第三話 姫プでサークルクラッシャー


 異界において、まれにみる例外を除き日本出身の転生者は日本人の多い地域から生活が始まる。

 時代を問わず北米圏出身の転生者達もまた、そのほとんどが特定の範囲に集まっていた。


 転生現象の始まりは異界歴にしておよそ三百年前。

 そこから民族の流入や文明の融和を経て、武蔵や少女が立つ地は自ずと日本に近い言語や体制が採用されている。


 森林種エルフの少女は、名を沙倉サクラ妃芽ヒメという。


「あのさあ、シカトすることなくない?」


 話だけは聞いてみるかと視線を向けた武蔵に、少女は早口でまくし立てる準備をした。

 大きく、息を吸う。


「ヒメみたいな可愛い子とダンジョン配信できるんだよ? 収益はヒメと半々で良いからさ、貸してよアカウント! 絶対、損させないから! 見てたけどアンタ転生人ころりんちゅでしょ? ヒメ色々詳しいしぃ、ステりとか教えたげるけどぉ?」


 本題に入る以前の前口上、その一人称からしてすでに厄介な女であると武蔵は断定。

 幾度いくども身に覚えあり。

 話す内容の大半が理解出来ずとも、目の前の小娘の名がヒメということだけは伝わってくる。

 茶屋、遊郭、行商人、一人称に自分の名や愛称を使用する女にろくな者はいないと彼は実体験から知っていた。

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 ヒメの最初の一言が「あたし」や「あたい」ならば、また話は違っていたかもしれない。

 しかし、そうではなかった。

 厄介者認定を完了した武蔵は扉を開き、外へ突き進む。



 武蔵は宿に到着。

 実際、彼が経験則から導き出した偏見めいた推論は今回に限って言うなら正鵠せいこくを射ている。


 平成から令和にかけての日本にサークルクラッシャーという言葉が存在した。

 男性が多く所属する団体サークルに加入し、複数の異性に思わせぶりな態度をとり人間関係の軋轢あつれきを生む女性を指す。

 挙げ句の果てに、コミュニティ崩壊を誘発する者。

 サークラ、と略される場合もある。


 また、同じく近代日本で姫プレイという俗語スラングも一部の界隈かいわいで徐々に広まっていった。

 こちらは容姿や声、仕草しぐさといった女性らしさを強みとしてオンラインゲームなどの環境で男性を使役しえきしたりアイテムをみつがせる行為を表現している。


 魔獣モンスター討伐や迷宮ダンジョン攻略に際し、ヒメこと沙倉妃芽はサークラ行為と姫プレイという二つの悪癖が災いし炎上するのみならず、運営からも異質冒険者として扱われ配信の収益化停止措置という憂き目を見ていた。

 アカウントも預貯金口座も凍結されている。


「外で叫んでる女の子、お連れさん?」

「知らぬ」


 宿屋の主人が発した問いかけに無愛想な返事をした武蔵は自室に戻る。

 彼は室内で行える鍛錬を終え浴室で汗を流してから、おもむろに身分パネルを取り出す。


「からくり、見事なり」


 日没までの間に武蔵は学びを深めた。

 タップ操作でパネルの質量そのものが変化し、最大で三十二型テレビに匹敵する大きさとなり視認性が向上した点。

 身分パネルが実は動画視聴という用途システムを備えていた点。

 二つの機能が彼に多くの恩恵をもたらす。

 極めつけに当人の素養も加わり、結果として瞬く間に〝異界に馴染んだ言語〟の習得を完了した。

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。



「いつまで、そうしているつもりだ」

「入れてよアンタの部屋。ヒメ行くとこないし」


 武蔵が玄関先まで顔を出したのは、宿からの苦情クレームに対応して動いたわけではない。

 ヒメのことが心配になったという理由でもない。


「ところで、拙者せっしゃの足が遅くなったようだ。おぬしに何か心当たりがあるか」

「足ぃ? そんなんヒメに言われてもぉ」


 神殿とやらから宿までの道のり、本来であれば武蔵は悠々ゆうゆうとヒメを振り切れるはずだった。

 武蔵を追跡するヒメが走力にむ者だったのか?


 いな


 武蔵は周囲の風景や物体を観測することで、自身の移動速度を割り出す独自の能力と計算式を確立している。

 そこから導き出した結論として〝己の能力低下〟という解に思い至ったのである。


「何がしかの術をかけたのなら、解かねば斬る」

「してないってぇ、ちょっと武器出さないでよぉ」


 宮本武蔵、前世においても人ならざる者を討ち取る機会は数知れず。

 その過程で鈍化デバフの妖術を受けた経験も当然あった。


「拙者の足について知らぬなら、用はない」

「待ってぇ……」


 ヒメによる、姑息こそくな泣き落としである。

 近代日本において「ズルい」「卑怯」という誤った意味が浸透しんとうしつつある姑息という言葉。

 姑の文字は本来「しばらく」を示し、元を正せば優れた軍師としていくさに明け暮れた頃の宮本武蔵が「しばし息をついて休もう」と発した号令が語源となっている。

 そこから転じて「一時しのぎ」「その場凌ぎ」という熟語と化し令和まで継承された。


 とにもかくにも、ヒメは一時だけでも武蔵をつなぎ止めることに必死であった。


「ついて来い、拙者は名を武蔵と言う」

「……ほんと? いいの?」


 泣き落としと言えど嘘泣きではなく、ヒメのそれは本心ガチ泣き。

 彼女はそれ程までに、切羽せっぱまっていた。

 切実に、汗水流して真っ当な労働に取り組むことを嫌がっていた。

 結果、しくもその行為がヒメの立場を好転させる。

 静かに名乗った侍は意外と情に厚く、女子供の涙には弱かったのだ。


 

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。

 

 

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