第八話 生配信、ワイプ、人形劇、そしてテロップ


 与謝野孤児院を後にした三人は、道すがら洞窟内で休憩する。

 道中で目につく範囲の魔獣モンスターや洞窟内の障害は宮本武蔵が皆殺みなごろしにしたので安全確保は万全である。

 一寸いっすんの虫にも五分ごぶの魂、されど視界に入るだけで牙を残忍ざんにんな方法で対象排除を試みる危険生物に対しては慈悲じひも情けも持ち合わせない。

 

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


『ふっくら剣士ナイトよ』

『ふっくら盗賊シーフだぜ』


 天気が崩れてきたので雨宿りがてら洞窟内で動画を視聴する三人。

 豆餅マメモチが作った〝解説動画〟に興味を示したヒメが、大型化した身分パネルを見つめながら熱心に研究していた。


 物が少なく殺風景な流用自由フリー・テクスチャ背景画面いつものヤツ

 これまた無料素材フリーそざいな、生首だけの丸く下脹しもぶくれ顔をした二体のキャラクターを画面の右下と左下に配置セット

 加えてもう一つ自由使用フリー・ライセンスである音声読み上げ機能の力を借りて、二体にセリフを喋らせる。

 それが、解説動画の基本形デフォルトである。


『ねえ盗賊シーフ、今日は荒野で変なネバネバを見たの……アレってもしかして……』

剣士ナイト、それはきっと液魔獣スライムだ。油断すると危ないのぜ……だから……』


 視聴者リスナーによっては新規性のとぼしい既知きちの情報であろうが、二体のキャラクターはまるで初めて目にする大発見であるかのような会話といを続ける。

 ゆえに解説動画は低次ていじな人形劇や茶番劇と揶揄やゆされる時もあるが、いかなる時も初見しょけんの者に目線を合わせ方針スタンスを崩さないことが〝解説動画〟の様式美かつ人気の秘訣ひけつである。


『『今回紹介するのは、荒野の液魔獣スライム!』』

 

 このような光景や、解説動画を切欠きっかけとして新たな扉を開く者の姿は平成や令和の日本においても多く目撃された。


『やった、液魔獣スライムやっつけたわ! 大したことないのね盗賊シーフ!』

『油断したらダメなのぜ剣士ナイト、コイツらは再生力が高い!』


 黒髪の生首剣士と金髪の生首盗賊の大袈裟おおげさなやりとりにヒメは思わず笑い声をらし、武蔵もまた転生ころりん直後のおのれを思い出しながら静かに微笑ほほえんだ。

 白衣をまとった豆餅は洞窟のすみで、一心不乱いっしんふらんに動画編集作業に明け暮れている。


 やがて再生していた動画が終了したかと思えば、ヒメが勢いよく立ち上がった。


「そろそろ出るのか? 小降りになってきたな」

「違うの、ヒメね、すごいの思いついたかもしれない!」



 それはまさに、ヒメの天才的なひらめきと武蔵の天才的な剣術、そして豆餅の天才的なパネル操作能力が合わさって成り立つ画期的な相乗効果トリプル・シナジーだった。


「ヒメが考えたやつの基本はね、今までと一緒!」

「拙者は突き進むのみ、ということだな」

『武蔵お兄ちゃんとヒメお姉ちゃんが撮っていた動画は、アール・ティー・エーという種類ジャンルなのだ。ボク、知ってるのだ』


 史上最速攻略リアル・タイム・アタックという言葉が存在する。

 これは実際に令和や平成の日本においても、生配信や収録動画といった形式に関係なく多くの視聴者リスナーを魅了した。


 内容は単純明快たんじゅんめいかい〝とにかく速く〟である。


 豆餅の言うようにアール・ティー・エーと略される史上最速攻略リアル・タイム・アタックを無自覚に行っていた武蔵とヒメは、その甲斐かいもあり人気配信者への道をけ上がりつつあった。


「ヒメで〜す! 前のシリーズでも来た迷宮ダンジョンだけどね、まず武蔵が入り口から左の経路ルートを直進しまーす。ヒメはぁ、多分これが一番速いと思うの!」


 内容の主軸メインは以前から配信していた史上最速攻略アール・ティー・エーと変わらない。

 だが、息を切らせ武蔵を追いかけていたはずのヒメは画面右上に表示された小窓ワイプの中から安心して実況したり反応リアクションを示す。

 

 変化はそれだけではなかった。


『ねえ盗賊シーフ、武蔵はどうしてこんなに急いでいるの? もっとゆっくり探索すればいいのにね』

『違うんだ剣士ナイト、これはリアル・タイム・アタックという挑戦チャレンジなのぜ』


 人形劇を用いた、同時解説である。

 ふっくら剣士ナイトとふっくら盗賊シーフセリフは事前作製済み。


此奴こやつらは熱を恐れる。ゆえにこの魔獣モンスター遭遇エンカウントしたら油をき火をはなつことであゆみちを限定させるのだ」


 当事者たる武蔵も打ち合わせ通り、実況に余念よねんがない。

 武蔵は配信前に聴衆貢献ファンサービス進行プレイ、略してせプの重要性を豆餅から叩き込まれていた。


「仕上げに叩き斬る。仲間達の元へは拙者が決して近寄らせぬ!」

「ヒメで〜す! 出ましたぁ、チャンネル名物めいぶつムサシ三原則! しますぅ、させますぅ、させませーん!」


『武蔵が紙一重かみひとえで攻撃をかわしたのは何かの技能スキルかな、盗賊シーフは知ってる?』

『あれは瞬転相殺ジャスト・パリィング特殊技能ユニーク・スキルだな、少し要求ハードルが高いけど機敏アジリィ幸運ラックをそれぞれ五十数値ポイント以上振れば剣士ナイトでも誰でも習得できるのぜ!』


 乱雑になりがちな四種の〝声〟を〝字幕テロップ〟で整理。


 ヒメ、武蔵、音声①、音声②、それら全てを取りこぼすことなく聞き分け、誤差一秒以内に色分けした字幕テロップを美しく表示。

 令和の技術をもってしても大がかりな準備や数人の裏方が居なければ実現せぬであろう超次元の生配信を、彼らはたった三人でげた。


 何故なら、興行主プロデューサーは豆餅だからである。



 武蔵達は半日にして六つの迷宮ダンジョン梯子はしごし、同様の手法でチャンネル登録者数は鰻登うなぎのぼりに増加した。


 また、速さや効率性を重視しながらも迷宮ダンジョン内の危険箇所リスク・スポットしめつたさずける与謝野晶子よさのあきこの想いは決して忘れない。

 忘れずに声で、身振みぶりで、字幕テロップ完遂かんすいする。


 多くの初級ビギナー冒険者に役立つであろう配信内容を眺めながら、院長室で見守る与謝野晶子も満面の笑みを浮かべていた。


 しかし、最後の配信を終了し撤収作業を進める最中さなかに事件が起きる。


『ヒメさんありがとうなのだ。ボクは全然疲れていないのだ、とっても新鮮で楽しいのだ』


 豆餅が返事をした直後、武蔵の背後から飛びかかる影。

 いかに宮本武蔵であろうとも、超連続で戦い続ければ集中力が切れ油断する時もある。


あぶねえぞさむらい、今すぐ避けろッ!」


 豆餅の中の人、つまり御結転生人おむすびころりんちゅの少女が初めて叫び声を上げた。

 か細く透き通った声色と不釣り合いな、粗野そやで乱暴な口調である。


 そして、武蔵をかばい突き飛ばした豆餅は魔獣モンスターに肩をみ付かれる。


「ねえ武蔵、ヒメこれ知ってる! 歯に毒ある魔獣モンスター!」


 さいわ魔獣モンスターは一匹、瞬殺され銀貨へと姿を変えたが豆餅が毒攻撃を受けてしまった。


体調ステータス症状パラメータを確認するぞ豆餅、身分パネルを失礼する」

「離しやがれ、侍……触れるなッ!」

「豆餅じっとして! ヒメが今、止血するから!」



 

 白衣の中をまさぐる武蔵に、どういう訳か必死に抵抗する豆餅。



 


 ようやっと取り出した身分パネルに表示された名を一目見た宮本武蔵は、息を飲み思わず硬直した。

 

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