第三章 御結転生人

第九話  試験樹ノ葉


「ヒメ、心して聞け! この者……豆餅マメモチはもしや……」

「武蔵うるさい! それ今どうでもいいから、汗拭いて豆餅に何でもいいから話しかけてあげて!」


 武蔵は配信や酒場及び組合ギルドでの情報収集で、危険人アブナんちゅの存在を知っていた。

 中でも身分パネルに手を加え、内部情報を改竄かいざんないし破壊して悪事を働く犯罪集団……騙人カタリんちゅ

 豆餅の身分パネルに表示された個別名称パーソナリティの表示が文字化けし可読不能バグりまくりな点から、困惑しつつ見守る。


 ヒメは配信や書庫及び公共地での勉学で、医療や薬学の知識を深めていた。

 そしてやはり初見で看破かんぱした通り、毒持ちの魔獣モンスターに噛まれ汗ばむ豆餅の顔色は悪く容態は……緊急ピンチ

 豆餅の傷口に試験樹ノ葉リトマス・リーフを当て、あらゆる毒の可能性を一つずつ潰し冷静に処置する。


「豆餅、おぬしにはただすことがある! 死ぬでない!」

「っゼェな……耳元で……ガンガンよぉ……」

「武蔵! そっちのヒメの鞄から獲得物品ドロップ・アイテム! 近道経路ショートカット半魚人マーマンさばいた時に拾った光るうろこ! 今すぐ出して!」


 武蔵に指示を出しながら、ヒメは通常物品ノーマル・アイテムを収めたポーチから抗生物質と止血剤を豆餅に手早く投与。


 三カ月前のヒメは、里で生活していた頃の薬草知識すらも落ちこぼれていた自分が医学を修得できるか不安を抱えていた。

 一週間前のヒメは、せっかく苦労して覚えた医療知識も武蔵が居れば活躍の機会があるまいと物足りなさを感じていた。

 数日前のヒメは、おのれが活躍できずとも処置をほどこすような状況が発生しない冒険こそが幸福なことなのだと思い直した。

 数分前のヒメは、活躍の場を喜ぶでもなく見舞みまわれた不幸をなげくでもなく、ひとえに必死かつ冷静だった。

 

 何故なら、その女は沙倉サクラ妃芽ヒメだからである。


試験樹ノ葉リトマス・リーフの試血結果、神経毒の可能性ナシ、壊死毒の可能性ナシ、産卵毒の可能性も……ナシ、意識混濁こんだくは見られないから発狂毒もナシ、指先が暖かいし石化毒も違う……凝血や溶血もない、よかった、残る可能性は大きく二つ!」

「クッソがよぉ……俺としたことが、情けねえ……」

「ヒメ、遅れて済まぬ! 鱗は用意した。他にる物はあるか!?」


 何度も練習した適切な判別方法を正確に実行するヒメの横で、苦虫をつぶしたような表情を浮かべながら譫言うわごとのように何かをつぶく豆餅、そこに依頼クエスト受注していた武蔵が帰還。

 

 ヒメはポーチから精製器具メディカル・キットを取り出した後、別なびんを武蔵に投げつける。

 出来れば不要であって欲しいとヒメは思った、だが念には念をである。


「ねえ武蔵、もしんできたのと同じ魔獣モンスターがいたら」

「今まさに、だ!」


「なら斬って! 銀貨に変わる前に、瓶に斬った魔獣の血を入るだけ入れといて! 入れたらそれヒメの横に置いて!」

「承知!」


 武蔵に新たな指示オーダーを出すあいだもポーチの中を探り続けたヒメは、最後の一枚となった試験樹ノ葉リトマス・リーフを豆餅の傷口に押し当て確認する。


「血清毒の可能性もナシ、よかった、武蔵ごめん血やっぱ要らない! もっかい豆餅の汗拭いてあげて! あとそうだ、豆餅の体を少し起こして頭を高い位置に!」

「うむ、器具キットの目的は理解した。横に鱗を置いておく!」


 そこから先は早かった。

 ヒメは精製器具メディカル・キット半魚人マーマンの鱗から解毒薬を調剤し、瀕死の豆餅に投与。


 無事、処置は完了する。



「武蔵、ごめんね。それに、寝てるかもしれないけど豆餅も」

「何がだ、ヒメ。もうしてみよ」


 町へ向かう夕暮れの獣道、ヒメは静かに謝り武蔵は同じトーンで静かに聞き返した。


「ヒメがさ、迷宮ダンジョン行こうとしたのが悪かったと思うの。しかも最後なんか身分パネルに登録されてる魔獣モンスターも少なくて、あまり知られてない迷宮ダンジョン

「確かに今となっては拙者せっしゃも、配信を始める前に一度町にるべきだったと感じている。だが、最後の迷宮ダンジョンは豆餅の発案……乗り気で入ろうとしたのも拙者だ」


 近頃ちかごろ、新たに出現し身分パネル上の更新アップデートもなされていなかった迷宮ダンジョン


 町に戻り組合ギルドに足を運び、正規登録を申請し直し、豆餅に予防接種を受診させておけば防げた悲劇である。


「でも、やっぱヒメもちょっとかれ」

「そうではない、拙者も思いいたらなんだ。よって、おぬし一人のせきあらず」


 食い気味に武蔵が言葉をさえぎったが、やはりヒメは悶々モヤモヤとした。


 いさあしだった彼女の感覚は、ある種の平和ボケに近い。

 反則級剣豪チートクラスキャラである宮本武蔵と半年以上にわたり行動を共にすることで、自分達のいど迷宮ダンジョンが死と隣り合わせの場所であるという実感が希薄きはくになっていた。

 命の大切さを再認識した武蔵と違い、与謝野晶子よさのあきことあまり言葉をわさなかった点も原因である。

 そんなヒメは豆餅にも武蔵にも、そして与謝野に対しても罪悪感が込み上げ胸が苦しくなる。


「いいよそんな、無理してヒメに合わせなくても」

いな。新たな仲間と少しでも早く配信と冒険を楽しみたかった気持ちは、恥ずかしながら拙者も同じだともうしておる」


 瞬間、ヒメの心が軽くなった。

 剣豪とて疲れる時がある、油断する時も、配信強者と肩を並べ未踏みとう挑戦チャレンジ心躍こころおどらせることも。

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「ありがとね、武蔵」

「拙者の方こそ。解毒のおり、頼もしかったぞ」


 ヒメは胸が暖かくなった。

 細かいことは気にしない二人なので与謝野晶子には〝半年〟と伝えたが、編成パーティを共にしてから厳密げんみつに言えば半年と一週間と数日が経っている。

 短期編成パーティ契約の満期である一週間が近付き、一年間の本契約を結んだ日が、今からおよそ半年前である。


「ヒメのこと見直した? 編成パーティ組み始めた頃とくらべたら成長したでしょ」

「見直すは、違うな」


 ヒメの心は暖かくなったり冷えたりと中々に忙しくなった。

 熱帯魚ならショック死するほどの急激な温度変化かもしれない。


「そっか、まだダメかぁ」

いな。本契約を結び共に歩むと決めたあの日から、拙者はおぬしをかろんじたことなど一日として……ない」


 大きな思い違いだった。


 ヒメは自身を恥じかんがみ、挽回ばんかいしようと認められようと、対等フェアに近付きたいとこの半年間を必死に学んできた。

 しかし、その実とっくに同じ歩幅ほはばで歩く仲間として扱われていたのである。


「ム私誇」

「ムワタシホコ、とな? どういう意味だ?」


 配信界隈における俗語スラングで、長年ヒメがび続けこすられ続けた成句フレーズ

 それは〝ヒメ俺恥ずかしいよ〟であり、応援コメントらんでは略して〝ヒ俺恥〟と書き込まれた。

 見ている視聴者リスナーまでたたまれない、恥ずかしくなるような粗相そそうをヒメが繰り返したり何かに失敗する度に、応援コメントらんにヒ俺恥の嵐が吹き荒れる。

 時には笑われ親しみを込められながら、また別な日には深刻ガチめに侮蔑ぶべつの念をいだかれながら、ヒメは多くのヒ俺恥を目にしてきた。


 だが本当に極々稀ごくごくまれに、それこそ片手で数えれるほどの回数だけ時々〝ヒ俺誇〟と応援コメントする視聴者リスナーも存在した。

 ヒメ俺誇らしいよ、の略である。


「なんでもないー、ム私誇」

「うむ、そうか」


 おそらく宮本武蔵はその性格上、いまだ配信にはうとく知らない俗語スラングも多い中で、あらためて意味を調べるような真似まねはしないであろう。

 


 よって、伝わらない。

 


 だが、それでいいのだ。


 

 胸を張りたいその気持ちを、そっと一方的に届けるだけで今のヒメは満足だった。


 

 何故なら、ことに想いを乗せた女は沙倉妃芽であり、応えた男は宮本武蔵だからである。

 

 

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