第二十話 冒険配信者達の夜


 白衣をまとった天才少女、セツナ。

 転生ころりん前の令和の日本では若き日本人科学者である田中たなか刹那せつな御結転生人おむすびころりんちゅとして異界に来てからの名は甲斐かいゆかり、苦心の末に生んだはずが今や多くの者に愛される姿となった豆餅マメモチ、宮本武蔵と出会い新たに名乗ることにした甲斐カイ刹那セツナ

 四つの姿を持ち、名も性も自身の存在さえも定まらなかった解説動画研究家が、静かに語りはじめた。


「俺は男として生きるべきか、女として生きるべきか、それを本当はな……聞こうと思ってたんだ」


 武蔵もヒメも黙って耳をかたむける。


「聞きたかった。聞いて、そこで決めたかった。決めなきゃならねえと考えていた」


 二人は思わず、口を挟んでしまった。


「ヒメはさぁ、それちょっと違うなーっておも

「拙者としては、おぬしがただちにり方を選ぶ必要など今は」


 セツナは笑いながら、手で二人を制する。


「分かってるよ、もう俺は一ミリも問題ねえ。聞け」


 思い悩み苦しんでいたのも、強迫観念に囚われていたのも、全ては中級配信者審査オーディション・ロワイヤルに挑むまでの話である。


「全部引っくるめて、俺だ。どんな生き方で何をしても、俺は俺だ」


 無論むろん、かつて考えていたように令和の知識を駆使くしして〝国〟の科学を発展させ外科手術の観点から〝悩まぬ自分〟に体を変え、同じように悩む性体不一致マイノリティの者が生きる上での選択肢を増やしたい、という計画も捨ててはいない。

 

 反対に、この世界で命を持つ本来の身体として割り切り、内面や口調の方を変え〝生物として自然な自分〟として生きることにも、実は興味があり毛髪や外見的な美しさにも目を向け始めている。


「今すぐにな、決める必要はねえって気付けた。お前らのお陰だ。だから俺はゆっくり旅の中で見極みきわめる」


 ふと見るとヒメは活力冒険飲料エナジー・ウォーターを豪快にビンから直飲みし始め、武蔵は苦笑いしながら繊細な動きで洞窟内のき火に魔素防壁マナ・プロテクトを貼り直していた。


「んぁ〜、武蔵助かるぅ〜!」

「そろそろ効力が弱まる時間なのでな。ヒメ、おぬしは飲みすぎだ」

「お前らよぉ、それ、やってること逆だとおも


 言いかけて、セツナは言葉を飲み込む。

 野性的ワイルドなヒメと家庭的おかあさんな武蔵に〝男と女〟が逆だと指摘しそうになった。

 

 だが思い直す。

 

 男だからるべき、女のいはこれが、そんなものはじつにくだらないと。

 何よりも〝それ〟に悩まされてきたのは、セツナ自身だったと。

 

「ねぇセツナ何か言った-? なーにー?」

「拙者の能力ステータスでは長くたん、ヒメも今宵こよいはポンだ、セツナ……後程のちほどおぬしの魔素防壁マナ・プロテクトを頼む」

「おう、先にかけといてやらぁ」


 焚き火の光や暖かさのみを通し二酸化や一酸化炭素を遮断カットする魔素防壁マナ・プロテクトを、セツナは貼り直した。


「あー! 今ヒメのことポンって言ったぁ! ひどい! セツナも無視してくるし! 何言おうとしたのさっき!」

「おぬしはもう休め。ほれ、水もあるぞ」

「何でもねえよエルフ、お前は寝ろポンなんだから」


 ポン、という言葉が存在する。

 平成や令和の配信界隈においても惰弱ポンコツを意味する語句フレーズとして度々たびたび視聴者リスナー応援コメントや配信者同士のやり取りで多用されてきた。

 しかし、それは一概いちがいに非難や蔑称として使われるとも限らない。

 武蔵やセツナのように愛情を込めて投げかける〝ポン〟もまた、令和日本でも確認されてきた。


 日本も異界も、所違えど人間は変わらない。



 うたげは明け方まで続き、セツナはおもむろに白衣の小袋ポケットから煙草タバコを取り出した。


「やっと吸える、やっと……決めれたよ」

「む、ならば拙者せっしゃも……いや、ヒメは構わぬか?」

「んー、ポイ捨てしないならいいよ。ヒメからちょっと離れてね」


 前世でのセツナは愛煙家だった。

 実際ぶっちゃけ、十六歳という年齢を考えると余裕で未成年者喫煙だが飛び級でハーバード大学にせきを置いていたこともあり案外、許された。

 何より、転生ころりんした今となっては時効である。


 そして、少女の身体に宿ってからは不条理な罪悪感と拭いきれぬ負い目から〝体を汚してはいけない〟と長年に渡って禁煙を貫いていた。

 今となっては、奪ってしまった人生の代わりにあらゆる面で〝精一杯に生きる〟と決め、我慢もしなくなり迷いが消える。


 その煙草タバコは〝特別〟な一本となった。


せるかと思ったけど全然イケるな、これ」

煙管キセルよりも扱いやすい、そして美味なり」

「ヒメには分かんないなぁ。そんなに活力冒険飲料エナジー・ウォーターと合うのぉ?」


 町で流通する、アルコール成分を含まないが大量摂取すると酩酊効果をもたらす活力冒険飲料エナジー・ウォーター

 同じく町で流通する、昭和から令和まで日本や世界で販売されている物とよく似た煙草。

 この二つは非常に相乗性シナジーが高いことで有名だった。


「五輪書には〝嗜む程度〟って書いてあったのに、ガンガン吸いやがるな侍」

「よく読んでおる……あれには事情があってな」

「うわ出た、五輪書! 早く続き書いてヒメにも見せてよー!」


 与謝野晶子よさのあきこやセツナが明治や令和に居た頃に愛読した五輪書では宮本武蔵の嗜好として「煙草は少々」また、日本で初めて煙管キセルを使った者は徳川家康とされるが、この二つはどちらもじ曲げられた情報である。


 日本初の喫煙者スモーキー、それは宮本武蔵。


 時は慶長けいちょう八年、家康が幕府を開くことで順風満帆ウキウキワクワクとなった折に宮本武蔵は彼を冷やかしに城を訪れた。

 その際に「スペインの修道士が何か珍しいの献上してきたんだけどさ、得体の知れない感じで怖いんだよね。ちょっと先に、武蔵が試しに吸ってみてよ」的なニュアンスの会話がなされ、家康の目の前で煙管キセルを使って見せる宮本武蔵。


 これが歴史の真実である。


 また、この内容は「ダチに恥じをかかせずメンツを立てる」という気持ちから五輪書にも記載されていない。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「おい待て侍、呑気のんきに煙草吸ってる状況じゃなくなった、ヤベえぞ!」

「む、何事だ!?」

「ヒメ達のムサシチャンネルが炎上しちゃう! 武蔵、これ見て!」



 それは、宮本武蔵の些細な行動が巻き起こした思わぬ波紋だった。

 

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