第十九話 黒竜の目にも涙


 中級配信者試験オーディション・ロワイヤルを終えたその日、一躍有名人となってしまった武蔵達は馴染みの酒場にも宿にも戻りづらくなってしまった。


「ヒメが視聴者のみんなと仲良くするのは配信中だけなのにぃ」

「拙者も、随分と動きにくくなった」

「まあ、普段の俺らを見ても大して面白くもなかろうよ。そのうち収まるさ」


 有名人に一度会いたい、話してみたい、そんな熱心ガチ視聴者リスナー達を退けねば食事もままならない状態である。

 本人は淡白に構えているが、セツナつまり〝豆餅〟の存在もあまりに大きい。

 豊富過ぎる知識量や、語り口も内容も常に一定でブレることがなかった点から今までは「もしや何者かが人智の及ばない高度な魔素言語マナ・プログラムで組み上げた自動動画投稿めいた存在なのではないか」「あるいは迷宮ダンジョンで命を落とす冒険者を憐れむ、人を越えた神や上位存在の一種が豆餅かもしれない」と噂をされていた程である。


「ヒメがお姉ちゃんで、セツナは甘えん坊の妹ちゃん豆餅だと思ってる人もいるんだってー、おもしろー」

「しかしながら、数が多いな。拙者はうんざりしてきた」

「俺は今日ほど短文身分ミブッタランド使ってなくて良かったと思った日はねえな、ご愁傷さまだ。お二人さん」


 配信終了後も賑わう、短文身分ミブッタランド


「ねーえー、セツナ-、自分で対応してよぉヒメもうイヤなんだけどコレ-」

「どれ、貸してみよ姫。拙者が解決してやる」

「侍お前、ほんと……そういうとこも力技だよなぁ」


 鳴り止まぬ通知。

 身分パネルに届き続ける〝豆餅〟関連の質問や続報の要求。

 

 武蔵が選んだ秘策。

 自身の短文身分ミブッタランドアカウントにて「これより拙者に対し豆餅の素性を問うようなメール寄越よこやから鎖国ブロックする」と投稿。

 そして彼は、ヒメの身分パネルを取り上げ無断で同様の内容を書き込み、強引に自体を収束させた。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。

 

 もっと可愛く文章を打てと不満をこぼし、むくれるヒメを横目に武蔵はもう一件を今度は自身のアカウントから投稿した。


『拙者は液魔獣スライムの群生地へ向かう。死しても自己責任』



 合わせてヒメも「ごめんねー、ファンのみんながケガしたらヒメ悲しいから、ついてこないでね!」と投稿し、目的地もよく分からぬまま武蔵についていく。

 これから何処どこに向かうか何をするつもりなのかは全くもって、どうでもいい話だった。

 彼女は、そこに宮本武蔵がいて生きているだけで幸せな気持ちになる。

 

 何故なら、その女は沙倉サクラ妃芽ヒメだからである。


 短文身分ミブッタランドに投稿を済ませた武蔵は、有言実行で転生ころりん直後の荒野を突っ切った。

 到着したのは、かつて訪れた東の洞窟。


「拙者もたまには知恵を働かせようと思ってな」


 得意気な顔をする武蔵に期待したヒメとセツナだったが、ふたを開けば武蔵の及んだ暴挙は蛮族そのもので笑ってしまう。


 静かに食べ静かに眠る、そのために武蔵が編み出した策は、番犬作戦である。


わきまえよ、蜥蜴トカゲ

「わ! 見てセツナ、背中丸めてる! ヒメあんなの初めて見た!」

「俺だって見たことねえよ。で、侍はこっからどうすんだ?」


 東の洞窟に住まう首魁級魔獣ボスクラス・モンスター、武蔵の目的はその殺害にあらず。

 刀ではなく中級配信者審査オーディション・ロワイヤル突破クリアした記念に持ち帰った金槌ハンマーで、襲いかかってきた巨大なドラゴンの頭を全力で叩く。


 殺さず叩く。


 りずに襲いかかる素振りを見せればまた、叩く。


 それでも立ち向かってみようと威嚇いかくをしたり咆吼ほうこうをあげようものなら、生意気なまいきなので再度叩く。


 やがて竜は武蔵に背を向け洞窟の隅まで逃げ、小さく背中を丸めて震え始めた。

 そして、痛みを〝わからせる〟ことを終えてからが本番である。


「おそらく、拙者もまた一つの壁を越えたようだ。初めて此奴こやつと戦った日の拙者であればまだ、これは出来まい」

「あ、うん……」

「とんでもねえ侍も居たもんだ」


 中級審査オーディションで自分が想定していた倍以上の高さまで跳べた経験から「もしや」と思った武蔵は、試しに巨大な黒竜の尾をつかみ迷宮の入り口目指して引きり始めた。

 竜の巣穴とされる最深部から入り口までは相当な距離がある上に、両手で尾を掴み後ろ向きに歩く形になるが何一つ問題はない。

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「おとなしくなりおったな」

ドラゴン死んじゃった?」

「生きてっぞエルフ。顔見てみろよ、状況飲み込めなくてキョロキョロやがる」


 最初は暴れたり抵抗した巨大黒竜ラージ・ブラックドラゴン

 しかし引き摺り始めから十五分経った頃には全てを諦め、せめて頭部だけはと両手で守る体勢をとる。

 黒竜ドラゴン以外の迷宮魔獣ダンジョン・モンスターについては、ますますもって問題ない。

 洞窟内で最も強いとされる黒竜ドラゴンを引きり回す異常者サムライに近寄ったり襲いかかる魔獣モンスターなど、一匹も存在しない。

 みなが皆、例外なく武蔵を避けて通るようになるのは生物としての防衛本能である。


「おぬしはいつまで寝ておる、起きろ蜥蜴トカゲ

「なんか、可哀想になってきた……」

「俺もだ。でも、侍のやりてえことは分かったぜ」


 前世では意外に動物好きであると知られ、犬に対するしつけの場であっても力任せにせず飴と鞭なら飴を大切にする武蔵だったが、人間を動くエサ程度にしか思っていない巨大黒竜ラージ・ブラックドラゴンに対してなら話は別である。


 

 慈悲も容赦もない調教が、始まった。


 

 最深部から入り口まで引き摺られた結果、全身あちこちがボロボロになった黒竜。

 黒竜が入り口から洞窟の外に逃げようとすれば、それを阻止し足の小指を叩く。

 迷宮ダンジョン入場直後の開けた土地の範囲エリアから他の部屋に向かおうとしても、また足の小指を叩く。

 壁際に逃げようとしても、足の小指を叩く。

 座り込もうとしても背を丸めようとしても、足の小指を叩く。

 

「ふむ、おぬしも良い姿勢になったな」

「竜ってこんなに背筋伸びるんだ……」

竜種魔獣ドラゴン・モンスターにも涙腺や涙があることに俺は驚いたよ」


 度重なる〝わからせ〟を経て、黒竜が最終的に理解した叩かれぬため唯一ゆいいつの行動。

 それが、迷宮ダンジョン入り口前での直立不動。


 離れた位置から三人で観察していると、黒竜は足の小指をさすりながら泣いたり泣き止んだりした。

 その後、何も知らずに入り口から入ってきた冒険者に対して大きくえ、逃げる姿を見て自尊心プライドを取り戻す。

 調子に乗って周囲の小型魔獣モンスターたりと言わんばかりに痛めつけ捕食を開始したが、物陰ものかげから現れた武蔵に気付いた途端とたんにすぐさま定位置に引き返し背筋を伸ばした。

 途中までは少し可哀想に感じていたヒメも、その姿を見て思わず笑い出してしまう。


「完成だ」

「東の洞窟丸ごと、ヒメ達の宿みたいなものね」

「さっさと野営の準備を済ませようぜ」


 顔出し配信で、拠点とする町を一つしか持たなかった上に定期利用する店や宿の場所も広まってしまうと、落ち着いて酒を飲み交わし語らうにも苦労が伴う。


 

 何故なら、武蔵達は超人気配信者ダンジョン・インフルエンサー達の仲間入りを果たしたからである。

 


「ヒメ気になったんだけどぉ、前にセツナが言ってた相談したいことみたいな? 二つあったよね、もういいの?」

「拙者もそれが気になっていた。何でも申せ、手を貸そう」

「実はな、俺の中でもう解決したんだ。お前らのおかげでもある」



 空いた木製コップに活力冒険飲料エナジー・ウォーターを注ぎ、セツナはゆっくりと語りはじめた。

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