第六章 伊能忠敬RTA

第二十一話 迷惑系配信者堕ちの危機


「コイツを見ろ侍、大事おおごとだ!」

「なるほど……拙者せっしゃ達も助太刀すけだちまいるか?」

「違う武蔵、ちゃんと考えて! 逃げるの!」


 セツナがタバコを吸いながら開いた短文身分ミブッタランドは、町に近く初級冒険者も挑める洞窟迷宮ダンジョン入り口に黒竜が出現したニュースで持ちきりだった。


 当然、犯人は宮本武蔵。


まいらねえよバカ! 俺達まとめて迷惑系配信者にされっぞ?」

「むう、どういうことだ」

「ヒメが片付けながら説明する! 武蔵も口動かす前に手動かして!」


 迷惑系配信者。

 それは読んで字のごとく迷惑でしかない滅ぶべき配信者であり、残念ながら令和の日本にも存在していた。

 誰かが嫌がることをする、誰かが傷付くことをする、誰かが損害をこうむることをする、そんな行動をとれば否応いやおうなく目立つ。

 注目を浴びることによる快感のとりこになり、人としておかしてはならない一線を踏み越えてしまったあわれな承認欲求しょうにんよっきゅう魔獣モンスター


 それが、迷惑系配信者である。


「音を立てるな、俺がまた経路ルートを練り直す」

「討伐を手伝えぬのががゆい、すまぬ……」

「ヒメも昨日反対すればよかった、今度からもっとよく考えるね」


 洞窟迷宮ダンジョン入り口に黒竜魔獣ブラック・ドラゴンを設置、挙げ句の果てには迷宮ダンジョンの中で煙草タバコを吸いながら活力エナジーりのうたげを始める。

 それは傍目はためから見れば迷惑行為である。

 経緯や意図、事情など考慮されない。

 そして調教済みの黒竜魔獣ブラック・ドラゴンの前に武蔵が姿を現そうものなら、間違いなく武蔵と黒竜魔獣ブラック・ドラゴンに何らかの関与が疑われる。


 ゆえに、逃げの一手だった。



「ひっでえ言われようだなこれ、ウケる!」

「死してなお、すまぬ蜥蜴トカゲ……」

「ヒメお腹痛いんだけど、ちょ、無理……」


 無事に証拠隠滅を完了し洞窟から逃げおおせたセツナとヒメは、笑い転げていた。

 主犯格の武蔵は自身の軽率な行動が招いた思わぬ世論を目の当たりにし、黒竜魔獣ブラック・ドラゴンへの同情を禁じ得ず沈痛な面持ちである。


 情緒メンタルが不安定だった上に数の暴力には太刀打たちうちちできなかった黒竜魔獣ブラック・ドラゴンは、かつての首魁級魔獣ボスクラス・モンスターが今は見る影もない凋落ちょうらくぶりで情けなく討伐隊に退治されたらしい。


『伝説的な弱さ』

首魁級魔獣ボスクラス・モンスターの恥さらし』

『ずっと足の指を守ってるだけのザコ』

『反撃もせず一生棒立ち魔獣モンスター


 くだん黒竜魔獣ブラック・ドラゴンは、短文身分ミブッタランドのオモチャにされていた。

 また、洞窟内で何かを引きったような跡が発見され調査隊が結成される。

 最弱黒竜よわよわトカゲはあっさり飽きられ、次は洞窟内に潜むと予想される謎の未確認怪力魔獣アンノウン・モンスターの話題が活発になる。


「まあでも、気を付けねえとなマジで」

「拙者もいささかか浮かれておった。気を付けよう」

「迷惑系の嫌疑レッテル貼られなくてよかったぁ」


 炎上案件、嫌疑レッテル貼り、実情とかけ離れた憶測。

 これもまた令和日本で、そして配信に限らず実に多くの場所で発生していた事柄である。

 善意や仲間への気遣いから武蔵が軽率短慮な行動に走った結果、思わぬ事態に発展したのと同じ現象。


 非難や批判を受けかねない行動や、人を傷付けたり迷惑をかける行動を目にした時、とりあえずで拡散してみたり袋叩きを始める人間は残念ながら大量に存在する。

 だからこそ、配信者も冒険配信者も視聴者リスナーからの期待を裏切らない慎重な行動が求められる。



「なあエルフ、お前……侍が好きだし別行動って嫌だよな?」

「おぬしは時々、突拍子とっぴょうしもないことを……まあ、理由があるのであろう。まずはそれをもうせ」

「ヒメ一人で置いてけぼりってこと? 絶対、無理なんだけど」


 セツナには、考えがあった。目的もあった。


ちげえ、俺ら三人が別行動ってことだ。期間はそうだな、まずは一ヶ月で見ておく」

「なるほど、これは何かがありそうだ」

「あ、セツナと武蔵の二人きりとかじゃないなら別にいいかなぁ、待ってちょっと考える!」


 武蔵にしか頼めない、おそらく武蔵なら誰よりも速く成せる、そんな依頼がセツナの頭には存在した。


「侍、俺が前に話した伊能忠敬いのうただたかって覚えてっか? お前には、伊能忠敬して欲しい」

「なるほど……それは面白い、望む所だ! 拙者が伊能忠敬してやろう!」

「は? 何でそこで通じ合ってんの!? ヒメも分かるように説明して!」


 伊能忠敬という天文学、地理学者が存在する。

 数々の功績を残すが、中でも有名なものは二十一世紀の最新版にも引けを取らない正確な日本の地図を書き残し後世へ伝えた偉業である。

 衛星使用位置観測機器グローバル・ポジショニング・システムもない時代に、伊能忠敬は自身の足のみで海岸線の形状までも細かく描いた地形図を作り上げた。


「俺のリクエスト的には伊能アイツまでの精度クオリティは求めねえ。とにかく速く、とにかく遠く、イケるとこまで頼む」

「速さ精度と範囲そして成果、どこに重きを置くかは拙者が移動しながら考えよう」

「ねーえー、多分だけどイノータダタカって、人でしょ? なに? イノータダタカする、って! ミヤモトムサシする、とかと同じくらい意味わかんないんだけど!」


 互いに秒で理解したことを喜び熱が入り過ぎた二人は、慌ててヒメに中世日本の偉人について説明した。


「エルフだから置いてく、って話じゃねえんだよ。侍一人が一番良い、誰も付いていけねえしな、速さと強さなら」

「拙者も伊能忠敬するのであれば、そして速い方が良いなら、一人の方が動きやすい。ヒメ、気を悪くしないで

「するわけないじゃん! いつものヒメ達の合言葉、忘れたの?」


 三人にとって最も多くの回数を配信し、また収録も繰り返した恒例の語句フレーズ

 息を合わせるまでもなく、全員の声が揃った。


 

「「「多分これが、一番早いと思います!」」」


 

 思い立ったが吉日、と今すぐ立ち上がり走り出そうとする武蔵をセツナは引き止める。

 

 身体も計画も、そして心も……物事には準備が必要である。



「ふっ、拙者の短文身分ミブッタランドが功を奏したな」

「ヒメ三件目の、削除して欲しくなかったけどぉ。武蔵もっかい書いて投稿しない?」

『やめるのだヒメお姉ちゃん、武蔵お兄ちゃんは恥ずかしがっているのだ』


 町の、飲食店。


 店を訪れる前、武蔵は短文身分ミブッタランドに三件の文章を投稿した。


『これより町に出る。仲間以外とは会わぬ、話さぬ、サインは書かぬ』

『撮影は許す。されど刀の届く範囲に寄らば視聴者リスナーであろうとも斬る』

『今後、拙者のおらぬ場でも許可無くヒメに話しかける者が現れたなら斬る』


 ヒメに頼まれ追加で書いた三件目に関しては、武蔵自身も読み返すと強火な亭主ていしゅのように見えてきて恥ずかしくなり削除。


 セツナは完全に〝割り切って〟いた。

 与謝野よさの孤児院で武蔵と初めて会った日の会話形式を思い出したのである。

 迷いが消え〝答え〟を出せたことも、大きい。


「やはり、薄暗い洞窟や荒野に座り込むよりも腰を据えて話す方が落ち着くものだな」

「ヒメが止めなかったら走り出してたくせに!」

『店員さん、武蔵お兄ちゃんとヒメお姉ちゃんに活力冒険飲料エナジー・ウォーターお願いしますなのだ。多分、ビンごとで大丈夫なのだ』


 セツナは、現実リアルでの顔出しもを恐れなくなった。

 初対面の人間相手でも、現実リアルで自分に話しかけてくれる視聴者リスナー相手でも、もっと人と話し交流しようと思った。

 人間嫌いを完全に克服したのである。


「豆餅、一人で出歩く時だけは気を付けるのだぞ」

「ナンパされたりさらわれそうで心配だなぁ」

『ボクは、魔法なら武蔵お兄ちゃんやヒメお姉ちゃんより強いから大丈夫なのだ』


 一時的にたもとを分かつ前の、最後の食事。

 今後の方針や打ち合わせも済ませながら、三人は暖かな一時を過ごす。


 飲食店の二階に備えられた宿で一泊すれば、翌朝からは武蔵の新たな使命である〝経路記録ルート・マッピング〟が開幕スタートする。

 町を飛び出し、国や世界を知るための次なる一手。

 史上最速攻略リアル・タイム・アタックの走者が、迷宮ダンジョン配信のカテゴリを越え測量の分野ジャンルでも史上最速攻略アール・ティー・エーを目指す。

 

 言うなれば、伊能忠敬アール・ティー・エーである。

 


 

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