第十五話 秘技、三位一体配信


「なあさむらい、ウケるかコケるか分からねえ。ノルかソルかイチかバチか、ってやつだ」

なつかしい、イチかバチかという言葉をみ出したのも拙者せっしゃだったな」

「ねえー! ヒメのこと置いてけぼりにするの、やめてくれない!?」


 セツナがふところから手帳サイズの本を取り出し、武蔵に投げつける。

 受け取った武蔵はパラパラと一瞬見た後、表紙を確認しニヤリと微笑ほほえんだ。


 『宮本武蔵ノ五輪書』


 白衣の少女である甲斐カイ刹那セツナの内に宿る令和の科学者もまた、与謝野晶子よさのあきこと同じように前世で五輪書の愛読者だったのである。

 そしてセツナは、自身の記憶を頼りに異界の国でも宮本武蔵の素晴らしさを流行はやらせようとしていたのだった。


「イチかバチの話も知ってんぜ、当然だ。続きはお前が書いてくれ、〝本物〟には俺もおよばねえ」

いな、実によく書けておる。見事なり」

「ねーえー! 二人ともー! 配信どうするのー!?」


 武蔵とセツナはバツが悪そうな顔をした。

 バツが悪い、これもまた「気まずい」「照れくさい」というニュアンスを後世に伝えるために宮本武蔵が生んだ言葉である。


「悪いな、で……結局はお前ら二人次第だ。侍、エルフ、イケるか?」

「どれ、読ませてもらおう」

「あ、これヒメが一回ボツにしたやつに似てる-!」


 三人は手早く構成に目を通し、そして武蔵は立ち上がり右腕を上げ……天に人差し指を向けた。


「きっと、ウケるノルそして……イチだ。拙者はそう、信じておる」

「なるほど、小窓ワイプ削除オミット字幕テロップ特化に人形ふっくらひとつね。セツナ疲れない? 大丈夫?」

「問題ねえ。俺は……豆餅マメモチで出る」



 チャンネルムサシは中級配信者審査オーディション・ロワイヤルにおける、瞬間最大同時接続者数の頂点イチを目指す!




「む、巨大刃罠ギロチン・トラップが設置されておるな。まともに歩けばただではまぬ、さすれど間隔タイミング見極みきわ慎重しんちょうに歩けば時間がかかる」

「ヒメで〜す! かすっても大怪我おおけがしちゃうし、直撃したら死んじゃうの! 怖いよねぇ」

豆餅マメモチなのだ。本物の迷宮ダンジョンではあまり見かけないけど、糸でぶら下がる蜘蛛魔獣スパイダー・モンスターなんかは動きが巨大刃罠ギロチン・トラップと似てるのだ』


 三人が配信するように、特設迷宮スペシャル・ダンジョンには即死級の機能ギミックもうけられている。

 中級配信者審査オーディション・ロワイヤルの参加者は、命を落としても自己責任。


「時間をかけず突破クリアするにはどうするか、答えは自明じめい……落とせば良い!」


 武蔵は高く舞い、振り子めいた動きを続ける大刃ギロチンつながれた天井の鎖を刀によって一撃で破壊!


『良い! じゃないのだ、普通はできるわけないのだ』


 三人はあえて、同じような罠部屋へ再度突入する。


「高く飛べなくてもほら、少しずつでも魔法や弓でけずればヒメでも壊せま〜す!」


 宣言通り、ヒメもまた天井の罠を破壊。

 配信に乗せる前にあらかじめ武蔵が打撃を与えていたため、ヒメの魔法数回で鎖の根本は爆散ばくさんした。


『これならボクでもできるのだ。今みたいな時は多分、広範囲の術式よりも一点集中の攻撃がいいのだ』



迷宮ダンジョン地下に水場とな、水濡れは体力低下や速度の鈍化どんかまねく、けねばならぬが時間はかけられん」

「ヒメ泳げないし、しかも見て! 迷宮噛魚ダンジョン・ピラニアれ! わーヤダヤダ、絶対この池落ちたくないー!」

『実際の迷宮ダンジョンにも、足の届かないくらい深い水場や危険な水棲魔獣ウォーター・モンスターがいる場所は多いのだ。危ないのだ』


 特設迷宮スペシャル・ダンジョン、巨大湖畔地帯。

 中級配信者審査オーディション・ロワイヤルの参加者は当然、命を落としても自己責任。


「時間をかけず対岸へ到達するにはどうするか、答えは自明……走って渡れば良い!」


 武蔵は水面を渡り右足がしずみきる前に左足をみ込み、そしてまた左足が沈みきる前に右足で水面をる侍特有の走法を駆使し、湖畔を突破クリア


『良い! じゃないのだ、普通はそのまま沈むのだ』


 残されたヒメは落ち着きはらっている。

 そして、画角アングル調整により武蔵とヒメ二人による配信であるかのような構成は継続キープ


「ヒメも足元が怖いけどね、魔素防壁マナ・プロテクトの応用で足場も作れるの! これなら水面を走れなくても大丈夫っ!」


 ヒメは悠々ゆうゆうと湖畔を歩く。

 絵面えづらだけならヒメが一人ですさまじい枚数の魔素防壁マナ・プロテクトり続けているように見えるが、実際はヒメとセツナ二人による連携技チーム・プレイである。

 視聴者リスナーの画面にセツナが映らないことから「この森林種エルフやべえ」「武蔵もすごいけどヒメちゃん地味に強くね?」「足場出すの早すぎてくさ」とあやまった情報により応援コメント欄も盛り上がり、視聴者もチャンネル登録者数も増えていった。


『ボクも安心して渡れるのだ。初級の魔素防壁マナ・プロテクトでも五分は消えずに残るから全然大丈夫なのだ』



 セツナが短時間で必死に考えた工夫、それはまず〝らしさ〟をかす戦略だった。


 プライベートや仲間に対しては思慮しりょ深い宮本武蔵も、配信中のポーズとしては〝自分勝手〟なことが多い。

 時に多くの視聴者リスナーを置き去りにし、破天荒はてんこうな姿でふるいにかける。

 バカじゃねえか俺らには出来ねえよ武蔵いい加減にしろ、と視聴者リスナーに思わせながらもき立たせる魅了カリスマ性。


 対するヒメは無骨ぶこつな武蔵と正反対に感情豊かであり、基本ベースがザコ森林種エルフなので初級冒険者からの理解を得やすい。

 そしてヒメ本来の人柄ひとがらとして他者に激励げきれいし手をべるような所作しょさは、武蔵とはまた違った方向ベクトルから「刺さるかもしれない誰か」をきつける。


 豆餅マメモチことセツナは武蔵のような人外めいた力も持たず、ヒメのような愛嬌あいきょうや共感性など一ミリも持ち合わせず、持とうとも伸ばそうとも微塵みじんも思っていない。

 セツナはただ淡々たんたん的確てきかくに、誰一人として反論の余地よちがない〝正しい事実〟のみをべ続ける。

 実際、そういう姿勢スタイルを求め好むシェアも非常に多い。


「増えておるな、視聴者リスナー。まだ足らぬ、増やせ、拙者についてこい!」

「ヒメもいま〜す! そろそろ応援コメントも拾って読み上げるねっ!」

『次の部屋に行ってもまた同じ流れになりそうな気がするのだ。ボクはもうきてきたのだ』


 三者三様の良さを必死に引き出したセツナの、もう一つの策はデメリット覚悟のワンパターン作戦である。

 

 これは〝豆餅〟がわざとらしく語るように「またか」「もう知ってる」とあきれられる懸念リスクがとても高い。

 しかしながら開幕で武蔵が人間離れした技を披露ひろうしても、どうせまた二の矢でヒメが視聴者リスナーでも試せそうな現実的な案を提示してくれるかもしれないという〝謎の安心感〟をもたらす。

 ダメ押しに〝豆餅〟が豊富な知識に裏打うらうちされた、ためになる実践知識をさりげなく伝える。



 まさに、三位一体。


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