第四章 中級配信者審査

第十三話 セイレーンの悪夢


 中級配信者審査オーディション・ロワイヤル、開始。


 武蔵がヒメと出会い一ヶ月過ぎ正規初級冒険配信者の申請が受理されてから、半年が経っていた。


 つまり昇級かアカウント強制削除からの作り直しか二者択一にしゃたくいつの、中級配信者審査オーディション・ロワイヤルいど時期タイミングである。


「もっと早くセツナと会ってたら免除めんじょだったのにねー」

「現在の登録者数は九万九千八百五十、なるほど確かにヒメのもうす通りだな」

「エルフ、不安なのか? 突破クリアしちまえば問題ねえだろ」


 正規配信者になってから半年以内に十万人のチャンネル登録者数を集めた者は、実力が認められ中級審査オーディション免除めんじょされる。

 無論むろん、そんな存在はよほどの大手所属か武蔵以上に常軌じょうき逸脱いつだつした能力ステータスを持つ一握ひとにぎりの天才のみ。まれである。


 多くの冒険配信者は、中級審査オーディションを受ける。

 たったひとつの規則ルールと、たった一つの合格条件クリア・タスクからなる中級配信者審査オーディション・ロワイヤル


「確かに! ヒメ達三人の編成パーティチャンネルならイケるイケるっ!」

「百人と言わず貪欲どんよくまいる。中級合格と銀の身分パネルの同時入手というのも悪くない」

「いいねぇ、侍。お前のそういうとこ、好きだぜ?」


 中級審査オーディションの合否判定はきわめて単純たんじゅん

 会場にもうけられた特設迷宮スペシャル・ダンジョンを使って配信を行い、制限時間内に新たなチャンネル登録者を百人増やす。

 ただ、それだけである。


 それだけであっても、百人という壁はあまりに高い。


 そして、達成出来なかった者は配信チャンネルを削除され活動をやり直すのである。



「ヒメも着てみたいなぁ、配信学園の制服ー」

「中々に、上質な布を使っておるな」

「あんなガキ共なんか気にすんなよ、俺らには奴らにない〝冒険力〟がある」


 中級試験におけるたった一つの規則、三人一組スリーマンセル


 金髪の少年と黒髪の少年が殴り合う場へ割って入り、仲裁ちゅうさいするピンク色の髪をした少女をふく集団グループ


 穏やかそうな黒髪短髪の少年二人に挟まれ、ガラの悪い茶髪ロングの少年が周囲をにらみ回す集団グループ


 大人しそうな黒髪少女と金髪少年に指示を出しながら、何故なぜか自分の親指辺りをもうとしている少年が仕切しき集団グループ


 全て、迷宮ダンジョン配信学園の制服を着た十代の若者達だった。


 ふとセツナが眉間みけんしわを寄せる。


「見てみろよエルフ、ガキばっかじゃねえぞ」

「わ、すご! 三人とも顔が良い!」

「あの者らの風格ふうかくそろって転生人ころりんちゅやもしれぬな」


 セツナのように白衣を着用する、日に焼けた医者のような色黒の男性。

 白衣の者と同じく黒髪で眼鏡をかけ、サラリーマンぜんとしたスーツに身を包む男性。

 黒い学ランを着こなし、切れ長の目と銀髪が特徴的な長身の男性。


「まあでも、会場で一番目立ってんのは俺ら三人だろうよ」

「ね! なんたって転生人ころりんちゅ御結転生人おむすびころりんちゅに、ヒメみたいな可愛い森林種エルフ!」

「あながち、そうとも言えぬようだぞ。おぬしの同族なかまだ」


 武蔵が視線を向けた電光掲示板の真下にいるのは、三人と似たような、異色の組み合わせ。


 精悍せいかんな顔つきに明るい色をした毛髪の男性剣士。

 その陰に隠れ佇む、ヒメの似ようにとがった耳を持つ小柄こがら森林種エルフ


 三人目の女性。

 ヒメやセツナや小柄な森林種エルフの三人とはくらべものにならぬほどの魅力を持った女魔術師が立っている。


 そんな集団グループが、存在した。


 三人目たる紫色の長髪に少し背が低く地味さを残しながらもふくよかな体型をした女魔術師は、やはり彼女の隣に立つ森林種エルフや武蔵編成パーティのヒメ、セツナが到底とうていかなわぬ唯一無二ゆいいつむにとも言える魅力を放ちながら、柔らかく穏やかで聖母とすら言える雰囲気のまま、仲間の剣士や森林種エルフに優しく微笑みかけていた。

 会場内でもっとも強く高い魅力と異彩いさいを放つ彼女が、種族として人間なのか地上に舞い降りた天使のたぐいなのか、国人くにんちゅなのか転生人ころりんちゅなのかは不明である。


 

 中級配信者審査オーディション・ロワイヤルの開始時刻が、静かに迫る。


 


 当然ながら武蔵達三人の全員が初めておとずれる、審査会場。


 ここにきて、セツナの中で〝世界への疑念〟が更に強まった。

 何故なら正規中級配信者審査オーディション・ロワイヤル実施じっし場所と称されるその施設は、あからさまに何らかのドーム球場だからである。

 どこから電気を引いているのか、あるいは魔素マナに由来した設備なのかまではわからずとも、大きく映し出された画面が電光掲示板であることにセツナはそく、気付く。


 そもそも特設迷宮スペシャル・ダンジョンとは?

 内部の魔獣モンスターはどこから調達した?

 ドーム球場の遺跡? あるいはドーム球場の形に似せて作った? 何の資料から? 誰がどういった目的で?

 大体からして、通常迷宮ノーマル・ダンジョンすらも一定のエリアをまたげば魔獣モンスターが即時復活しており、武蔵が東の洞窟で倒した黒竜のように迷宮内一体ダンジョン・オンリーワンとされる首魁級魔獣ボス・クラス・モンスターも必ず三日きっかりで再出現するのは何故なぜなのか。

 疑問は尽きないが、武蔵とヒメが高めた集中力コンセントレイションさまたげにならぬようセツナは問題を一度脇に置いた。


 

 中級審査オーディション、開始。


 

「やべえぞ侍、お前は今すぐ耳栓みみせんを付けろ!」

「わ、早い、武蔵とセツナ大丈夫!?」

「すまぬ……拙者は後手に回り不覚をとった!」


 魔歌姫セイレーンである。


「始まっちまったもんはしょうがねえ、くそ、何か考えるッ!」

「あ、やっぱヒメにはあんま効かないねぇ……」

痛恨つうこんなり、動けぬ!」


 凶悪な冒険配信者集団、初心者狩りの魔歌姫セイレーン

 女性三人組からなる魔歌姫編成セイレーン・パーティは、人生の全てを賭けて後発こうはつ配信者の未来を奪うことを至上しじょうよろこびとする。

 音楽数値サウンド・ポイントだけが全て、音楽サウンド以外の冒険能力ステータスも配信能力ステータスも不要、そんな実直ストイックな生活を経て百五十という音楽能力サウンド・ステータスを一極集中できたえ上げデビューするも、暴露スキャンダルや炎上により栄光への道をたれたかなしき歌姫達。


 船乗りを海に引きり込む悲恋の歌姫と同じように、彼女達もまた新米冒険者達をくらい絶望の底へ沈めようとしていた。


「クソが、俺まで頭が回らねえ!」

「しっかりして、二人とも!」

「体は動くようになったが、拙者せっしゃの……思考力が奪われる」


 当然ながら耳栓や魔素防壁マナ・プロテクトを初めとする、魔歌姫セイレーンを意識した対策は整えたはずだった。

 が、過去十年の中級試験配信記録オーロワ・アーカイブの中でも使われていなかった魔歌姫セイレーンの新たな戦法、開始後即単独公演オープニング・ゲリラ・ライブ毒牙どくがにかかり、冒険者達は次々と膝から崩れ落ちる。

 セツナやヒメが予習したデータにない、奇襲である。


 歌唱の魔力に当てられ続行意欲を喪失し、自ら配信チャンネル削除を開始する冒険者。

 どのようにして作り出したのか、魔素マナ操作あるいは特殊技能ユニーク・スキルの産物か、サイリウムライトめいた棒を手に取り泣きながら振り上げ魔歌姫セイレーン崇拝すうはいし始める冒険者。

 電光掲示板すらも魔歌姫セイレーンだけを映し出し、アリーナ観客席に詰めかけた見物人達も揃って魔歌姫声援セイレーン・コールを続ける。


 復讐の亡霊と化し現役げんえき時代よりもはるかに高い能力にまで登りつめた魔歌姫集団セイレーン・ユニットの、中央センターが保有する音楽数値サウンド・ポイント個人変数パラメータだけでも何と二百。

 そこに特殊装備品レジェンド・アイテムの補正も加わり、カンストつまり上限限界数値カウンター・ストップたる二百五十五というあたいを叩き出している。


「始まったな、今回も。あきれる歌姫バカどもだ」


 観客席にて、魔歌姫セイレーン公演ライブによる洗脳や聴覚を通して強制的に行われる視認阻害、視野改変、精神干渉などの効果を全てふせぎながら、あしを組み座る男がつぶやいた。


「へへっ……まぁ、あのねえさんがたも人生そのくらいしか楽しみがないんでしょうぜ?」


 飄々チャラチャラとした態度で笑う男が、場内でバタバタと倒れる低耐性の観客人数を興味深そうに指さし数えながら答える。


和座浦ワザウラ、君にとって〝合格〟な奴は、居たか?」


 和座浦ワザウラと呼ばれた軽薄けいはくそうな男は、大袈裟オーバーな動きで頭の左右に腕を広げた後、肩をすくめながら残念そうに笑った。


「あっしにとっての〝合格〟ですかい、りやせんねぇ、ゼロでさぁ。一緒に冒険したいと思わせてくれる御仁ごじんも、おしゃべりしたくなるようなお嬢さんも、だぁれも誰も……りやせん」


 あっしが見た限りの現時点では、ね。と和座浦ワザウラは小さく付け足す。


 

 既に中級背信者審査オーディション・ロワイヤル参加者の八割強を食い荒らしてなお止まる気配のない悪夢公演ナイトメア・ライブ、会場には歌声が響き渡っていた。

 

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