第六話 与謝野晶子はなぜ魔獣を殺さなかったのか
「なるほど。お二人のことは、伝わってきました」
しかし、二人が求める〝答え〟は返さない。
互いの自己紹介を終えた直後に与謝野晶子が
対して宮本武蔵が返した言葉は「国のため」である。
異界ではおそらく、武蔵達が活動する〝国〟が身分パネルや配信環境の
そうは言っても配信収益の実に九割を国が
国に貨幣を集めるために配信と税が存在する、それが武蔵の出した結論である。
一方のヒメは〝自分〟を主体とし、そこから〝誰もが〟を付け加え「多くの者が幸せになる
この場合の〝幸せ〟とは富や名声、
国の為に
多くの者が幸せになる為に
「残念ながらどちらも、私の求めてきた
ですが、お二人の考えもまた正しいと言いながら笑顔を崩さない与謝野晶子の真意が
ヒメは「
『与謝野晶子はなぜ
そんな
「よければ、お読みになってみてください」
「承知した」
「わ、ヒメこの本はじめて見たぁ! まだ残ってたんだねぇ……」
冒険者である与謝野晶子が引退配信を行った最後の
発行部数が少なかった上に絶版となっている。
「明日、改めてお話を聞きます。今夜は部屋を用意しましたので、そちらへどうぞ」
「かたじけない」
「ヒメは死にたまふことなかれ読み直そっかなぁ」
*
一夜を過ごし
「ちょうどいい、答えが出たところだ」
武蔵は小さく呟いた。
言葉を続けようとする
「
「宮本様……よくぞ、その
今は昔、与謝野晶子もまた武蔵に勝るとも劣らない動乱の日本を生き抜いた末に異界へ召喚された
史実において明治十一年に誕生した与謝野晶子が二十代の頃に書き残す「君死にたまふことなかれ」という著書は、あまりにも有名である。
この作品は日露戦争で従軍した弟の身を案じながら執筆、発表された。
対して後年は戦争賛美ともとれる内容を世に送り出すなど思想に一貫性がないと言われた与謝野晶子だが、
「
「その通りです」
ヒメが読み返し武蔵の部屋に持ってきた書籍は「死にたまふことなかれ」「乱れるな冒険者」「
「あの本は入手可能であった
「光栄です。貴方のお陰で生まれた作品でもありますからね」
珍しく武蔵は驚き、さすがに動揺を隠せなかった。
自分のお陰と言われても
与謝野晶子が執筆した二冊の〝死にたまふことなかれ〟はそれぞれ別個のもの。
そして、その
そう、五輪書である。
*
「
「拙者が……作った言葉。元の世界での
与謝野晶子が口にした「一寸の虫にも五分の魂」という
小さき命ににも魂が宿る、だからこそ不要不急の害虫殺処分は推奨しないニュアンスを表す。
だが、宮本武蔵は
この事実を
「私は五輪書という本で、
「なるほど、五輪書……か」
若かりし頃から名前だけは決めていた五輪書という書物。
武蔵は、そう判断した。
「にしても……宮本様の言うとおり〝魂〟でしたね。その言葉も、
「そうだな。この〝国〟では魂よりも
しかし、それは今この場においては
「五輪書は私にとっての原点、人生とも言えます」
「拙者の書が
明治の作家と
女は男に影響を受け価値観を模索する遠因とし、男もまた女が残す著書や在り方から
何故なら、その男は宮本武蔵だからである。
満足げに微笑んだ与謝野晶子は、ふいに武蔵の目をまっすぐと見つめる。
「宮本様に、会わせたい者がいます」
武蔵は黙って廊下を歩き、後に着いていく。
「あの子にとっても、そして宮本様にとっても……きっと未来を切り開く良縁になるでしょう」
外からは小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
与謝野孤児院を、二人は進む。
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