第二十四話 伊能忠敬の限りを尽くす


 北一直線きたストレート百八次ひゃくはちつぎえ、武蔵は爆速ではじまりの街に帰還する。


 どこにもらずリラックス状態での亜音速走ソニック・マラソン


 武蔵にとってこの状態は昼下がりの優雅散歩おさんぽブレイクと何ら変わらない、平穏なものだ。


 見据みすえるは、伊能忠敬いのうただたかというハードル

 負けず嫌いな宮本武蔵にとって、伊能忠敬は心の底から尊敬リスペクトした数少ない男の一人である。


『なあ侍、慶長九年よりも後の時代に伊能忠敬って奴がいてよ。お前と同じくらい、下手すりゃお前よりヤベえ奴だ』


 中級配信者審査オーディション・ロワイヤルよりも前、武蔵がセツナから聞いた言葉。

 武蔵は悔しかった。信じられなかった。

 しかし、セツナの話す内容が全て事実なら認めざるを得ない。


 伊能忠敬は隠居いんきょ後の五十五歳から日本全国の測量を始めたという、その気概きがいと情熱こそをを武蔵はもっとも評価している。

 やるにしても二十代とか全盛ピークの頃にしなかったのかよ、と武蔵はおおいに畏怖いふした。

 かなうなら同じ時代を生き、地図勝負マップバトルをして日本フロア中を熱狂させたのち、彼と互いを認め合いたかった。

 宮本武蔵もまた、地図マップを愛し宝図レリックきざみ続ける地図者マッパーとしての側面を持っていたからである。


 

 なればこそ、伊能忠敬を上回る熱量を持って〝国〟の経路記録ルートマッピングに取り組むことを決意した。


 

「おぬしらも頼りにしておるぞ、拙者の代わりにヒメとセツナをしっかりと守れ」


 武蔵は隊長の肩を力強く叩き、対する隊長は憧れの宮本武蔵に大任たいにんを与えられたことにも、直接言葉を交わせたことにも完極かんきわまり号泣していた。


「ヒメ不安なんだけどぉ、隊長大丈夫〜?」

『実力は確かなのだ、隊長さん、よろしくお願いしますなのだ』


 隊長としょうされた男の強さと人格は〝豆餅〟の言うように申し分ないものだった、折り紙付きである。

 セツナは武蔵と初めて会った日や、北一直線開始前夜の飲食店のように、現実リアルでも身分パネルを介した声で意思疎通コミュニケーションを図る。

 信頼を担保するという意味をあらわす〝折り紙付き〟なる言葉もまた、当然かつての宮本武蔵が生み出した言葉だった。


 

 北一直線百八次をて集った五万人近くの猛者もさ

 

 中には「何か知らんけどヒメちゃんにさわれるかも、現実リアルでヒメちゃんの声聞けるかも」というやからも少なくなかった。

 高い意欲モチベーションを持たず「豆餅先生が言ってるから何となく。豆餅先生と話してみたい」というそうさらに多い。


 初期の段階で豆餅に腕を見込まれ、試しに裁量ジャッジのある程度を与えられた仮隊長は、不純ふじゅん動機どうきからつどう参加者を決して許さなかった。

 配信界隈にかつてない、大規模作戦である。

 仮隊長は五万人近くの企画参加者をふるいにかけ、八千人弱まで厳選する。


 残り四万二千人近くの冒険配信者は、参加賞として色紙に書かれたヒメや豆餅のサインを授けられ、満足げな顔で故郷に帰っていった。


「ねえ隊長、ヒメや豆餅には普通に話しかけてくれて良いからね?」

『作戦の時の情報伝達は、大事なのだ』


 正式な隊長に就任した冒険者は、光栄です最小限にとどめますと、ぎこちなく答える。


「でも、隊長のおきてでヒメかなり快適かも〜!」

『何から何まで、隊長さんには助かるのだ』


 隊長は八千人弱の大部隊に対し、自身のし活に関する価値観ポリシーおきてという形で強引に押し付けた。

 推し活の楽しみ方や生き方を他者に強制するなど本来ならば論外ろんがいで許されないことだが、今回に限っては企画の趣旨とも合致がっちし高い円滑性えんかつせいをもたらす。


 推しが困る、寄らぬべし。

 推しが襲われる、守るべし。

 推しが戸惑う、語りかけぬべし。

 推しが悲しむ、我ら一人も死なぬべし。


 昭和から令和にかけて、近代国家の軍隊における部隊規模は六十から二百五十人を中隊とされた。

 三百から千人になると大隊、五百から五千人の兵が合わされば連隊になる。

 それをさら凌駕りょうがするのが、数千から八千人の構成つまり兵力単位アーミー・カウント尺度スケールとして最上級の、旅団。


 四つの固い掟が制定された南方測量旅団が、発足。



 伊能忠敬アール・ティー・エー、その出発前夜に三人は活力冒険飲料エナジー・ウォーターを飲み交わしていた。

 

「拙者は北回り、おぬしらは南回り、明朝みょうちょうからか」

「ヒメ伝言頼まれたんだけどさぁ、終わったら武蔵と手合わせして欲しいんだってー、隊長ー」

「隊長の奴、記録アーカイブの手合わせ配信見て歯軋はぎしりしながら泣いてたからな」


 五万人を超える企画参加希望者。

 その動線は何も、配信からだけではない。


 北一直線百八次の際に十の町を越えた頃、考えてみると寝起きに方向感覚サムライ・コンパス調整アジャストするので日中に少し進度を落としても問題ない、一区切り付いた時にまた方向感覚サムライ・コンパスを合わせようと気付いた宮本武蔵。


 そこで、腕に覚えのある者を集め模擬戦もぎせんめいた手合わせ配信や風林火山の実演を挟むようになり多くのだかを残した。

 ついでに武蔵が見込んだ者達を〝はじまりの街〟へ誘導したのである。


「少しでも全力に近い力で、戦えればいいのだが」

「でも武蔵、加減ハンデ上手うまくなったよねぇ」

「隊長、俺んとこにもしつこかったんだよ。今度、会ってやってくれ武蔵」


 思い付きで開始した〝手合わせ配信〟の初回は、放送事故スレスレの内容だった。

 挑戦者チャレンジャーが死にかけたのである。

 反省し学習した武蔵は以降、通常の百分の一や……相手によっては千や万分の一の出力パワーを使って挑戦者チャレンジャーの相手をつとめ配信を続ける。

 一方の隊長は武蔵と戦える各地の挑戦者チャレンジャーをひたすらうらやみ、死すとしても武蔵に斬られ終わる命ならい無しと手合わせの機会をヒメやセツナに懇願こんがんし続けていた。


「さて、十七日だな。おぬしらも死力を尽くせ」

「大丈夫かなぁ。でも、いつまで! って決まってる方が燃えるよねー」

「ったく、生き急ぎ過ぎなんだよテメエらは」


 十七年かけて日本測量を終えたと伝わる伊能忠敬を意識した宮本武蔵は、十七日で異界の〝国〟測量完了を目標として打ち立てた。


「遠き地にるか、まだ生まれてらぬか、あの世にるかは分からぬが魂はるであろう伊能忠敬ッ! とくと見よ伊能忠敬ッ! 拙者達は……絆の力でおぬしを超えるッ!」

「ヒメ終わったら温泉ってやつ行ってみたーい!」

「エルフ、部隊全員が技能保持スキル・ホルダーだからって油断すんじゃねえぞ!」


 南方測量旅団にヒメとセツナが加わり、はじまりの町から南への遠征。

 

 単身で再び北へ挑む宮本武蔵。


 相当数の超長距離でも身分パネルを使った連絡や共同コラボが可能という事実が証明された今、離れた三人は〝配信〟で繋がっていると言える。



 伊能忠敬の限りを尽くす史上最速攻略リアル・タイム・アタックが幕をあけた。


 南方班、さながら江戸時代の〝かご〟の如く、丁重ていちょうに組み上げられた木製の移動室にヒメとセツナは搭乗。

 運びになうは、全員が実戦経験も高い亜音速走保持者ソニック・マラソン・ホルダー

 選りすぐりの数千人を超える部隊の中で、亜音速走ソニック・マラソン技能スキルを用意していない者は存在しなかった。

 武蔵にならい、反対に南一直線を敢行かんこうしたヒメ達は新たな街の発見及び安全確保を済ませてから測量開始。


 町に突然押しかけてくる数千人規模の冒険者に驚いたり嫌がる住民はほとんど居らず、むしろ憧れの配信集団滞在を喜び多くの食料や浴場が解放された。


「おぬしら、そうも長時間……拙者だけを見てきぬのか?」


 北方班、武蔵たった一人。

 セツナに教わった測量や書き込み作業を行う関係で、北一直線百八次の時よりも自ずと立ち止まる時間が増える宮本武蔵。


 テレビもなく、ラジオもなく、車もそれほど走らぬ異界。

 楽器があまり普及せず飲食店も〝はじまりの街〟より乏しい、北方のとある町のはずれ。

 年老いた老婆とおきなが、両の手を合わせ数珠を握って武蔵をおがんでいる。



「またしても例の、人によく似た魔獣モンスターが測量の邪魔をしてきおった」

『ヒメそれ教えてもらったよ、虚人むなしんちゅって言う種類なんだって!』

『ボク達のいる南方測量旅団の冒険者さんの中にも、虚人むなしんちゅと戦ったことがある人いたみたいなのだ。さすがシルバー冒険者さんなのだ』


 遠隔リモートでの身分パネル接続アクセスによる共同コラボ配信も欠かさない。

 

 こころざす目標や締め切りがある成果物を用意する作業中であっても〝日常〟たる交流や配信活動は両立させる大手の配信者は、令和の日本でも少なからず存在した。

 そして、そうした姿勢スタイルや熱量の高さがまた視聴者の尊敬リスペクトを集める流れは、日本も異界も変わらない。


『ふむ、ヒメは普段このような気持ちなのだな。拙者も新鮮である』

「次のお題はぁ、ヒメが視聴者リスナーのみんなに多数決とりまーす!」

『街のみんなも旅団の冒険者さんも、どんどん参加して欲しいのだ』


 変わり種、ヒメヒメチャンネルを主軸メインとした〝武蔵側が共同コラボに参加〟という手法テクニック

 普段とは逆に大きく映し出されるヒメと豆餅、右上の小さな小窓ワイプから反応リアクションをとる武蔵の姿もまた真新まあたらしさを感じさせ好評を博す。

 

 ヒメの思い付きで開始した、視聴者リスナーも参加可能な配信はラジオ番組の公開収録のごとき盛り上がりを見せた。

 

 共同コラボの際に主軸メインえるチャンネルを変えてみる、視聴者リスナー現実リアルで触れ合うもよおしを開く、これら二つもまた令和日本においても見られてきた光景である。


「最後は、拙者と〝速さ〟で勝負だな」

『ヒメ達の南旅団、測量しながら魔獣モンスターも倒してすごい段位レベル上がったよー? 強いよー? 武蔵大丈夫ぅ?』

『武蔵お兄ちゃんも、ボク達の南方測量旅団のみんなも、どっちも頑張れなのだ』


 目標として定めた十七日ぴったりに、行ける範囲全ての〝経路記録ルート・マッピング〟が完了した。

 宮本武蔵も南方測量旅団も、全力で伊能忠敬の限りをくしたのである。

 

 後は、はじまりの街で合流するのみ。

 帰路で立ち寄る街は必要最低限という流れから、ヒメが新たな企画を生み出した。

 北と南、どちらの者が先に開始地点に到着するかという走力勝負は、当然ながら北が圧勝。


 

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 

 

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