第二十二話 サムライ・コンパス


 はじまりの〝町〟から走り出した宮本武蔵。


 成すべきことは、かつて日本最高峰の地図を身一つで作り上げた伊能忠敬いのうただたかごとく、国の経路記録ルート・マッピング……ではない!


 まだ、開始しない。


 それよりも前に、すべきことがある。


『なあ侍、最優先は身分パネルの有効範囲検証アクティブエリア・チェックだ。手順と、他に書きめて欲しい内容はここにまとめた』


 出発前のセツナの言葉を思い出す。

 中級配信者審査オーディション・ロワイヤルにせよ他の数々の迷宮ダンジョンにせよ、いかに宮本武蔵と言えども一人でのだかや最適解は成し得なかった。

 仲間との協力や連携は、実際重要である。


『ヒメからは特にリクエストないし、お土産も要らないから、武蔵は絶対にケガしないで帰ってくること!』


 ヒメの言葉を思い出しながら、拙者がケガなどするわけなかろうと武蔵は小さくつぶやく。

 仲間を知り、温もりを知り、帰る場所と待つ者の大切さを宮本武蔵は知った。

 編成パーティの仲間とは絶対に関係を持たず交際などせぬ、と豪語したことを武蔵は少し後悔しはじめている。


『お前は北を目指せ、侍』


 また、セツナの言葉を思い出す。

 洞窟に名を付けたように日の出と日の入りから東西は分かる。

 そこから自ずと南と北も割り出せる上に、中級配信者審査オーディション・ロワイヤル特設迷宮スペシャル・ダンジョンは町の北側に位置しており分かりやすい。

 おまけに〝町〟を南北に縦断するような太い街道が存在し、その両端が以前は見えない壁で遮断されていた。


 シルバーの身分パネルを手にした今は当然、解禁アンロックされている。


『あ? 北にした理由? ねえよ。突き進んでる、って感じで面白おもしれえだろ』


 南北の街道、町の南の端は武蔵が転生ころりんしてきた荒野。

 荒野の少し右には初踏破はつとうはした洞窟迷宮ダンジョン

 街道を進み町の北端には中級配信者審査オーディション・ロワイヤル特設迷宮スペシャル・ダンジョン

 思い返せば武蔵の旅は南から北へ向かって進んでいた。

 

 ならば、今後も目指すは北である。



「あれってもしかして武蔵だ?」

「ムサシチャンネルの人だ!」

「本物の宮本武蔵ですか?」

「待って斬られるよ、ごめんなさい離れます!」


 はじまりの町の他にも、町は存在した。そして、あからさまにムサシキッズとおぼしき者供ものどもも。

 ならばまず、やることは一つ。


 配信活動である。


「これより〝突発ゲリラの町配信〟を行う。まずは、少しばかり……待て!」


 令和や日本の配信においては、配信するサービスや媒体メディアにもよるが、生配信をする場合は遅くても放送予定の二十四時間前までには〝枠〟を取らなければならない規則ルールが存在する。

 運営への連絡や申請的なものである。

 思いつきで今から生配信、という行動は難しいあるいは不可能な配信サイトも少なくない。

 

 だが異界は事情が違う。

 いつでも身分パネル一つで配信可能なのである。


 視聴者リスナーも町の現実リアルムサシキッズも〝待たせ〟ながら、宮本武蔵には最優先で成すことがあった。


「ぬああああああああああッ!」


 それは、大量にかついでいた木製巨大矢印やじるしの一本を今まで走ってきた方角に合わせ位置調整セッティングし、地面にしっかり突き立てることである。

 

 二宮金次郎という人物が存在し、日本各地に銅像が建てられていることはあまりに有名な逸話エピソード

 彼が大量のまき背負せおったまま本を読む像が作られ、同時進行マルチタスクもうとして多くの者に知られた伝説。


 そんな二宮金次郎が持つまきの、実に十倍とも言える質量の〝大量矢印〟を背負い宮本武蔵は疾走ダッシュしてきた。


「刺さった!」

「何かやってる!」

「素手で!?」

「当たり前じゃん、侍だもん」


 武蔵がとる謎の行動にき立つムサシキッズ達。


「待たせたな、本日にかぎり拙者にっても良し、斬らぬ。触れても良し、ただし、おぬしらに頼みがある」


 視聴者リスナー達がめかけると思いきや、まだ誰一人として動かなかった。

 人の話は最後まで聞く、そう配信を通して武蔵からの教育を受けていたからである。

 武蔵の頼みとやらを確認するまでは、動くわけにはいかない。


「たった今、拙者が立てた矢印。これを一ヶ月の間……死守せよ。決して動かすな、向きを帰るな。この矢印が失われし時は、拙者が配信者引退の時である」


 宮本武蔵たっての頼みに歓喜かんきする視聴者リスナーもいれば、ムサシチャンネル消滅の危機にふるえる者も現れる。


 何故なぜ、配信活動引退が関わってくるのか。

 それは一歩間違えば武蔵は一生はじまりの街に帰れない危険性リスクはらんでいたからである。


 出発前にセツナがいくつか提示した可能性の一つが的中し、街と街の間には荒野が存在した。

 だが中間荒野は相当な距離があり、しかも魔獣モンスターが出現する。


『何かに、つまり街にぶつかるまで……ひたすらズレずぐに走り続ければい』

『だな、侍。お前の方向感覚サムライ・コンパスなら、それが出来る』

『ヒメは能力数値ステータス・ポイントの使い方、また教えてあげるっ!』


 出発前、三人は綿密な計画を練っていた。

 結果として「進行角度を一度たりとも変えず直進し、街へ戻る際も正確に百八十度、反対の方向にまた真っ直ぐ走れば帰還可能」という武蔵理論サムライ・ロジックが採用された。

 緻密かつ高精度の方向感覚サムライ・コンパスが、それを可能とする。

 

 何故なら、走る男は宮本武蔵だからである。


「つまり、この街のおぬしらには……」

『ヒメで〜す! 矢印を守って欲しくてぇ、あとね、他の街にも武蔵がこれから行くかもしれないの!』

『武蔵お兄ちゃんがいる街、まだ遠隔リモートで身分パネルの三枚使用トリプル・アクセスが出来るみたいなのだ。よかったのだ』


 唐突とうとつな割り込みの身分パネル接続アクセス


 思いがけぬ、共同コラボ配信。

 離れていても三人は身分パネルで通じ合っている。

 そして、その絆が物理距離にしてどの程度有効かの検証が今回の旅における最初の目的だった。


「拙者は方向感覚サムライ・コンパス再調整アジャストし、次なる何所どこかを目指す。しばし話しかけるでない」

『みんなごめんねぇ、武蔵すぐ街を出ちゃうけど今度ゆっくり遊びにいくね!』

『ボクも知らない街に行ってみたいのだ』


 はじまりの街から最初に走り出した方角は、セツナが天体や計算から導き出した〝正確過ぎる北〟である。

 そこから武蔵は全霊の集中力をもっ方向感覚サムライ・コンパス調整セッティング、走り出す。

 方向感覚サムライ・コンパスの集中力が途切れぬうちに、来た道の方角へ矢印を打ち込む。


 そしてまた、矢印を元に方向感覚サムライ・コンパス調整セッティングし直し北に向かい、もし街があれば矢印を打つことの繰り返し。

 これが、北一直線作戦。


「拙者は侍力を高め集中するが、ヒメや豆餅は喋っていてもいぞ」

『うん、ヒメも手伝ったんだけど豆餅も色々な技能スキル解禁アンロック知っててすごかったよねぇ』

『知ってるだけで、ボクも忘れちゃってたのだ』


 出発前夜に行われた能力数値ステータス・ポイントの振り分け。

 実のところ、宮本武蔵は転生ころりんから三カ月ほど経った頃には能力数値ステータス・ポイントに触らなくなっていた。

 ちまちまと能力ステータス技能スキルを設定せずとも魔獣モンスターごときには負けない自信と、肉体の鍛錬を重ねるという武士としてのこだわりによる行動。

 

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


『ヒメはあんまり必要ないと思うけど、いつか武蔵の真似まねをしたい誰かがいたら参考にしてみてね!』

『取得の詳しい方法や前提ツリーになる能力数値ステータス・ポイントは、ボクのチャンネルで紹介しておくのだ』


 有り余って持ちぐされと化した数値ポイントの使い道。

 それは、走破技能ランニング・スキル


 俊敏アジィを五十数値ポイント器用デックスを五十数値ポイント、それぞれ振り分けることで特殊技能ユニーク・スキルである快速疾走シャトル・ランが発現。

 生命ヴァイタルを五十数値ポイント耐久タフネスを五十数値ポイント、こちらの場合もまた特殊技能ユニーク・スキル長距離走フルマラソン解禁アンロック可能となる。


「二人とも、みなの者に拙者の技能スキルを説明してやれ」

『ヒメも昔は要らないと思ってたけどー、長距離走フルマラソンはともかくとして快速疾走シャトル・ラン迷宮ダンジョンでも役に立つかもー?』

走破技能ランニング・スキルは取る価値なしが定説だったのだ。でも、らない技能スキルを二つも取った武蔵お兄ちゃんに新しい特殊技能ユニーク・スキルが生まれてびっくりしたのだ』


 豆餅も驚くように、この情報は特殊技能ユニーク・スキル学会の研究者達を戦慄させた衝撃の新事実。


 速さと距離、二つの力を獲得した武蔵に目覚めた新たな技能スキル

 それこそが北一直線作戦にとって最高の武器となった最良の補助。


 

 亜音速走ソニック・マラソンである。


 

 方向感覚サムライ・コンパス亜音速走ソニック・マラソン、先天的な武士としての力と後天的な特殊技能ユニーク・スキルの力を使いこなし、宮本武蔵は北を目指し旅配信を続けていく。


 

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