第十六話 受け継がれていく配信者の魂


 三位一体さんみいったいの配信はなおも続く。

 三位一体という言葉もまた、かつての日本でいくさに参加していた頃の宮本武蔵が合戦かっせんの場をけながら、思いついた言葉である。


「ヒメ、ここからはどうする」

「すげえなさむらい、もう完了クリアじゃねえか」

「ヒメね、時間いっぱいまで続けたい。二人は大丈夫?」


 三人は配信に乗らないよう、小声で耳打みみうちする。

 そう、ムサシチャンネルは地下湖畔の水面走りの時点ですでに配信開始時より百四十人も増えた新規のチャンネル登録者数を獲得していたのである。


 つまり、途中で配信を打ち切り受付に戻っても中級配信者審査オーディション・ロワイヤル突破クリア確定。

 配信続行の意味は正直、あまりない。


「聞けぇ! 視聴者リスナー、みなの者! 我らムサシチャンネルは先程さきほど中級配信者審査オーディション・ロワイヤル突破クリアげた!」

「ヒメも嬉しい! みんなありがと-!」

『思ったより早かったのだ。すごいのだ』


 武蔵は珍しく、わざとらしく、大袈裟おおげさに両手を開き声を張り上げている。


「ならば此度こたびの配信はここで打ち止めと思うか? 答えは……否である!」

「終わると思ったぁ? ヒメ達は最後まで、ずーーっと配信しまーす!」

『気に入ってもらえたらチャンネル登録や高評価ボタンよろしくお願いしますなのだ』


 ヒメにはあこがれの配信者が存在した。

 赤い髪の女性配信者が自費で楽曲製作をしていると知り心揺こころゆさぶられたその翌年、同じく赤髪の女性配信者チャンネルが登録者三百万人に到達する。


 キリの良い数字が近づいたさい、到達タイミングの直前で現在の登録数カウンターを表示しながら行うカウントダウン配信という文化があり、赤髪の女性配信者もそれを開催かいさいしていた。


「確かに、ヒメの推している赤髪ならば途中でやめるような真似まねはせぬな」

「武蔵もそう思うでしょ? 最後まで続けよっ!」

「エルフ、声でけえぞ。配信に乗るから小声で話すか身分パネル口から離しとけ」


 赤髪の女性配信者が三百万人を目指し開始したカウントダウン配信は、まさかの二十分弱で目標達成をたす。

 あと何人で何十万人、あと何人で何百万人という趣旨テーマで続くカウントダウン配信において、その「残り何人」の新規チャンネル登録者が現れず数時間の耐久配信と化すことも決して珍しくない中、異例の出来事だった。


 そして、なんと赤髪の女性配信者はカウントダウンと銘打めいうって始めたはずの配信を、三百万人達成後もなおも、一時間も二時間も、続行したのである!


「たまには拙者せっしゃ応援コメントを読むか。ふむ……『どうして突破クリアしたのに、まだ配信を続けるんですか?』とな。愚問ぐもんなり、答えてやれ……ヒメ」

「ヒメが思うにねぇ、突破クリアしててもわくもらったからには絶っっ対最後まで配信する! それが、冒険配信者っ!」

『でも、枠をとっていても体調が悪くなったりしたら、途中で配信終わってもいいのだ。体を大切にするのも重要だとボクは思うのだ』


 時間を貰う立場である以上、時間を使い尽くし全力で視聴者リスナーを楽しませ続けるため魂を燃やす。

 それが、ヒメの憧れる赤い髪の女性配信者から活動を通して教わった配信者の矜恃プライドである。


「セツナ、場をつなげ。拙者はしばし一人で先回りし下拵したごしらえを済ませてこよう」

「ヒメはどっち行ったらいいかなぁ?」

「任せとけさむらい。エルフは残って俺と応援コメント読みを頼むぜ」



 ムサシチャンネル、まさかの宮本武蔵が不在の空白時間ブランク・タイムが発生。

 だが、何ら問題はなかった。

 何故なら配信を続ける二人は、沙倉サクラ妃芽ヒメ甲斐カイ刹那セツナだからである。


「まずさぁ、豆餅マメモチって何で解説動画を作りはじめたのー?」

『ボクを育ててくれたお婆ちゃんが、たくさんのことを教えてくれたのだ。ボクも誰かの役に立ちたくなったのだ』


 怒濤どとう応援コメントが吹き荒れる。

 その内容は「役に立ってます」「見てます」「助けられました」「大好きです」と全てが好意的ポジティブな内容。

 

 武蔵ですら、少数だが批判視聴者アンチ・リスナーが存在する。

 ヒメの顔面ヴィジュ秀麗つよつよなので見ようによっては「可愛い娘をはべらすサムライ」と受け取られることもあれば、武蔵の高い能力に対する嫉妬しっと見受みうけられた。

 言わずもがなヒメには以前、批判視聴者アンチ・リスナーが多く殺害予告まで届いた時もある。


 そこにきて〝豆餅マメモチ〟は完全なる批判視聴者アンチ・リスナーゼロ。

 交流をけ長年にわたって無言で多くの解説動画を世に送り出した〝豆餅〟とリアルタイムで話せると聞きつけた多くの冒険者達の口コミで、同時接続者数はさらに更に更に増え続けた。


応援コメント読みまーす、「豆餅さんって男なの? 女なの?  どこ住み? 短文身分ミブッタランドのアカウント作らないの?」だって! 聞かれてるよぉ?」

『ごめんなさいなのだ。全部ひみつなのだ。あと、そういう質問をたくさん送るのは出会であちゅうと言って嫌われてしまうこともあるから、おすすめできないのだ』


 出会い厨、それは平成や令和の日本にも存在した。

 インターネット上だけの活動を望む配信者やオンラインゲームユーザーに対して現実リアルの情報を聞き出そうとしたり、あわよくば会って性的関係を持とうとくわだてる不届者ドブカスである。


「でもさぁ、豆餅も短文身分ミブッタランド使ってみないー? やってみようよぉ。絶対バズるよー?」

『や、やめるのだヒメお姉ちゃん、ボクは別に有名にならなくてもいいのだ、困るのだ』


 セツナが咄嗟とっさの判断で〝豆餅〟にヒメの弟または妹という属性と関係性キャラクター付与ふよし、それがまたしても話題を呼びムサシチャンネルの同時接続者数とチャンネル登録者数はとどまることを知らず爆発的に伸び続けた。



 配信無双は、なおも続く。



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