第二話 銃二十七倍段


 彼は順応性が高かった。

 荒野に出没する液魔獣スライムや珍妙な動物を狩れば通貨が手に入ることも、行動範囲を広げた先にある町人が集う場で飲食物を購入可能な仕組みも、雨風をしのげる宿の場所と利用形態も理解する。


 多くの者は武蔵が取り引きを要求しても銀貨を出した途端に怪訝けげんな顔をし手を振り追い返したり、武蔵の持つ武器におびえ大声で騒ぎ出した。


 しかし路地裏ろじうらの薄汚い男は武蔵から銀貨を受け取ると粗末そまつな食料や妙な味の水を差す商談に応じ、今にも崩れそうなあばめいた施設は銀貨たった数枚で武蔵の宿泊を許可。

 変な町だがおのれを畏怖する者がいたり、ごろつきや抜け道があるのは江戸と変わらぬなどと思いながら、彼は些事さじを気にせず歩くことにした。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「ダメだよ、町で振り回したら」


 ある日、武蔵は往来おうらい抜刀ばっとうする姿を官憲ポリス見咎みとがめられた。


「長筒の類いか」

「え? なんて? とにかく、武器は収めてね」


 武蔵は、官憲ポリスの装備に警戒。

 力量を測る慧眼けいがんを持つ彼が身構えたことには理由があった。


 長筒、すなわち銃器。


 剣道三倍段、という言葉が存在する。

 武器所有の優位性アドバンテージを持つ〝剣道初段〟の敵と相対あいたいする場合、三倍である〝空手三段〟の実力を誇る者がようやく互角に渡り合えることを意味する。

 そして槍や薙刀なぎなたは剣術のさらに〝三倍〟強いと言われ、銃器に至っては〝その三倍〟つまりは〝銃二十七倍段〟を証明する計算式が成立するのである。

 達人級マスター・クラス空手十段カラテ・チャンプが三人がかりで、ようやく一挺いっちょうの銃初段者を制圧出来る可能性が見えてくる。

 全て、宮本武蔵の五輪書に記され伝わる内容となる。

 

 官憲ポリスの人数は三、たずさえる銃もまた三挺。

 倒せない相手ではないものの、手練てだれならおのれも無傷では済まないと武蔵は判断。

 何より〝人間〟は死しても消えることもなければ、銀色の硬貨に変わることもない。

 確認済みである。

 つまり、この場での戦闘は完全に無益むえき、無駄。


「おぬしは奉行所ぶぎょうしょの手の者かおかきの仲間か?」

「ブギョーショ? ごめん、分からないなぁ」


 少し前まで官憲ポリスと戦うかさやおさめるか、斬るか生かすか悩んでいた宮本武蔵。

 今は荒野の行き倒れのことを思い出していた。

 武蔵に対して、その身をもって〝人間の死体は消えぬ〟としめしてくれた亡骸なきがらである。


 武蔵は荒野に降りた晩、行き倒れの男を看取みとる。

 魔獣モンスターが消えたさまの当たりにしていたことから、男の死体も消えて怪しげな銀貨に変わるのではないかと武蔵は考えていたのである。


 だが、予想は外れた。


 翌朝も翌昼も、丸一日経過した翌夜も死体は残り、それを食い荒らす野犬の群れ。

 無残な姿を見た武蔵は忍びなく思い、見ず知らずの者と言えどもきちんと穴を掘ってとむらってやらなかったことを後悔する。


 呼びかけてくる官憲ポリスの声が、つい物思いにふけってしまった武蔵を現実に引き戻した。


「お兄さん、大型持って歩くなら一回パネル見せてもらえる?」

「ぱねる……とな?」


 職務質問、いわゆる職質ショクシツである。

 この世界における〝国〟が制定した銃刀法にも似た規定ルール、それにより一定の刃渡りを上回る長尺物や高威力の武装を扱う者は身分の提示が義務付けられていた。

 無論むろん、武蔵はそんなことを知る由もない。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「ないってことは、んー、反応的に〝来たばっかり〟かい?」

しかり。この地に来たりて三日経つ」


 武蔵特有の理解力の高さがきた瞬間だった。

 目の前の官憲ポリスが発する言葉の意図を、武蔵は文脈や雰囲気から察知する。


「ならさ、組合ギルド行こっか組合ギルド。登録しなきゃね」

「うむ」


 官憲ポリスは公務員であり、弱者や転生者の案内もまた彼らの仕事である。

 付いて行った所で取って食われるようなことも無し、おのれあだなす存在ならば斬ればいい、そう判断した武蔵は職務に忠実な官憲に促されるまま歩を進める。


「登録課、三十番でお待ちのかたー?」


 組合ギルドとは名ばかりの、規模だけは大きいて小屋に毛が生えたような町役場にあふれる喧騒けんそう

 一際ひときわ大きな受付係員の案内が響き、椅子いす腰掛こしかけていた者がゆっくりと立ち上がる。


「ムサシさん、これは読める?」

「ここが、分からぬ」


 行きしなに武蔵は官憲ポリスに名を名乗っていた。

 男から手渡されたレシート状の感熱紙、上部に記載された待機番号という漢字四文字の意味までは分かれど真下のアラビア数字を理解することは武蔵には不可能である。


「そっか……まあ確かに古いもんね、身なり」

「うむ」


 アラビア数字を認識できない年代からの転生者が通される特別案内窓口へ、武蔵は連れて行かれる。


「後は、係の人が教えてくれるはずだよ」

「かたじけない」


 武蔵は椅子に座り、官憲ポリスは施設を去った。

 アクリルパネルの隙間から小太りな中年男が、あわく発光する免許証ほどの大きさのカードを武蔵に差し出す。


「ちょっとね、じっとしてくださいね」

「承知した」


 動くなという指示で落ち着かない気持ちになりつつ、目の前の中年から殺気は感じなかったことから武蔵はおとなしく言葉に従った。

 魔獣モンスターならば斬り殺す武蔵であれども、官憲相手にせよ中年相手にせよ一定の礼節や常識はわきまえている。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 中年が構える機械から幅一ミリ、長さ数十センチメートルの横長レーザー光が照射された。

 中年は武蔵の頭頂部から腰までに光を当て、再び静かに頭頂部まで戻す動作を計三往復おうふく繰り返し衣類や身体の年代と情報を解析スキャン


「じゃ、最後にこれ。それと、説明書どうぞ」


 解析機スキャナーの光を当てた途端とたん、発光するカードの表面に名前が浮かび上がる。


拙者せっしゃの名だ」


 それは、宮本武蔵。

 成長した彼が自ら選び、決め、使い続けた馴染なじみ深い姓名せいめいである。


「これはらぬ」


 週刊少年誌一冊分の厚みと大きさを持つ身分パネル説明書を突き返し、武蔵は案内窓口を後にした。

 例えるなら、彼が令和の時代を生きたとしても電化製品の仕様書マニュアルに一切目を通さない。

 ゲームの操作説明チュートリアルは全てボタン連打で無視スキップする。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 入り口に向かう途中、感触フィーリングで大体の機能を理解した武蔵は身分パネルを用いておのれ能力ステータス設定を行う。

 数字を振り分け、確定ボタンを指先でタップ。

 去りぎわ官憲ポリスたずねたことでアラビア数字を超速理解スピード・ラーニングしたことがこうそうしたが、この操作で生じた致命的な失敗を武蔵が悟るのはいくらか先の話となる。


「あのさ、アンタ……迷宮ダンジョン配信はいしんって興味ない?」


 武蔵は出口で待ち構える少女に声をかけられた。

 振り返った武蔵は返事もせずに顔をにらみつけ、視線を落とした後にまた爪先つまさきから頭にかけ静かに少女を観察。

 グラディエーターサンダルとも呼ばれ実在する、指出しの編み靴。

 薄く軽やかな衣服に華奢きゃしゃ四肢しし

 長く尖った耳と明るい黄緑色の毛髪。


 


 少女は、森林種エルフである。


 

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