迷宮配信武蔵

トモフジテツ🏴‍☠️

第一章 剣豪と森林種

第一話 宮本武蔵、転生


 徳川家康が征夷大将軍となり幕府を開き、いわゆる江戸と呼ばれる時代が始まった。



 その、一年後。


 

 時は慶長九年、西暦にして一六〇四年。

 果てなき荒野をく、一人の男がいる。


 二十歳になった宮本武蔵である。


 武蔵は右の足で土を踏み、左の足で土を踏み、そして転生した。


 人類の住まう地球という惑星には、転生という事例イベント頻繁ひんぱんに発生する。

 武蔵が生きた天正から正保より以前の平安や室町、果ては更にさかのぼった石器時代に至るまで。

 あるいは明治大正、昭和平成令和や、その先の時空からも。

 日本のみならず多種多様な国々から、古代や二十一世紀など全ての時代から、人間が唐突に転生してくる。

 その現象は異界では決して珍しいことではない。


「ここは……違うな」


 武蔵は自身の置かれた状況を瞬時に理解した。

 大気や〝空間〟には匂いが存在する。

 代表的なものを指すなら雨上がりにアスファルトが放つものや、新雪の積もったスキー場の香りがそれにあたる。

 荒野は荒野でも、この地は先程まで己が歩いていた場所とは何かが決定的に異なる。

 そんな〝空間の雰囲気〟を、彼は並々ならぬ〝洞察センス〟によって感知することが出来た。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。



 跋扈ばっこする野犬や痩せこけた動物を一睨ひとにらみで退しりぞけながら当てもなく流離さすらう武蔵の前に、液状生物魔獣スライムモンスターが現れた。

 動物種族おおネズミ二足小型種族ゴブリン・コボルトに次ぐ、下から三つ目の序列ランクとして有名な液魔獣スライムは国家から危険種として指定されている。

 しかし、彼はそれを知るよしもない。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


面妖めんような」


 物言わぬ球状の物体、大きさは米俵こめだわら一つ分、水飴に似た動くあやかしたぐい、武蔵は伸縮する半固体から放たれる打撃や噴出される液体をかわしながら冷静に〝敵〟を分析する。


此奴こやつごとき、仕留しとめられよう」

 

 彼は対峙たいじする相手と己の力量差を直感ではかすべけ、人から獣から問わず〝向けられる敵意〟に敏感だった。

 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


 敵と見做みなし勝てると判断するやいなや、即座に間合いを詰め縦一閃の斬撃を浴びせる。

 液魔獣スライムが真っ二つに割れてなお、武蔵に油断はなかった。


 残心ざんしんすなわち一つの動作が終わろうとも緊張をかず反撃に備える所作しょさ

 弓道においても矢を射た後に到達点を見極めるニュアンスでもちいられる残心という言葉は、一説によると宮本武蔵が書き記した五輪書に由来する心構こころがまえとも言われている。


「死なず、治るとな」


 両断された液魔獣スライムは体を寄せ合い固着再生、事も無げに武蔵への攻撃を再開した。


「ならば」


 集まり再生するのであれば、それを上回る速さを以て刻むべし。

 一太刀で仕留めきれぬなら二の太刀、三の太刀、十で足らぬなら百、なお足らねば千の太刀を浴びせる。

 それが、武蔵の出した答え。


 下手な鉄砲も数撃てば当たる、ということわざが存在する。

 威力や技量の不足を〝数〟で補う兵法もしとした宮本武蔵により生み出された言葉が起源と言われている。


 練度の低い射手によって行われる砲撃すら量という工夫で威力の底上げが可能、そこにきて破壊力も精度も過剰殺傷級オーバーキル・クラスである武蔵の斬撃とくれば結果はどうだろうか。

 しかも〝数撃つ〟どころでは済まされない、尋常ならざる圧倒的な手数てかず


「他愛なし」


 液魔獣スライムの敗北は、火を見るより明らかだった。

 粉微塵こなみじんにされ、更には武蔵によって念入りに欠片かけらを踏みり潰された魔獣モンスターは、その短い生涯を終える。


 単位にしておよそ四百キログラムの威力、一般的な成人男性が有するパンチ力の倍以上もの衝撃を生み出す液魔獣スライム

 噴射液や滑らかな構成物を駆使して対象を窒息に追い込む、時に標的を殺さず体内に分裂組織を産み落とし、養分を吸い上げ成長した末に最後は腹部を喰い破る液魔獣スライム

 その生態から危険種指定された魔獣だったが〝剣豪〟の敵ではなかった。


 何故なら、その男は宮本武蔵だからである。


「からくりもあたいも知らぬが、路銀ろぎんの足しにはなるだろう」


 塵芥ちりあくたとなり舞い消えた液魔獣スライムが居たはずの場所に、気付けば数枚の銀貨が転がっていた。


 

 

 それを拾い上げ懐にしまった武蔵は、再び荒野を歩き出す。

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