第四話 東の洞窟リアルタイムアタック


 宿の一室に入ったヒメは絶句している。

 二カ月近くもの間ひたすら孤立ソロ生活を強いられ形振なりふり構っていられない境遇だったとはいえ、武蔵と軽率に短期編成パーティ契約を結んだ選択を深くやんだ。

 ヒメは自分自身に、そして武蔵に対して呆れ果て言葉が出ず膝から崩れ落ちる。


「おぬし、顔色が悪いぞ」


 ヒメにしてみたら顔色も心境も未来への展望も、全てが悪い。

 良いところなど、一つもない。


「アンタ、なにこのカスみたいなステり」

「すてふり、とな?」


 宮本武蔵は、能力ステータス設定における数値ポイント振り分け操作で盛大に事故り散らかしていたのだ。


 二元六種三要素。

 これが、異界でのことわりにして常識。

 世に生を受けてよわい十を迎えた者は組合ギルドから身分パネル及び二十の能力数値ステータス・ポイントを受け取る。


 冒険と配信の二元枠から各六つずつ細分化された数値ポイントけ先は、当人の将来に多大な影響を与えた。


「あーもう何これぇ、ヒメこんな酷いの初めて見た! なんなの? 冒険したいの? 配信したいの?」

「冒険と……配信? 拙者には分からぬ……」


 ①生命数値ヴァイタリティ

 体力ライフ上限や耐久力に関わる生命ヴィットはブイ、アイ、ティーと略される。

 

 ②筋力数値ストレングス

 単純シンプルパワー。身分パネル上の筋力ストレンはエス、ティー、アールと表示されている。

 

 ③敏捷数値アジィリティ

 機敏アジィは走力の根源とされ回避率にも関与する。略式はエー、ジー、アイである。


 ④器用数値デクステリティ

 ディー、イー、エックスは器用デックス数値ポイント


 ⑤叡智数値インテリジェンス

 知能イントを意味する能力はアイ、エヌ、ティーと表示されている。


 ⑥幸運数値リアル・ラッキー

 エル、ユー、シーが〝ラック〟を表すことなど、言うまでもない。


「振るならさぁ、どっかにまとめて二十数値ポイントって普通、習うんだけどぉ!」

「拙者は……何かをあやまったということか」


 ①編集能力エディット・ステータス

 イー、ディー、アイという力は動画の編集力エディットに関連。


 ②音楽能力サウンド・ステータス

 音つまりエス、オー、ユーが高ければ歌唱力や動画背景演奏選曲バック・グランド・ミュージック素養センスが上昇。


 ③企画構成コンポジション

 大筋の流れを定める構成コンポジを意味する能力ステータスがシー、オー、エムである。


 ④精神耐久メンタル・タフネス

 煽り耐性や長時間の配信を行えるかどうかは耐久タフネス次第しだい


 ⑤共感愛嬌フレンドリー

 エフ、アール、アイと略す愛嬌フレンドあたいが高ければ、利点メリットは多い。


 ⑥意思疎通トーキング

 対話トークの力は企画構成シー・オー・エムと同じか、それ以上に重要な配信能力ステータスである。


 上記の十二項目に加え体力数値ベースライフポイント魔素数値ベースマナポイント、そして流通貨幣シルバー・コインと表示されるのが三要素と呼ばれる項目である。

 この三つに最初の能力数値ステータス・ポイントを振る者はまず存在しない。

 流通貨幣シルバー・コインに振った数値ポイントに応じて、魔獣モンスターを倒した時に出現するような銀貨を得ることが可能だが、大半の冒険者は二元六種の計十二項目から優先して能力数値ステータス・ポイントを使う。


「ねえ、ムサシ説明書読まなかったの!?」

「捨てた」


 最低限の教育を受けた冒険者は、まず初めに手持ち数値ポイントの二十を一点に全振込フルぶっこみする。

 それが鉄則であり常識だった。


 冒険職か配信職、どちらに比重ウェイトを置くか考慮した上で前者であれば前衛アタッカー防御タンクあるいは後衛バランサーを目指すかを悩む。

 後衛バランサーにしても弓を使うなら器用デックス、魔術師を志すなら知能イントに二十数値ポイントを残さずそそむ。


 どんな能力ステータスも二十数値ポイントを確保して初めて実用初期レベル、二十未満は果てしなく無価値。


「しかもムサシ、これって……あーもったいない! せっかくの転生人ころりんちゅなのに!」

「何がだ? 分かるように話せ」


 よわい十歳で二十の能力数値ステータス・ポイントを得るのは、あくまで異界生まれ異界育ちである生粋きっすい国人くにんちゅのみの話である。

 宮本武蔵を初めとする転生人ころりんちゅの場合、事情が変わってくる。


 彼は転生初期段階で筋力ストレン機敏アジィを九十ずつ確保ストックという破格の強さを誇っていた。

 しかし再分配の際、合計である百八十の数値ポイントを十五項目に均等バランス振り分けした結果、全般能力値オール・パラメータそろって十二という無能カスに成り下がる。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「一番最悪なの流通貨幣シルバー・コインね! いらないでしょ! いっぱい銀貨持ってたのに十二枚だけ増やしてどうすんの!?」

「なるほど、拙者せっしゃの足が遅くなったのもそれが原因か」


 また明日考える、そう言い残しヒメは図々ずうずうしくもベッドを占領せんりょう不貞寝ふてねした。

 見慣れぬ洋風建築に柔らかすぎる布団が落ち着かず、座って就寝していた宮本武蔵にとって何の問題もない。


 宿の主人すらもまどろむ深夜、一人抜け出す武蔵の気配に気付かぬヒメは熟睡じゅくすいしている。

 何故なら、その女はザコ森林種エルフだからである。


 異種交配が繰り返された結果、ヒメのように引き継ぐ血も資質ししつも薄い者が生まれた。

 弓矢の扱いが得意なこともなければ、精霊と心通わせるなどといったこともない。

 そもそも異界に精霊は存在しない。

 おまけに長命種ですらなく、まされた五感による卓越たくえつした超感覚エルフ・センスも持たない。

 とどのつまり、ヒメとは単に長く尖った耳を持ち派手な髪の色をした可愛い顔立ちで変な女以外の何者でもないのである。



 くる朝、日が昇り空がしらばみ小鳥の鳴き声がかすかに聞こえてくる頃。

 ヒメは、途切れることのない合成機械音声のような女の声で目を覚ます。


段位レベルが上昇。能力ステータス画面を御確認ください』

段位レベルが上昇。能力ステータス画面を御確認ください』

段位レベルが上昇。能力ステータス画面を御確認ください』

段位レベルが上昇。能力ステータス画面を御確認ください』


 慌てて飛び起きたヒメが目にしたのは、胡座あぐらをかき固そうなパンをしかめっ面でかじる武蔵の姿。


「起きたか。パネルが小煩こうるさい、止め方が分からぬ」

「ちょっと武蔵なにそれ!? や、消音機能ミュート・システムもあるけど、それよりアンタそのレベル!」


 何かが不足し問題があるなら、その〝何か〟の正体も含めて戦いを通して探り鍛えれば良い。

 それが、宮本武蔵の到達した〝答え〟である。

 答えの先で何を得たかは、鳴り止まぬ身分パネルの機能告知システム・メッセージ雄弁ゆうべん物語ものがたっていた。


「東の洞窟に住む魔獣モンスターを全て斬ってきた」

「全部って、そんな……」


 いつぞやの荒野を散策し、ただならぬ殺気にいざなわれ深夜に辿り着いた洞窟。

 巣くう魑魅魍魎ちみもうりょう皆殺みなごろしにし、朝日を背に受けながら町に戻ったことから武蔵はの地を東の洞窟と名付けた。

 太陽は、東から昇る。


「して、大仰おおぎょう蜥蜴トカゲの頭から生えていた堅い角は何かに使えるか? これだけは消えずに残っておった」

「それ……黒色大型竜魔獣ブラック・ラージドラゴンの、獲得物品ドロップ・アイテム!?」


 必須段位レベル、三十以上。

 推奨編成人数パーティ・メンバー、六人前後。


 それが常識だったはずの洞窟に彼は単騎ソロで乗り込み、千を超える魔獣モンスターを一晩で狩り尽くし手付かずの能力数値ステータス・ポイントを六十、持てるだけの銀貨を手土産に宿へと帰還した。




 何故なら。




 その男は。




 宮本武蔵だからである。




 洞窟内にいた時から鳴り続けていた段位上昇通知レベルアップ・アラートが、ようやく役割を果たし静かになった。


「教えをおう。拙者に能力数値ステータス・ポイントとやらの使い道を指南しなんせよ」

「武蔵のバカ! 攻略できるならヒメも連れてきなさいよ! あーだかたっっくさんあったろうにもったいない-!」



 開かれし覇道はどう



 侍と森林種エルフの旅が今、幕を開ける。


 

 

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