 東海道五十三次を作り上げた男、それは宮本武蔵。


 慶長六年、つまり武蔵の転生ころりんより三年前。

 お洒落しゃれでイケてるの思いついたけど肝心かんじんの〝数〟が決まらないと頭を抱えた歌川広重は、浮世絵のモデルとして交流が始まり私生活プライベートでも何度も一緒に遊んだ宮本武蔵を頼ることにした。

 これには武蔵も悩み、二人は夜通し考えぬく。


 飽きてうんざりしてきた武蔵は、変わってしまったその日の日付が五月三日だったことから「もう五十三とかでよくね?」的な趣旨ニュアンスの言葉を漏らし、歌川広重もまた「そんくらいでいいかも」と思い、そこから二人が気に入っていた宿を五十三カ所選別ピックアップし、完成。

 

 これが東海道五十三次の真実である。


「さて、たまには拙者せっしゃも決めてみるか」

『ダメだってば武蔵! 最後に決めるのはその街の人!』

『武蔵お兄ちゃん、また書こうとしてかすれたりしないのだ? 大丈夫なのだ?』


 旅配信をしながら、ムサシチャンネルは街の命名にも立ち会う。

 自分達の街にもある日いきなり武蔵が来るかもしれない、と住人達は盛り上がり、実際に配信が始まると応援コメント欄も白熱し、最終的に街の組合ギルド責任者が制定した名前を武蔵が木製矢印に書き込むまでが恒例こうれい行事イベント


 油性マジックにも似たペンを使い力強く町の名を書く武蔵だったが、途中で文字がかすれ薄くなり恥をかいた経験から予備スペアも持ち歩くことを学んだ。


「ふむ、この街は味元龍慈街あじもとリュウジがいと申すか、後悔せぬな? 拙者、書くぞ?」

「ヒメも龍慈街リュウジがいのお料理食べてみたいなぁ」

『進んで行くにつれて、どんどんボク達の街とは違う文化や食べものが増えてきたのだ。ボクも早く行きたいのだ』


 最初と二つ目だけは宮本武蔵が直々じきじきに名付けた「はじまりの街」と次の「矢印郷やじるしごう」を皮切かわきりに、以降は住人の意見を尊重し「たからかねさと」や「味元龍慈街あじもとリュウジがい」など、多くの街が名を矢印に書き込まれる。


 豆餅として遠隔リモートで配信に参加するセツナは、龍慈街の品々しなじなを見ながら、転生ころりんしてくる前の令和でよく訪れた横浜中華街を懐かしんでいた。

 

 

「腕に覚えある者だけで良い、無理はするな。されど豪傑つよつよ自負じふし死をも恐れぬ勇猛ゆうもうな者は、つどえ!」

『ちょっとでも不安な人は、いつかぜっっったいヒメと豆餅が安全な経路ルートを探すから待っててね〜!』

『無理はダメなのだ。でも、ボクも他の町から来たシルバー冒険者さんに会ってみたいのだ』


 武蔵は配信を通し、確実に存在するであろうシルバー冒険者に呼びかけを行う。

 集める場は、はじまりの町。


「拙者が立てた矢印をまっすぐ辿たどれば着く。自信のない者は途中でも引き返せ」

『よその街から来た人が休んでても、みんな仲良くしてあげてね!』

『待ってヒメお姉ちゃん、すごいのだ、味元あじもとの方からきたシルバー冒険配信者の龍慈リュウジさん、もう隣の街に着いてお料理を振る舞ってるのだ。短文身分ミブッタランドに投稿してるのだ。早くボク達がいるはじまりの街にも来て欲しいのだ、お願いしますのだ』


 壁を突破可能になり各々の街から飛び出した配信者は、何も武蔵だけではない。

 だが多くの者が「危険を冒してまで遠出しても、特に得る物もだかも無し」と判断し街へ引き返す。

 それぞれの街に居るだけで生活や迷宮ダンジョン配信は成立するからである。

 だが稀に、豆餅が配信で伝えた龍慈リュウジのような熱意ガッツあふれる者は存在した。


「一瞬だけ拙者が目にした魔獣モンスターは、今後も配信で逐一ちくいち伝えていく」

『情報の送り先は武蔵でもヒメでもなく豆餅のチャンネルだからね〜!』

『武蔵お兄ちゃん以外にも、強くてかっこいい冒険配信者さんのお話待ってるのだ』


 あまり知られていなかった魔獣モンスターの情報収集。


 住んでいた街の外に出たかもしれない冒険者、魔獣モンスター交戦バトルしたかもしれない冒険者、それらは確かに一定数存在する。

 豆餅ことセツナは眉唾まゆつばだろうが信憑性しんぴょうせいが高かろうが低かろうが、とにかく情報を集め整理していた。

 胡散臭うさんくさいデマかもしれないという意味の「眉唾」という言葉も、当然かつて宮本武蔵が生み出し五輪書を通して平成や令和まで残り続けた美しい日本語である。



 武蔵が大量に背負っていた〝矢印やじるし〟も、かなり減ってくる。


「はじまりの街に猛者共もさどもを集める理由が気になるとな? ふっ、それはまだもうさぬ。楽しみに待つが良い」

『なんだろー、ヒメも気になるなぁ』

『武蔵お兄ちゃん、一体いったい何をたくらんでいるのだ?』


 実は、はじまりの街に冒険者が集まり何が始まるのか武蔵は知らない。

 さも知ってるふうに配信しながら、まったく知らない。

 当日の説明や案内を手伝うヒメはいくらか事情を知っているが、何も知らないという顔をつらぬく。

 計画を発案した豆餅ことセツナは、誰よりも詳しく熟知じゅくちしている。


 概要がいようをあえて伝えない、という企画。

 これもまた実際に令和の配信界隈でしばしば用いられた手法テクニックである。

 新曲の発表が決まっていても、その事実のみを公開し曲名や雰囲気は発表直前まで隠し通す。

 時には新曲という存在そのものを明かさず〝何か〟があるという〝可能性〟だけをにおわせておく。

 情報解禁もうしゃべっていいよ時期タイミングを守ることや「人に話せない」という配信者の負担ストレス気苦労きぐろうの上に成り立つ手法は、令和の日本でも異界の迷宮ダンジョン配信界隈でも変わらず多くの視聴者リスナーを楽しませ期待を高め続けていた。



「ムサシチャンネル、ますますもって登録者が増えてきたようだ。視聴者リスナーのおぬし達にも感謝しておる」

『ヒメも早く他の街に行ってみたいなぁ』

『でも、武蔵お兄ちゃんの突発旅配信を見てるとボクまで遠くを冒険してる気分になれて、楽しいのだ』


 豆餅の言葉、トラベル


 動画配信が普及する前の平成日本でも、テレビ放送の旅番組や旅グルメが強いコンテンツとして存在し高い視聴率を叩き出していた。

 金銭や年齢的な問題から自分の住む町以外の景色を見る機会が中々ない子供達や、年老いて自力での遠出が困難となった高齢者から人気を博す。

 

 そんな旅配信もまた、迷宮ダンジョン配信界隈において最初に試したのがムサシチャンネル。

 平成から令和の世を生き転生ころりんした優秀な仲間マメモチが生み出した企画、人気の爆発と登録者数の増加は必然と言えよう。


 何故なら、考えた男は甲斐カイ刹那セツナだからである。


 最後の矢印を使い切り、東海道五十三次の実に倍以上となる百八の街を制覇した宮本武蔵。


 

 伊能忠敬アール・ティー・エー計画は、折り返しに差し掛かる。


 

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