第十二話 星を探す旅


「ヒメにはちょっと難しいかもぉ……」


 案の定セツナと武蔵から説明を受けたヒメは頭から煙を出しそうになるも、差しあたりセツナが〝女性〟として武蔵に好意を抱く可能性は低いと判断し「まあいっか」で済ませた。

 なお、会話の実に七割は適当にったかって分かった顔をしながら聞き流している。


「侍、エルフ……ここまで聞いてくれたお前らに二つ頼みがある」

「申してみよ」

「ヒメ、力になれるかちょっと分かんないけど出来ることならするよぉ」


 粗野そやながらも威風堂々いふうどうどうとしていたセツナが、珍しく目を泳がせ軽くうつむく。


「やっぱいい。またなげぇ話ンなるし、すっきり解決するか分かんねぇ」

「好きにするが良い。長かろうが拙者せっしゃは構わん」

「うっわぁ……豆餅マメモチ、じゃなくてセツナめんどくさッ! ヒメの里でもセツナみたいな子いたよ? ウザくて嫌われるよ!?」


 思っていても飲み込んだ部分をヒメはズバズバと言うものだ、と武蔵はなかあきれ半ば感心した。


「は? ウザいってなんだよエルフお前、どういう意味だ!」

「話したいのであろう。聞いて欲しいのであろう。ことここにいたってはもう気にするでない、もうせ」

「武蔵のそれ! セツナってさぁ、何それ気になる教えて〜、って言われるの待ってたんでしょ!」


 無意識の行動だったとはいえ図星ずぼしかれたセツナは聞こえよがしに大きく舌打ちをした後、観念かんねんしたように語りはじめた。


「まず一つ目だ。転生ころりん御結転生おむすびころりんを裏で糸引いてる奴がいるなら俺はブチのめしたい。破壊したい。そのために国や世界を、知りたい」

「初手から妙な話になったな。聞きたいことはいくつかあるが、憎む理由はおぬしの境遇ゆえか?」

「誰かが〝何か〟をして、転生ころりんさせて国に人を連れてきてる……ってコト!?」


 彼が転生ころりん、とりわけ御結転生おむすびころりんを嫌悪するのは自身のい立ちだけが原因ではなかった。


 御結転生おむすびころりんはあまりにも、悲劇である。


 前世では新婚して幸せな家庭を築き第一子が生まれたばかりの父親が、寿命間近の老婆の身体に御結転生おむすびころりんした話を彼をは聞いていた。

 世をはかなみずから命をった、日本人の御結転生人おむすびころりんちゅ


 転生ころりんしてもギリギリのところで過去と現在にり合いを付けて生きられる者もいれば、御結転生人おむすびころりんちゅの中には従来じゅうらいの自分と転生ころりんしてからの立場キャラとで乖離かいりが激し過ぎるあまり自我がたもてなくなったり精神崩壊メンタル・ブレイクした者も大勢おおぜい存在する。

 小学生女子児童の心が中年男性の体に御結転生おむすびころりんした場合なども、あまりに不憫である。


 セツナの経験上、生まれたての赤子に転生人ころりんちゅの心が宿り御結転生人おむすびころりんちゅとなる双方にとってダメージが浅い例は、割当として珍しい傾向にあった。

 

「何かの機構システムが存在するなら、俺は絶対に許さねえ」

「おぬしの旅の話を聞くと確かに、この上なくしゃくさわる話ではあるな。だが、実在するのか?」

「つらたん。結婚したばっかのお父さん可哀想……サイアク過ぎるぅ……」



 セツナが転生ころりん元締もとじめの可能性を考えた理由。

 それを説明するために、いささか頭を抱えていた。

 はかない輝きを放つ星のように点在する多数の根拠、その中で文明水準のいびつさに関する説明は一旦いったん、見送ることにする。

 食品や流通、衣服に教育制度、全てがまるで前世で目にしたゲームやライトノベルのごとく冒険配信者に都合良く均衡バランス調整され、チグハグな文化を持つ世界。


「お前らに分かりやすいの一つ出すとよ、能力ステータスとしての知能イントがゼロ数値ポイントなのに生活できてる奴、変だろ」

「ヒメそれ分かんない。ちっとも分かりやすくないんですけどぉ?」

知能イントを持たずとも、思考を回し生きる者達。確かに妙だ」


 知能数値イント・ポイントがゼロでも思考力皆無くるくるパーの廃人という訳では決してない。

 器用数値デックス・ポイントがゼロでも繕いものや調理をする者もいる。

 みな、日常生活を送っている。


 身近な実例としてわずか十二の生命数値ヴァイタル・ポイントしか持たぬまま無謀むぼうにも東の洞窟にいどみ、無傷ノーダメで生還した武蔵の存在も異常である。

 何故なら、その男は宮本武蔵……の一言で安易あんいに片付けられる問題ではなかった。

 それ程までに、当時の武蔵の能力ステータスは終わり過ぎていた。


 能力数値ステータス・ポイントの意義や信憑性しんぴょうせいが、われ始めている。


国人くにんちゅなら一律で十歳に能力数値ステータス・ポイントを二十よこす、ってのも意味不明だしな」

「ヒメ、あんまり気にしたことなかったなぁ」

「身分パネルや能力数値ステータス・ポイントの違和感は拙者せっしゃにも伝わった。して、転生ころりんとはどう関わってくる?」


 理解を得られたようで解説者は静かに安堵あんどする。

 弱々しい光だった星の一つが、輝きを増した。


 何度も躊躇ちゅうちょし、武蔵はともかくヒメに聞かせて大丈夫か迷いながら、セツナは魔獣転生モンスターころりんの話を始める。

 話が回り道になる自覚はあった。


「信じられねえだろうが、人以外に……魔獣モンスター転生ころりんした御結転生人おむすびころりんちゅもいた」

「えっ……」

「その者らは、どうなったのだ」


 国を一人放浪した頃を、セツナは思い出す。


「中身が人間の魔獣モンスターが目の前にいるとな、クソうるせえアラートが鳴って身分パネルも警告メッセージを流すんだよ」

「ねえ、アラートってなに?」

「知らぬ言葉だが、とにかく身分パネルが『此奴こやつは人であるから外見そとみ魔獣モンスターでも殺すな』とやかましく伝えてくる、で相違そういないか?」


 武蔵特有の、超速理解。


「そうだ、侍のそれでいい」

「ねえ! なんで武蔵さっきので分かるの!?」

「拙者は、侍だからだ」


 身分パネルの判別精度がどのくらい正確なのかはセツナも分からない。

 しかし、警告メッセージが伝えてきた魔獣モンスターは〝言葉〟を発し、一匹の例外もなく全てがセツナと会話成立した。

 セツナがべと言えば、きちんと返事をし一度跳ねてみた液魔獣スライム

 セツナが右手の親指だけを立てろと言えば、同じく返事をして手を動かす猿型の魔獣モンスター


 そして、発話可能な御結転生人おむすびころりんちゅ魔獣モンスターもやはり大半たいはんが自殺した。


「身分パネルの判別チェック警告アラートが機能してるなら、知らないうちに転生魔獣ころりんモンスターを殺してたなんてことは多分ねえから安心しとけ、エルフ」

「あ、うん、そっか……ありがとセツナ」

「拙者は、セツナが最初にもうした言葉の意味が少し見えてきたぞ」


 無自覚に殺人を犯していたかも、と青ざめるヒメに気づいたセツナは補足フォローを入れておいた。


 一つ目の星とは別に、セツナは魔獣転生モンころの事実も伝えきることが出来た。

 つまり二つ目の星も、きらめく。


「例えば液魔獣スライムなんかよ、分かんねえだろ遠目だと。でも転生魔獣ころりんモンスターがいたら相当離れた距離でも身分パネルは鳴る」

「パネルには伝わる、何かがあるってことね」

「忘れそうになっていたが、組合ギルドでの登録のおりに拙者の名が一字一句たがわず表示されたのも……おかしい。あの場には紙も筆もない」


 セツナは、身分パネルと転生ころりんの関連を示唆しても大丈夫かもしれないと判断した。


「分かってきただろ? 現状は冒険配信者を続けるしかねえが、身分パネルにも転生ころりんにも大きな何かがある。俺は、それを知りたい。そして転生ころりんが人為的に行われているなら阻止したい」

「ジンイテキって何?」

「雰囲気からして何者かが、人間あるいは集団が転生ころりんを操作しているかもしれぬという意味であろう」


 能力数値ステータス・ポイントと身分パネルの不審点。

 魔獣転生モンころという概念がいねん

 転生ころりんと身分パネルに何かのつながりがある懸念。

 転生ころりんそのものが、自然発生する現象ではない可能性。


 四つの星が強い輝きを放つ。

 

「まだまだ長くなるが、要するに俺は世界を知りたい。知るためにはチャンネル登録数を増やし、もっと多くの迷宮ダンジョンを調べる必要がある」

「わかった、いいよ!」

「早いな、ヒメは。だが、拙者も協力したくなった」


 先ほどまで怯えていたヒメは、にっこりと微笑ほほえんでいる。

 仲間の本心が知れたことが嬉しかったのだ。


「エルフお前、話理解できてんのか? ほんとにいいのか?」

「ぶっちゃけ半分くらいしか分かんないけどさぁ、チャンネル登録者数増やして今まで行けなかったとこ行きたいのってヒメや武蔵と一緒じゃんね!」

「理由は違えど、目指す場所は同じということだ」


 セツナは、無しに嬉しい気持ちになった。

 朝日が昇ろうとしていることに気付き、もう一つの願いは後日に回すことにして会話を打ち切る。


「ありがとな。これからもその、頼む」

「もういっこの頼みもヒメ、聞くよ? なんか寝れなくなってきたし」

「セツナの気持ちを無碍むげにするでない、ヒメ。今夜は解散だ。そして、中級配信者審査オーディション・ロワイヤルに備えようぞ」


 そう、一大イベントたる中級配信者審査オーディション・ロワイヤルの開催日まで残りわずかな日数なのである。


「侍の言う通りだ。まずは中級配信者審査オーディション・ロワイヤル突破クリア、その後にでもまた聞いてくれ。俺も部屋に戻る」

「ならヒメも風林火山の練習してから寝るね、おやすみ!」

「ヒメはもう、十分に風林火山の練度れんどは高めたであろう。無理をし過ぎるな」


 武蔵の口調を真似マネしながら「修練しゅうれんに終わりなど無し」とキリッとした表情で叫び、ヒメは自室に戻った。


「身分パネルの個別名称パーソナリティが破損していたのは、ゆかりという名を目にすると辛いから書き換えようとした名残なごりか?」

「侍よお、お前は相変わらず話早くて助かるぜ」


 拙者は侍だからな、当然だと笑う武蔵。

 これからも頼む、と笑い返し部屋を出るセツナ。


 男性の御結おむすびを宿した白衣の少女は今後も〝星〟を探し続け、その明度ルクスを高めていく。

 そして、いつしか点と点が繋がり線となるように、世界の謎を解き明かすという星座をえがく。


 

 何故なら、その解説者は甲斐カイ刹那セツナだからである。

 

 

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