第十一話 基軸喪失症候群
互いにこの世で肉親はたった一人ずつ、与謝野孤児院で身を寄せ合っていた幼い
姉は
優しく聡明な甲斐紫。
明るく活発な甲斐電。
少女である紫の身体に、令和の若き天才科学者セツナの
「身の
「それだけじゃないぜ、見覚えも愛着もねえ初対面の弟は連日連夜ぴーぴー泣きやがる。最悪だ」
セツナも弟も一時期は心を深く病む
弟もまた、優しかったはずの姉が突然ぶっきらぼうで
何せ、七歳の姉と五歳の弟である。
ただ一人、
「ところで、どのように生きておったのだ? おぬしが
「なあ
セツナの言わんとすることは武蔵にも何となく伝わる。
武蔵とて、初めて耳にした際は
しかし最近とんと米を見かけない。
異界の国は小麦製品が主流であり、ならば良しと彼は割り切った。
何故なら、その男は宮本武蔵だからである。
「
「まあ、いい。で、まず時代か。お前は〝何〟だった? 見た感じ
言葉足らずな、質問。
「拙者は慶長九年の時を生きた、そこが最後だ」
「なら俺は、そっからぴったり四百二十年先の時代から来た。お前のいた慶長の後に元禄やら天保、慶応だとか三十個くらい続いて、そっから四つすっ飛ばすと〝令和〟になる」
即答に対する、また即答。
「慶長九年のように令和何年、と表すのか?」
「そう。慶長から慶応までは三十よりもういくつかあった気もするがまぁ誤差だ。ちなみに、その辺は全部〝江戸〟っつわれてる。お前が
何だった、で伝わり
言葉を受け取り瞬間的な暗算を済ませたセツナもまた、返す。
二つの超速理解、異なる時代で生まれた天才同士の
何故なら、性別が定まらぬ者は
「二百六十年、四百年……想像もつかぬ。いや、よそう。すまぬな、話の途中に」
「別に。まあ俺の昔話もそのうち話すさ」
話が進まない
*
古くは
基軸喪失とは、自身に割り当てた役のキャラクター性が濃すぎるあまり本来の
「旅をした時期もあったんだけどよ、
「こんてんしゃ? コンテンツのようなものか?」
武蔵は
「魂だけが
「
大正解、と返しセツナは説明を続ける。
近代の日本や世界では、皮肉にも人として優れ秀でていたり
「基軸喪失には外圧性と自発性ってのがあってな。俺ら
「ふむ、まずは聞こう。拙者は魂転者でも構わぬ」
セツナは武蔵に歩み寄った。
「いや、いいよ。どのみち
「なるほどな、では話の続きを頼む」
俳優や声優として、
高過ぎる表現力が災いし、役者と役柄を混同した
キャラクターを押し付けられ苦しむ演者、それが外圧性基軸喪失傾向。
優しい
そして日常生活や打ち合わせの場においても役柄としての名前で呼ばれたり、職業次第では本名を
キャラクターに近付き過ぎてしまい苦しむ演者、それが自発性基軸喪失傾向。
どちらの場合も症状が進行するとオンオフ、つまり仕事とプライベートの切り替えが困難になる。
よって薬物での改善は難しく、また演者のみならず教職や接客を
「俺は一時期、自分が科学者なのか少女なのか、男なのか姉なのか分からなくなっちまった」
「無理からぬことだろうな」
演者ではなく望まぬ
「罪悪感もあった。元の
「それが決して、おぬしのせいではないとしてもか」
武士である自分が他者の身体に
「だから俺は、
「婆さん、とな?」
セツナは机に置いたままの身分パネルを手に取り、リズミカルに叩いてから武蔵に向けた。
『ボクは心の中で
周囲から〝少女〟として見られ、本人すらも「消えてしまった
彼が「二つのどちらでもない」一時的な逃げ道としての役割で生み出したのが、
その時、寝起きの
ヒメである。
てっきり根暗で声の出ない男性だとばかり思っていた豆餅の口から信じられない
気付けば、日付が変わろうとしている。
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