第十話 本当の名前
迷宮で武蔵を
無意識の行動で他人を守るように体を動かしていた自分自身に困惑し、体感で毒とおぼしき攻撃を受けたにも関わらず生きていることに困惑し、しかも
「目が覚めたようだな」
『ありがとうなのだ』
血が
一言礼を述べてからは緊張して言葉が出ず、身分パネルにもどんな文章を打ち込めばいいか分からなかった。
武蔵も豆餅も、しばし互いに無言。
ヒメは隣の部屋で、いつも以上に爆睡している。
六連配信という冒険疲れ、実況と雑談の二側面を持ち歌まで歌ったことによる配信疲れ、急な
隣室では五つの疲れから
沈みゆく夕日の光が窓から入る、ゆうがた
それでも彼女の寝顔はどこか達成感を感じさせる穏やかなものだった。
何故なら、その女は
*
「
『わかるのだ。ボクのところにも院長先生から
外は暗くなり、
「拙者は与謝野を信じておる。なればこそ、今日の一件は
『ボクに、何も聞かないのだ?』
武蔵は悩んでいた。
身分パネルの不具合も
同じ
しかし、人間の
何故なら、その男は宮本武蔵だからである。
「何かを拙者に教えてくれるというのなら、聞こう」
『なら、一つだけお願いがあるのだ』
二人を隔絶していた壁のほんの表面、薄皮一枚だけが剥がれる。
「うむ、申してみよ」
『ボクからのおね』
「お願い、は違うな……条件だ。俺の喋り方や語る内容に文句は言うな。それなら話してやる」
洞窟の中と同じだった。
か細く美しい、透き通るような声に不釣り合いとも思える乱暴な口調。
豆餅ではなく〝中の人〟としての、言葉。
「承知した」
「途中で質問がありゃ聞け。口挟もうが腰折ろうが構わねえ。でも喋り方は、これでいかせてもらう」
まだ信用出来ぬと言わんばかりにジト目で武蔵を見上げる、中の人。
「構わぬと、言っておろう」
「それと、死ぬほど長ぇぞ。めんどくせえ話になる。
武蔵は
「要らぬ世話かもしれぬが」
「なんだ? 言えよ」
本人にとっての〝標準〟が〝乱暴な口調〟なら、豆餅として振る舞うのがストレスになっていなかったか?
丁寧な態度や口調を崩さず
武蔵は心配というより好奇心から気になった。
「ああ、そこは問題ねえ。こいつを見ろ
「うむ」
少しでも力を込めたら
豆餅が、豆餅の指で、豆餅の身分パネルに〝口頭の言葉遣い〟と同様に「失せろ」という荒々しい三文字を打ち込んだのである。
そして、すぐさま表示された三角の再生ボタンをタップする。
打った文字を〝音〟に変換し読み上げる
『ちょっと今はお話できないのだ。ボクは一人になりたいのだ。ごめんなさいなのだ』
「って仕組みだ」
「ふむ、便利なものだな。おぬしのパネルは何がしかの
動画や配信には未だ
『これはボクが転生してきてすぐに、どうしても口でお話をしたくなくて自分で作ったソフトなのだ』
「身分パネルに手を加えるのは重罪と聞いておるのだが」
「知るか。誰にも迷惑かけちゃいねえ」
豆餅の中の人は相変わらず、ぶっきらぼうである。
「確かに、それもそうかもしれぬな」
「それとな、こうなった以上俺のことは豆餅ではなく
「この身体の苗字だった
「ふむ、わからぬが……わかる」
武蔵は静かに頷く。
「甲斐も田中もそれぞれ別な理由から、嫌いだ。だが名前の方は絶対に
「わからなくもない、な。しかし、刹那は
豆餅ことセツナは小さく溜息をつく。
「前世の両親がよ、俺が生まれた年のアニメの主人公の名前……そのままパクリやがった」
「アニ……メ? パクリ? すまぬ、拙者の知らぬ言葉だ」
セツナは説明を
元は〝平田〟という姓でありながら、雰囲気が優しく穏やか過ぎて気に食わないという理由から勝手に〝新免〟という姓を名乗りだした武蔵。
そこからちょっと気が変わり、故郷と関連する上に響きが強そうなイケてる苗字を思いついたと
名前にしても、
名を
何故なら、その男は宮本武蔵だからである。
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