第五章 最初の〝伝説〟を残す

第十七話 毒物集散機能搭載妖精魔獣


 セツナが方向性の土台どだいとしてさだめた、かぶり回避。

 その総仕上そうしあげたる部屋に到着。


 広大な部屋の四隅よすみに紫色の沼地が設置され、沼で一体ずつ待ち構える魔獣モンスター体力ライフ耐久タフネスも低いながらも特殊かつ強力な技能スキルを使うことから首魁級魔獣ボスクラス・モンスターと位置づけられる。


 特筆とくひつすべきは、その部屋は行き止まりであり何の宝物アイテムも存在しない点。

 つまり順当に考えれば訪れる価値のない部屋、ゆえに武蔵編成パーティが最初に地を踏むこととなり、他のいかなる配信者ともかぶらない。


 それが毒物集散機能搭載妖精魔獣ポイゾネス・キング・ウーパールーパーである。



「む、面妖めんような巨体なり。ヒメ、豆餅マメモチ彼奴きゃつはどんな魔獣モンスターなのだ?」

「ねえねえ、大きいし毒々どくどくしいけど、よく見たら顔は可愛い-!」

『毒なのだ。ヒメお姉ちゃんが言う通り、あの魔獣モンスターは毒の沼地を吸い上げて全身から毒霧どくぎりを発生させる危険な魔獣モンスターなのだ』


 首魁級魔獣ボスクラス・モンスターとされる所以ゆえん、それは毒。


 セツナの肩に噛みついた個体のように毒を持つ魔獣モンスター自体は多く確認されている。

 また、眼前の紫色をした禍々まがまがしい範囲エリアのような毒沼や毒湿地も迷宮ダンジョン定番と化しつつある。

 そして、みずからは毒素を精製できない代わりに外部から吸い上げて体内で変換、その毒性を強化するという非常に珍しい生物が毒物集散機能搭載妖精魔獣ポイゾネス・キング・ウーパールーパーの正体だった。


 おぞましい暴虐ぼうぎゃく、動く毒霧発生装置デッドリー・ミスト・システム

 くら深淵しんえんごとにごった双眸そうぼうから冒険者を見つめる、暗黒災害魔獣ディザスター・モンスター

 中級配信者審査オーディション・ロワイヤルの参加者は、命を落としても自己責任。


「今しがた豆餅が貼った彼奴きゃつ能力詳細ステータス・スペックや毒沼の置かれた迷宮ダンジョン一覧の画像が気になる者は、配信終了後に記録アーカイブで一時停止して確認するがい」

「画像は保存しても大丈夫だし、切り抜き素材にもどんどん使ってね〜! そうだ、一覧以外にも豆餅が知らない迷宮ダンジョンにはまだ毒沼あるかもしれないから! 過信しないで、みんなも気を付けてっ!」

『ボクも張りきっていっぱい書きすぎちゃったのだ。ボクの知らない迷宮ダンジョン視聴者リスナーのみんなが自分の目で確かめて欲しいのだ』


 そろそろ他の編成パーティでも中級配信者審査オーディション・ロワイヤル達成条件クリア・タスクを終え撤収てっしゅうするグループが現れ始め、その結果としてムサシチャンネルの視聴者リスナーとチャンネル登録者は更に更に更に更に更に、増え続けた。


しからば、拙者せっしゃしてまいる!」

「ええ、武蔵……毒にどう対処たいしょするのぉ!?」

『武蔵お兄ちゃんの冒険も、ここでおしまいなのだ』


 それは、茶番。

 あまりにもあざとく、わざとらしい三文芝居さんもんしばい

 宮本武蔵に決して敗北などないことは、もはやチャンネル登録者ではなく彼の名前くらいしか知らない一般の冒険配信者達にとっても周知の事実、共通見解。

 しかしながら、時として露骨ろこつな茶番を組み込むのも、刺さる者の笑いを誘えたりしゃくかせげたりと、重要である。


び続ければが身も危うい毒の霧、さすれどらねば斬れぬ、どうするか」


 ここで武蔵、すぐには常套句じょうとうくうつらず時間を稼ぐ。

 あんじょう応援コメント欄はにぎわい多くの視聴者リスナー達が攻略法の予想を書き込み始め、中には本気ガチで武蔵の身を心配する応援コメントも散見された。


「答えは……自明じめい


 武蔵、まだめる。らす。待たせる。

 これには古参こさんのムサシキッズも大興奮エキサイトし「まさか」「くるぞ」「いつもの」「あくして」などと、すさまじい速度で応援コメントが書き込まれ流れていく。


「息を止め瞳を閉じ心の目で気配を掴み……首をねてやればい!」


 完璧なる有言実行。

 武蔵は一瞬で間合まあいを詰め、目にも止まらぬ疾風迅雷しっぷうじんらい一太刀ひとたちもっ毒物集散機能搭載妖精魔獣ポイゾネス・キング・ウーパールーパーほふる。

 体内に入ると死を招く毒霧は本来、呼吸を止めたところで完全に防ぐことは出来ず皮膚の炎症や強い痛みを引き起こすが、武蔵には効かない。

 彼は転生ころりん前の日本にいた頃、忍者達との死闘を繰り広げる過程で軽度から中程度の毒耐性を獲得していた。

 

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 後日この伝説的な場面が切り抜かれ「毒物集散機能搭載妖精魔獣ポイゾネス・キング・ウーパールーパーを瞬殺」といった趣旨の短縮ショート動画が各方面から大量に投稿されるが、それはまた別な話である。


『瞳を閉じればい! じゃないのだ、みんなは絶対マネしないで欲しいのだ』


 豆餅パートによるツッコミと注意喚起も欠かさない。

 そして、ヒメの出番だが唐突とうとつなパターン変更。

 教えて豆餅のコーナーが開始した。


「ヒメも仲間集めてドーン! って一気に攻めたら倒せるかなぁ?」

『確かに物量電撃決着フルぶっぱフルぼっこでの討伐報告は見たことがあるのだ。でも長期戦になると危ないのだ』


 僕は毒物集散機能搭載妖精魔獣ポイゾネス・キング・ウーパールーパーの討伐に参加したことあるよ、などと誰も聞いていないのにしょうもない自分語り応援コメントを書き込み鬱陶うっとうしがられる視聴者リスナーも現れた。

 こうした内容は所違ところちがえど令和の配信環境でもしばしば存在し、中途半端な自己顕示欲のやからに限って実際は大した功績を残せていないのもまたつね、そこも含めて配信や応援コメント欄の醍醐味だいごみである。


「ヒメ一人で倒すことって、できるかなぁ」

『実は、ヒメお姉ちゃんでも勝てる方法があるのだ』


 またしてもザワつく、応援コメント欄。


「ええ!? ほんと!?」

『でも、とても時間がかかってしまうのだ』


 ここで豆餅が生態解説の紹介文を表示。

 毒物集散機能搭載妖精魔獣ポイゾネス・キング・ウーパールーパーは沼地の毒液を吸い上げ周囲を攻撃するが、その特殊技能ユニーク・スキルは使い切り型であり文字通り霧散むさんする。

 水量リソースは有限という点を加味すれば、理論上は毒を吐かせ回避し再び吐かせを繰り返せば最終的に無力な白色軟弱両生類魔獣デカいウーパールーパーす。


「でも、沼地の水なくなるの待ってたら中級配信者審査オーディション・ロワイヤルの時間終わっちゃうよねぇ……」

『それなのだ。弱点に攻撃を加えたら大量の毒霧で反撃してくる習性があるから水を一気に減らせるけど、とてもとても危険なのだ』


 宮本武蔵、乱入。

 

「おぬしらがそう申すと思い、拙者せっしゃととのえた」


 まんして最高の一言を放つ武蔵。

 配信画面がゆっくりと動き、そこにうつしだされたのは瀕死で虫の息になった白色軟弱両生類魔獣デカいウーパールーパーである。


 そう、武蔵はヒメとセツナが応援コメント読み上げや雑談配信をしていた短時間の間に毒物集散機能搭載妖精魔獣ポイゾネス・キング・ウーパールーパーを痛めつけ、ほんの数発だけ攻撃すれば息を引き取る状態にまて追い込んでいたのだ。


「わぁ! なにこれ!?」

『これならヒメお姉ちゃんでも退治できるのだ』


 まさに視聴者にとっても〝なにこれ〟である。

 時間がかかる工程を含む場合、その部分を済ませた物を放送開始前から別個に用意し時短を図る。

 古くは昭和や平成の頃からテレビ放送の料理番組などで使われていた手法テクニックだが、この世界の配信で実際に試した者は武蔵が初かつ発案も武蔵によるものだった。

 彼は自身が生きた時代の数百年後に放送される料理番組の〝技〟さえ、果てなき未来すらも侍眼で見通す力を誇っている。

 

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 なお、部屋に合計で四匹棲息せいそくしていたはずの魔獣モンスターのうち二匹は武蔵が力加減をあやまり殺害してしまった。

 配信に備え武蔵によるせプ用の一匹は万全無傷ベストコンディションの状態でしっかり残す。

 もし再び加減を間違え、ヒメに倒させる最後の一匹までうっかり殺してしまったらどうしようと少し震えながら慎重な攻撃で魔獣モンスターをボコボコにしたのである。

 どうにか無事に毒沼の水量を使い果たし、もはや毒霧を生み出せずマヌケ顔でポエっとだらしなく大口おおぐちを開くだけとなった白色軟弱両生類魔獣デカいウーパールーパーを眺めながら、彼はほっと胸をで下ろし二人と合流。

 誤切ミスを犯すこともあれば、緊張し腕が震えたり安心のいきらすこともある。

 

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「ヒメも、いっきますよ〜! ドーン!」

『す、すごいのだヒメお姉ちゃん、一撃なのだ。今の戦いがカッコイイと思った人は、チャンネル登録してくれるとボクも嬉しいのだ』


 白色軟弱両生類魔獣デカいウーパールーパーは無事、風林火山を駆使するヒメによってしょされる。


 

 配信無双のグランドフィナーレは、近い。

 

 

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