第七話 解説動画の豆餅


「宮本様に会わせたい者がいます」

「構わぬ。その者の特殊技能ユニーク・スキルを教えてもらおう」


 与謝野晶子の申し出を受け、武蔵が真っ先に技能スキルから確認したのには理由がある。

 名や年齢から人物像は見えてこないからである。

ヒメのように名に似合わぬ髪色をした森林種エルフなどの〝不一致ミス・マッチ〟には町の中でも度々たびたび遭遇エンカウントしてきた。


 酒場の店主マスター組合職員ギルド・スタッフすすめられ目を通し、書類上は数百年生きると記載されていた者。

 いざ顔を合わせると年端としはもいかない少年のような、あどけなさを持ち戦闘を苦手とする森林種エルフだった。

 配信経験も少ないようで、どうやって生きてこれたのかも分からない。


 武蔵にとって馴染なじみの深い古風な日本武家めいた姓名にかれ、しかし会ってみると内気で意思疎通の困難な、これまた森林種エルフの女性。

 

 しかも、二人とも実践経験も乏しく知識も中途半端。

 方向性の違いにより、不採用。


「歳や名前、種族は? 気にならないのですか?」

「会って話せばいずれ分かる。技能スキルい」


 その点、何らかの特殊技能ユニーク・スキルを持つ者ならば一つの技から人となりや背景が見えてくる。

 例えば詠唱短縮スペル・カット詠唱破棄スペル・レスを使いこなす魔術師が居た場合、優れた一極の知恵イントのみならず並行へいこうして器用デックス能力ステータスも八十数値ポイント以上を確保ストックせねば技能スキル開花アン・ロックしない。

 天賦てんぷさいもしくは血のにじむような努力がうかがえる。


 配信の技能スキルもまたしかり。

 対話トーク編集エディットといった配信者に必須ひっすとも言える能力ステータスをかなぐり捨ててまで音楽サウンドのみを突き詰めた結果、即興アドリブ無伴アカペラのように稀有けう技能スキルを発現させた冒険配信者もいた。


 技能スキル一つで、人物の嗜好しこう到達点ゴール・ポスト垣間見かいまみえる。


「その子は小窓ワイプ字幕テロップの使い手です」

二技保持ダブル・ホルダーか。どちらも配信力に特化しておるな」


 技能詳細スキル・スペックを深掘りした武蔵はさらに驚いた。

 その者の字幕テロップはなんと現行対応セミ・リアルタイム、つまり生配信とほぼ同時に表示可能と言うのである。

 技を使うための前提となる取得条件スキル・ツリーとして、配信能力ステータスかなめとなりうる編集エディット構成コンポジを四十数値ポイント以上の確保ストックは当然のことながら、迅速じんそくな身分パネル操作と状況判断を目的とした機敏アジィ知恵イントという本来は配信無関係な冒険能力ステータスの強化も要求される。

 その必要数値ポイントは、それぞれ三十。


ついやした能力数値ステータス・ポイントは少なくとも百四十以上、よほどの猛者もさか」

「いえ、歳は若く部屋にもりがちです」


 武蔵は三度みたび、驚いた。

 魔獣モンスターも狩らず段位レベルも上げず、いかにして斯様かよう技能スキルを目覚めさせるにいたったのであろうか。

 その疑問は、ほどなくして氷解する。


「その子はね、心だけが異界に転生ころりんして……この国の、少女の身体に宿ったのです」

「なるほどな、御結転生人おむすびころりんちゅか。得心とくしんがいった」


 武蔵は異様な上質詳細ハイ・スペックぶりから薄々うすうすかんづいていたが、やはり予想通り小窓ワイプ字幕テロップ使いの者は武蔵と同じ転生人ころりんちゅだった。


 つまり、転生ころりん直後から武蔵と同じように高い能力数値ステータス・ポイントを持ち再分配が可能。

 しかも、多くの転生人ころりんちゅのように着の身着のまま異界に転移ころりんした存在ではない。

 御結おむすび、つまり精神だけが異界の人間の内側に入り込む稀少例レアケース


 宮本武蔵と与謝野晶子は、与謝野孤児院にある御結転生人おむすびころりんちゅの少女が使用する部屋の前に到着した。



此奴こやつ、声が出ぬのか?」

「いえ宮本様、そういうわけでは……」

『ごめんなさいなのだ。これは、気にしないで欲しいのだ』


 御結転生人おむすびころりんちゅの少女は自らの口で喋ることなく、目にも止まらぬ高速打鍵タップ・タイピングで身分パネルを操作し文章を〝声〟に変換して会話を行う。


拙者せっしゃは宮本武蔵ともうす。おぬしを何と呼べばい?」

「この子の名前は」

『院長先生、待って欲しいのだ。ボクはしばらく名乗りたくないのだ、ごめんなさいなのだ』


 食い気味に与謝野晶子の言葉をさえぎる機械合成音声は、使用者本人と似たように少年とも少女ともとれるような中性的で親しみのく声色をしていた。


「さすれど、名が無くては不便であろう」

「そうですよ、宮本様の言う通りです」

『なら、ボクのことは豆餅マメモチと呼んで欲しいのだ。よろしくお願いしますなのだ』


 豆餅本人は、こんな朝早くに与謝野が見知らぬ侍を連れてきた光景はつまり〝そういうこと〟なのであろうと肌感で理解していた。

 

 御結おむすびだけが異界に転生ころりんする前、前世の豆餅が過ごした時代は令和六年の日本。

 十六歳にして飛び級で米国ハーバード大学に入学。

 研究活動を行うも、年始の帰省中に故郷である京都で命を落とした悲運の若き天才科学者である。


「なるほど、解説動画とな」

「はい、この子は私の想いと技の多くをいで活動してくれています」

『危ない目にう冒険配信者さんは減るにこしたことはないと思うのだ。でも、ボクは院長先生の全部に共感してるわけでもないのだ』


 豆餅は孤児院に眠る豊富な参考文献を元に、迷宮ダンジョンひそ魔獣モンスター機能ギミックの中で危険性の高い内容を啓蒙けいもうする解説チャンネル作りにはげんでいたのである。


「して、拙者と共に参るか? 豆餅よ」

「無理強いはしませんが、もう一度だけ世界を見る良縁と思いますよ」

『ボクも行きたいのだ。でも、弟が心配なのだ。前に旅に出た時も寂しい思いをさせてしまったし、もうどこにも行かないでと泣きそうなのだ』


 豆餅にはいなづまという名の弟がいた。


「弟……とな?」

甲斐かいいなづま、この子のたった一人の肉親かぞくです」

『まあでも、やっぱり院長先生やみんながいれば電も大丈夫なのだ。ボクは行くのだ。お侍さん、よろしくお願いしますなのだ』


 一方その頃、新たな編成パーティの仲間が増えることなど露知つゆしらずヒメはベッドで爆睡していた。

 何故ならその女は、朝が弱い低血圧のザコ森林種エルフだからである。

 しかしながら唐突とうとつに一人加入しようが初対面だろうが、武蔵のことを信じるのと同じように豆餅のこともまた信じ、手を取り合い冒険や迷宮ダンジョン配信にいそしむはずだ。


 

 何故なら、その女は沙倉サクラ妃芽ヒメだからである。


 


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