第十八話 奥義、観客席強制支配配信



 毒霧魔獣ポイズン・モンスターひそんでいた部屋に加えもう一つ、競合ライバルかぶらず誰も入らない部屋が存在する。


 正確には、一度おとずれたら二度と通りたくない部屋である。

 土塊魔獣ゴーレムモンスター無限発生地帯エンドレス・エンカウント


拙者せっしゃがこれより向かうは迷宮ダンジョン最大の危険地帯デンジャーエリア、ヒメとセツ……ん、んん、豆餅マメモチは少しの間、下がっておれ」

「ヒメも途中から一緒に戦っても大丈夫ぅ?」

『さすがにあの部屋はダメなのだ。無理なのだ。ヒメお姉ちゃんのために、いつものを用意したのだ』


 生配信中に自身や友人知人、あるいはコラボ相手の本名ほんみょうをうっかり口走くちばしってしまう行為を誤爆ごばくという。

 これもまた平成や令和の日本における配信で多発した光景であり、数々の悲劇を生んだ。

 そして男はうっかり〝豆餅〟を本名のセツナと呼びそうになり、女から尻をられ動揺どうようで心拍数がね上がる。

 蹴り上げた女は熟練ベテラン配信者としてすずしい顔で、暗記した台本通りの台詞セリフをすらすらと語る。

 何故なら、尻を蹴られた男は宮本武蔵であり、蹴りを入れた女は沙倉妃芽だからである。


「この部屋の土塊魔獣ゴーレムモンスター際限さいげんなく地面からえ続ける。止めるためには部屋のどこかにある金鎚かなづちを探し出し、そしてもっとも奥に置かれた水晶クリスタルを砕かねばならぬ!」

「ヒメで〜す! 武蔵この後どうするのかなぁ、こんなに土塊魔獣ゴーレムモンスターが多いと金槌ハンマーも探せないよねぇ?」

『この部屋は出現上限が決まってないから、誰も入らなかったら土塊ゴーレムが本当にたくさん増え続けるのだ』


 セツナはヒメの身分パネルと武蔵の身分パネルを接続し小窓技能ワイプ・スキルを発動。

 画面全体に武蔵が爽快に無双し敵をぎ払う姿が映り、右上にある小さめの小窓ワイプからヒメが激励げきれいしたりリアクションをとる光景もまた「まってた」「いつもの」「実家のような安心感」「親の顔よりも見た小窓ワイプ」と応援コメント欄をおおいに盛り上げた。



「…………っしゃあ、きたきたきたぜ! なあ、聞けエルフ! 七分もれる、最高だなおい!」

「セツナのバカ! ヒメが気付いて消音ミュートにしなかったら今の放送事故だよ!?」


 息を切らせ迷宮ダンジョンの外から走り帰還し、嬉々ききとして状況報告をしてきたセツナの頭をヒメは思い切り叩く。


「え? 何? さっきのヒメの右手ぇ? あのね、豆餅がヒメにちょっかいかけてきてて」

『そうなのだ。ヒメお姉ちゃん、ごめんなさいなのだ』


 小さな画面すみ小窓ワイプ内であっても、ヒメの挙動に違和感を持つ視聴者リスナーは存在するので油断ならない。

 また、ヒメと〝豆餅〟が絡む謎の関係性に一部の視聴者リスナーが興奮し、数十件を超える「たすかる」の応援コメントが書き込まれた。


「あー、ヒメお腹すいてきちゃったなぁ」

『ヒメお姉ちゃん我慢するのだ、あと七分なのだ』


「そんなにあったんだ、もう残り三分くらいだと思ってたぁ」

『ごめんなさい嘘ついちゃったのだ、中級配信者審査オーディション・ロワイヤルが終わる時間まではあと十分あるのだ』


 暗号である。

 宮本武蔵に対する、指令が下った。


 それは〝今から三分後に開始〟と〝つまり七分、確保〟を意味する。

 宮本武蔵は全力で整える、三分でどうにか、整える。


「斬ればい、斬れば良い、斬れば良いッ!」


 セツナが迷宮ダンジョンの外へ出ていたあいだも、武蔵はひたすら「無限にくなら、上回る速さで斬れば良い」をつらぬいていた。

 飽きられるか無双でせるかの綱渡つなわたりを繰り返し〝指令〟を聞き届け入り口からの動線を確保し、ついに整う。


 

「くッ、さすがに数が多すぎる……拙者一人では限界であったか」


 

 演技である。

 清々しい程の大根役者、白々しいカス演技のはずが「でも絶対これ、宮本武蔵がまた何かする前フリだよね」と応援コメント欄が白熱。

 何故なぜなら、下手くそな芝居をする男は宮本武蔵であり、見守る視聴者リスナーの大半はムサシキッズだからである。



 そして、全てがみのった。



「くッ、拙者の命運めいうんもこれまでかーー!」



 宮本武蔵の迫真絶叫オーバーシャウトが流れるのは、何も配信内だけではない。




 電 光 掲 示 板 。




 セツナが準備し、駆け回り、魔歌姫セイレーン公演ライブが終了するタイミングを見極め、最高の瞬間に地上の電光掲示板を支配ジャックした。

 魔歌姫セイレーン唯一ゆいいつ矜恃プライドとして自分達のオリジナル楽曲以外は絶対に歌わず、誰の曲もカバーしない。

 そこから彼女達の全楽曲名と公演ライブ曲名一覧セットリストを照合し歌いきる時間を見定みさだめ、公演ライブ終了に合わせ電光掲示板が解放される直後に〝割り込む〟のである。


 つまり、アリーナを埋め観客席から立ち上がり帰ろうとしていた聴衆の全員を、強制的にムサシチャンネル視聴者リスナーにする前代未聞ぜんだいみもん支配技能ジャック・スキル


「拙者には助けがる、来い! ヒメ! 豆餅ッ!」


 視聴者リスナー達が何の小芝居だと困惑していると、画面隅に小さく映っていたヒメがその場でジャンプし小窓ワイプの中から消える。

 

 次の瞬間、武蔵の隣にヒメが現れた!


「速いな、さすがだ!」

「ヒメが手伝ってあげないとダメぇ? しょうがないな〜」

『ボクは画面には映れないけど、近くから魔法を撃って一緒に戦うのだ』


 さすがだ、どころの騒ぎではない。


 傍目はためから見れば、視聴者リスナーから見れば、それは奇跡ミラクルである。

 実の所、指令発動と合わせてヒメとセツナも土塊魔獣ゴーレムモンスターの部屋に突入し、背景に気をつか視聴者リスナーからさとられぬよう慎重に移動しながら武蔵の隣に飛び込む準備を進めていた。

 しかし、視聴者リスナーにそんなことは分からない。想像もつかない。「転移ワープ?」「なんの特殊技能ユニーク・スキル?」「おい今、小窓ワイプからチョクで武蔵の横に行ったぞ」「ヒメちゃん結婚してくれ」「豆餅様も直接戦うの?」「さっき画面外から光った魔素マナ軌道、絶対あれ三人目の冒険者」「わかる、三人いる」「ヒメちゃんパンツ見えそう」「三人目って豆餅先生だよね」「武蔵お前これ別に援軍要らなかったろ」「武蔵働き過ぎで草」と流れる文字を目で追うことが不可能なレベルで同時多発的に感想リアクションが増え続ける応援コメント欄。


「拙者が先陣を切る! 三人で参ろうぞ!」

「みんな見ててね、ヒメの風林火山……そのはやきこと、風のごとくッ!」

『武蔵お兄ちゃん、ヒメお姉ちゃん、水晶クリスタルを目指すのはいいけど、金槌ハンマーがなくて大丈夫なのだ?』


 チャンネル登録者数爆増の秘策は、まだ残っていた。

 最後の最後の総仕上げ、それはチャンネル登録者限定仕様リミテッド・エディション応援コメント欄。


 これもまた実際に、令和の日本における配信でよく目撃されてきた光景である。

 早い話が「その配信者のチャンネル登録を済ませなけれぱ、応援コメントを書き込むことが出来ない」という仕様しよう

 迷惑ユーザー対策に使う配信者もいれば、時には自身のチャンネル登録視聴者リスナーとだけ交流したいと使う者もいれば、特に深い意味もなく設定する者もいるのが令和日本の動画配信界隈。

 しかし、ムサシチャンネルには明確な目的がある。


「聞け、客席アリーナから電光掲示板を見守る初見視聴者リスナーの者ども! 拙者は中級配信者審査オーディション・ロワイヤルの終了寸前に〝伝説〟を残す! 祭りに……つどえ!」

「ヒメもチャンネル登録して欲しいなぁ、でも、あと六分で何が起こるんだろ〜?」

『ボクも気になるのだ。でも、今すぐにチャンネル登録しないと六分後に応援コメント書き込めないのだ。みんなと盛り上がれないとボクも寂しいのだ』


 チャンネル登録から五分後の視聴者、限定仕様。


 つまり、登録を済ませてから五分経過した視聴者にしか応援コメント欄に感想を書き込む資格は与えられない。


 地上にいた観客席の聴衆全員が、慌てて座り直しムサシチャンネルのチャンネル登録者になったことなど最早、言うまでもない。


「続きの二つもおさめたか、腕を上げたな……ヒメ!」

「ヒメの風林火山、段位弐レベル・ツーかまえ……知りがたきことかげのごとく、動くこと雷霆らいていのごとしッ!」

『こ、これは、風林火山の完全詠唱版フル・バージョンなのだ。基本の型である風林火山に加えて〝イン〟による回避上昇からの〝ライ〟の波動で可能になったヒメお姉ちゃんの多段攻撃スマッシュ・ヒットなのだ』


 令和日本においても、風林火山という言葉があることや戦国時代に武田信玄がはたにその四文字を書いたことまでは、多くの人間が一度は耳にしてきたであろう有名な逸話いつわ

 もう少し詳しい者なら、その発祥はっしょうが武田信玄ではなく古代中国にある孫子の兵法書であることや、ヒメが繰り出した技のように陰や雷と続きが存在することなども、おそらく知るところと思われる。

 

 さらに風林火山への造詣ぞうけいが深い識者しきしゃならば、本来〝多数の兵を動かす〟という目的で生まれた風林火山という概念が、武田信玄から影響を受けた宮本武蔵の手により白兵戦用の〝型〟や〝波動〟として再構築アレンジされた点や、武蔵が編み出したまぼろし最終究極形態リーサル・アルティメイタムテン〟と〝スイ〟をもって組まれる風林火山陰雷天彗フーリンカザン・インライテンスイこそがついの完成形という点も、当然の常識として語られる部分である。


 五輪書にも書き残され令和まで受け継がれる内容だがヒメは勿論もちろんのこと、風林火山の項を流し読みしてしまったセツナもこれをまだ知らない。


 とにもかくにも、ムサシチャンネルは残り時間が一分を切るまでの数分間も視聴者リスナーきさせなかった。


「ヒメ、豆餅、そして全ての視聴者リスナーは……刮目かつもくせよッ!」

「え、待って!? そんな構え、ヒメ知らない!」

『なんなのだ、ボクが知ってる風林火山の完全詠唱は風林火山陰雷までで終わりなのだ?』


 武蔵の右手には土塊発生起点ゴーレム・クラフト・トリガー水晶クリスタルが握られ、よく見えるよう胸の前に突き出されている。


「高く舞い上がること、てんごとくッ…………きらめき、ち、ゆる光は、すいっっっせいの、ごとしッ!」


 ヒメもセツナも本気ガチで言葉を失っていた。


 高く、あまりにも高くんだ武蔵は渾身こんしんの力を込め上空から水晶クリスタルを地上に叩き付ける。

 本来なら特別な迷宮魔具ダンジョン・アイテムを探し出し、何度も衝撃を加えてようやく小さなヒビを入れ土塊ゴーレムを無効化できるはず水晶クリスタルが、着弾の瞬間に跡形あとかたもなく爆発四散した。

 当然、まだ大量に残っていた土塊魔獣ゴーレムモンスター時同ときおなじくして一斉いっせいに消し飛ぶ。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 武蔵は着地、セツナに教え込まれたイケてる姿勢、キメ顔、カメラ目線、最高の角度アングル、全てを披露。


風林火山陰雷天彗フーリンカザン・インライテンスイ、これがお馴染なじみ風林火山の真の姿である。覚えておくがい」


 最後ラストの三十秒、怒濤どとうを超える怒濤の応援コメント欄。


 功労者セツナによる身分パネルを用いた干渉命令ハッキング・スクリプト有効時間タイムリミットまでも、残り数十秒。


 最終奥義、観客席強制支配ハッキング・モニター・ジャック配信がここに終結フィニッシュする。

 

 何故なら、三人はムサシチャンネル編成パーティだからである。

 

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