第二章 引退した配信者、与謝野晶子

第五話 迷宮配信の理由と目的


ため、何の為に迷宮ダンジョン配信があると思いますか?」


 与謝野よさの晶子あきこは宮本武蔵とヒメに優しく語りかけた。

 二人が思い思いの答えを口にしたところ、肯定も否定もせず静かに微笑む与謝野晶子は、武蔵とヒメの目を交互に見つめた後に質問を続ける。


「まずは、教えて下さい。あなた達お二人が出会ってから半年間、今日こうして私のもとへおとずれるまで……どのように生きてきたのかを」


 武蔵とヒメはどちらからともなく訥々とつとつと言葉を発しながら、ここ半年を振り返る。


 今でこそ互いに信頼し背中を預ける仲間となったが、出会って数日の頃はいさかいもあった。


『身から出たさび、か』

『なにそれ。ヒメにも分かる言葉で喋ってよ!』


『自業自得、と言いえれば伝わるか?』

『伝わったけどさぁ、サイアク。悲しいんですけど!』


 そんなやり取りを二人は思い出す。

 武蔵と出会う以前のヒメはサークルクラッシャーや姫プのみならず、交際していた有名配信者へのみつぐせがあった。

 しかし森林種エルフ特有の貞操観念から婚前交渉をとしないヒメは、相手が有名配信者でも決して体を許すことはない。

 いき過ぎた利己的行為により炎上し、金銭のみで繋がりをたもっていた交際相手に捨てられたヒメを見た武蔵はヒメ自身が原因であると突き付ける。


 しかしながら、流れが変わった。


「ならば、次は錆びぬよう拙者せっしゃそばにいてやる」

「ヒメも武蔵が登録者数百万人超えるまでは協力したげるっ! お互い様ね!」


 この時に武蔵は、おのれが五輪書に「身から出た錆」ということわざを生み書き記した際の心境を思い出していたのだ。

 その慣用句は本来、自業自得をいましめるものではない。


 いくさの場にて、ほまれ高き銘刀めいとうち果てる姿を目にした武蔵が「寄り添いし者がらねば身から出た、錆で曇らす梅雨の空かな」とうれなげかわしく感じながら残した

 在りし日は輝き、その刀身に青空を映した銘刀。

 しかし持ち主を亡くし濁りくすみ錆びることで、映る空も曇天のように明るさを失い終いには何も見せることなく輝きも消え朽ちてしまう、という意味の句である。


 それが、五輪書を通して令和まで伝わりしことわざ〝身から出たさび〟の真実。

 

 仲間が存在すれば鉄は光り続ける。

 そして、錆びかけた目の前の森林種エルフには少なからず恩義がある。


 彼は一人戦い続けた前世に対し、今世では輝き輝かせる生き方を選んでみた。

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。



 武蔵が変わったように、ヒメもまた変わり成長した。

 深く傷つき痛みを伴いながら、それでも僅かに残っていた視聴者リスナーに支えられた経験により「他者に対し慈しむ心を持ち優しくろう」と決意した部分が大きいが、それ以上に〝憧れ〟がヒメを強く再始動させる。


『武蔵! ほら! この曲!』

私財しざいを投げ打ってまで……見事みごとなものだ』


 ヒメがかねてよりしていた赤い髪の女性配信者が、自費で楽曲制作に取り組んでいたことが発覚したのである。

 本人の制作秘話によると在籍する配信企業と協力するよりも予算の制約がなく取り組みやすいとのことだが、真偽のほどさだかではない。

 何にせよ、赤い髪の女性配信者が生き様で語る創作者クリエイターとしての姿に心揺さぶられたヒメは「より多くの視聴者リスナーに幸せを届ける」道を模索もさくしはじめた。


『今さらだけどさぁ、ヒメって魅力ないわけ? 武蔵にとって』

『そうではない。仲間と性的な関係は持たぬ』


 二人が出会って半月程経ったある晩、酒の席。

 ただの一度も性的強行介入セクシャル・ハラスメントを仕掛けてこない武蔵に、酔った勢いでヒメはついいてみた。

 この翌日から、ヒメの中で「引退したら素敵なお嫁さんになる」という二つ目の夢が生まれる。


世知辛せちがらいよねぇ、もっとバズっても良いのにぃ〜』

『ままならぬものだな』


 信頼関係は良好でも、大きな問題がなくても、現実は厳しい。

 宮本武蔵の動画チャンネルは登録者数、千人突破を境に再生数が伸び悩む。

 配信中の同時接続視聴者リスナー数も減り始めてきた。

 早い話、飽きられつつあるのである。


『走者以外の道も考えなきゃかなぁ』

『だが、拙者は戦うことと斬ることしかできぬ』


 最速走アール・ティー・エーという配信や動画の形式が存在する。

 これはリアルタイムアタックの略であり、挑戦する者は〝走者〟と呼ばれている。

 平成の時代から当時の日本や諸外国の走者によって「特定のゲームソフトをいかに速くクリアするか」を争う〝競技〟として盛んに研究され、沢山たくさんの映像が生み出され続けた。


 異界においてはゲームの代わりに迷宮ダンジョンを使い、日々多くの視聴者リスナーを熱狂させている。


 一晩にして東の洞窟を完全攻略した宮本武蔵の姿に可能性を見出みいだしたヒメが、迷宮ダンジョン最速走アール・ティー・エーシリーズを提案。

 最初こそ一躍いちやくときの人となった宮本武蔵だが、れて目がえてきた視聴者リスナー達にとって新鮮さや感動の薄れてきたムサシチャンネルは、さほど魅力的ではなくなってきた。


 苦境に立たされた武蔵とヒメは、著名な作家であり伝説の迷宮ダンジョン配信者としての顔も持つ与謝野晶子よさのあきこを頼り与謝野孤児院に足を運んだのである。



「それでは、あなた達お二人はどうして登録者数〝百万人〟を目指すのです?」


 二人の話に相槌あいずちを打つだけだった与謝野晶子が、またしても質問を投げかけた。


「無論、より強き者と戦う手段として拙者は金パネルを欲する」

「ヒメはぁ、自分自身を認めてあげるため、かな?」


 配信チャンネルの登録者数が十万人を突破すると身分パネルが銀色に輝き、百万人を超えた場合は金へと色を変える。

 ただ見た目が華やかになるだけではなく、通れなかった土地やもぐることが出来なかった迷宮ダンジョンなど、多くの場所への経路ルート拡張アップデートされるのである。


 令和で例えるところの国境もしくは県境けんざかい、はたまた市や区の境か、とにもかくにも境界が国には存在する。

 そして、そこにある目視不能な透明壁は武蔵の剣をもちいても突破不可能だったのだ。


 圏内ほとんどの迷宮魔獣ダンジョン・モンスターを滅ぼした武蔵は、一刻も早く登録者数を増やし強者と戦うことを望んでいた。


 ヒメの場合は「泣くほど嫌だった〝普通の賃金サラリー労働者〟の道は、武蔵に同行すれば回避できる」と気付き、しかも漫然まんぜん小判鮫こばんざめ行為を続けるだけで食うに困らないことも悟っていた。


 しかしながら、憧れの赤い髪の女性配信者に少しでも近付くため……そして武蔵にもヒメ自身にも誇れる自立した女性を目指すためにも、凍結解除されたヒメヒメチャンネルの収益化再開を目指しながら武蔵を手伝う生活を送る。


 なお、ヒメヒメチャンネルで公開した謝罪会見動画におけるいさぎよさや、一切の被害者仕草ぴえんアクションかもさず、お気持ち怪文書スクリーンショットも使わなかった点が高く評価され、彼女のアンチは緩やかに減少した。

 

 何故なら、その女は沙倉サクラ妃芽ヒメだからである。


「なるほど。宮本様や沙倉様のお話、もっと聞かせていただせますか?」


 チャンネル登録者数を増加させる手掛ヒントを得るため与謝野晶子よさのあきことの対談は続く。


 この翌日、与謝野によってもたらされる新たな出会いが自分達の運命を大きく変えることなど、武蔵もヒメも知る由もなかった。

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