第十九話 黒竜の目にも涙
「ヒメが視聴者のみんなと仲良くするのは配信中だけなのにぃ」
「拙者も、随分と動きにくくなった」
「まあ、普段の俺らを見ても大して面白くもなかろうよ。そのうち収まるさ」
有名人に一度会いたい、話してみたい、そんな
本人は淡白に構えているが、セツナつまり〝豆餅〟の存在もあまりに大きい。
豊富過ぎる知識量や、語り口も内容も常に一定でブレることがなかった点から今までは「もしや何者かが人智の及ばない高度な
「ヒメがお姉ちゃんで、セツナは甘えん坊の妹ちゃん豆餅だと思ってる人もいるんだってー、おもしろー」
「しかしながら、数が多いな。拙者はうんざりしてきた」
「俺は今日ほど
配信終了後も賑わう、
「ねーえー、セツナ-、自分で対応してよぉヒメもうイヤなんだけどコレ-」
「どれ、貸してみよ姫。拙者が解決してやる」
「侍お前、ほんと……そういうとこも力技だよなぁ」
鳴り止まぬ通知。
身分パネルに届き続ける〝豆餅〟関連の質問や続報の要求。
武蔵が選んだ秘策。
自身の
そして彼は、ヒメの身分パネルを取り上げ無断で同様の内容を書き込み、強引に自体を収束させた。
何故なら、その男は宮本武蔵だからである。
もっと可愛く文章を打てと不満をこぼし、むくれるヒメを横目に武蔵はもう一件を今度は自身のアカウントから投稿した。
『拙者は
*
合わせてヒメも「ごめんねー、ファンのみんながケガしたらヒメ悲しいから、ついてこないでね!」と投稿し、目的地もよく分からぬまま武蔵についていく。
これから
彼女は、そこに宮本武蔵がいて生きているだけで幸せな気持ちになる。
何故なら、その女は
到着したのは、かつて訪れた東の洞窟。
「拙者もたまには知恵を働かせようと思ってな」
得意気な顔をする武蔵に期待したヒメとセツナだったが、
静かに食べ静かに眠る、その
「
「わ! 見てセツナ、背中丸めてる! ヒメあんなの初めて見た!」
「俺だって見たことねえよ。で、侍はこっからどうすんだ?」
東の洞窟に住まう
刀ではなく
殺さず叩く。
それでも立ち向かってみようと
やがて竜は武蔵に背を向け洞窟の隅まで逃げ、小さく背中を丸めて震え始めた。
そして、痛みを〝
「おそらく、拙者もまた一つの壁を越えたようだ。初めて
「あ、うん……」
「とんでもねえ侍も居たもんだ」
竜の巣穴とされる最深部から入り口までは相当な距離がある上に、両手で尾を掴み後ろ向きに歩く形になるが何一つ問題はない。
何故なら、その男は宮本武蔵だからである。
「おとなしくなりおったな」
「
「生きてっぞエルフ。顔見てみろよ、状況飲み込めなくてキョロキョロやがる」
最初は暴れたり抵抗した
しかし引き摺り始めから十五分経った頃には全てを諦め、せめて頭部だけはと両手で守る体勢をとる。
洞窟内で最も強いとされる
「おぬしはいつまで寝ておる、起きろ
「なんか、可哀想になってきた……」
「俺もだ。でも、侍のやりてえことは分かったぜ」
前世では意外に動物好きであると知られ、犬に対する
慈悲も容赦もない調教が、始まった。
最深部から入り口まで引き摺られた結果、全身あちこちがボロボロになった黒竜。
黒竜が入り口から洞窟の外に逃げようとすれば、それを阻止し足の小指を叩く。
壁際に逃げようとしても、足の小指を叩く。
座り込もうとしても背を丸めようとしても、足の小指を叩く。
「ふむ、おぬしも良い姿勢になったな」
「竜ってこんなに背筋伸びるんだ……」
「
度重なる〝
それが、
離れた位置から三人で観察していると、黒竜は足の小指を
その後、何も知らずに入り口から入ってきた冒険者に対して大きく
調子に乗って周囲の小型
途中までは少し可哀想に感じていたヒメも、その姿を見て思わず笑い出してしまう。
「完成だ」
「東の洞窟丸ごと、ヒメ達の宿みたいなものね」
「さっさと野営の準備を済ませようぜ」
顔出し配信で、拠点とする町を一つしか持たなかった上に定期利用する店や宿の場所も広まってしまうと、落ち着いて酒を飲み交わし語らうにも苦労が伴う。
何故なら、武蔵達は
「ヒメ気になったんだけどぉ、前にセツナが言ってた相談したいことみたいな? 二つあったよね、もういいの?」
「拙者もそれが気になっていた。何でも申せ、手を貸そう」
「実はな、俺の中でもう解決したんだ。お前らのおかげでもある」
空いた木製コップに
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