神社を後に、さらに海沿いの道を北へ向かう。

 出てすぐに右手は漁港となったが、ひたすら走るうちにだんだんと工業地域に入っていった。

 巨大な倉庫が立ち並び、道路を行きかうのは大型のトラックが多い。工場の規模は大きく、食品工場の看板が目立つ。


 すぐに道全体が高架になり、そのまま川の河口にかかる橋となった。結構な高さの橋なので遠くが見渡せた。

 左手の奥の方がこの市の中心部の市街地らしい。

 そのあとで同じような橋をもう一度渡ると、煙を吐く煙突の並ぶ重工業のような工場も右手に見えるようになった。

 左手はずっと緑の土手が続いていて、その向こうは何なのかわからない。

 道は県道のようだが片側二車線ある。

 交通量も多い。


 そのうちナビが左折するように指示してきた。今度の道は同じ県道だが片側一車線で、あまりいい道とはいえない。

 すぐに道は郊外に出た。

 広々と開けた風景の中を、県道は進む。

 ほとんど平らな土地で、一面の水田の中だ。だが道沿いにはけっこう民家やその他の建物もあって、田舎といってもどうにも中途半端な田舎だった。


 ほぼ道なりなのでナビは退屈そうに沈黙している。

 それが思い出したように右折を告げてきたりする。後ろのラブル250のバイクは完全に優美のカローラを追って来ればいいのだから、彼自体が優美の車のナビを頼りに走っていることになる。

 途中で新幹線のガードの下をくぐった。


 40分ほど走ってまた右折を告げられてその通りに曲がると、道は国道になった。

 最初しばらくは住宅街の中を走っていたが、それを抜けるとそろそろ本格的に田園風景だ。一面に広がるのは水田ばかりでなく、時に国道は森林の中を走る。ただ、道の高低差はほとんどなかった。

 そろそろ日も西へと沈みかけ、夕暮れ独特の黄色っぽい風景となってきている。

 この国道はバイパスとなっているので、それなりにきちんと整備されていて走りやすい。交通量も多くはない。


 しばらく行くとまた集落があり、再び新幹線と交わる。今度は新幹線の方が陸橋となった国道の下をくぐる形だ。すぐそばにその新幹線の駅も見えた。

 その集落を抜けていよいよ薄暗くなり始めたころから、再び田園風景となり今度は結構長く続いた。

 もう本当に同じ国道をひたすら一本なので、ナビは完全に沈黙してしまっている。

 

 県道から国道に入って一時間、新幹線の駅があったところからはもう三十分は走っている。

 この頃から道の左右には建物が増え、ちょくちょく信号もあるようになった。ちょっとした町にさしかかったようだ。大型スーパーなどもある。

 国道は海沿いに達したようだが、もうとっぷりと日は暮れていて遠くの景色はよく見えない。

 時計を見るともう夜の7時近い。

 優美はそのまま運転を続けた。


 また人里離れ、田舎道となる。だが、時には集落もあり、また常に何らかの建物が左右を流れていく。

 街灯もあって道は真っ暗というわけではないが、やはりヘッドライトに頼るところが大きかった。

 かなり海沿いに走る部分もあるけれど、暗くてよくわからない。

 

 そうして海沿いに達してから三十分あまり、行く手に十階建てくらいの大きな建物が見えた。高速を降りてから初めて見る高い建物だ。

 どうも観光ホテルらしい。いくつもの部屋に明かりがついていた。

 その前を過ぎると、右側は松並木が続いた。その向こうは恐らく海なのだろう。

 建物も増え、行く手には同じような高いビルも見える。


 だがその前に、左へ曲がれば道の駅という看板が見えた。道の駅の名前には温泉の二文字も入っている。

 曲がるとすぐに道は少し盛り上がった土手の上の線路にぶつかった。

 右に行くと鉄道の駅があるようだ。道の駅ではなく本物の鉄道の駅だ。

 優美は運転しながら少し首をかしげた。


 仕方なく、駅の方へと右に向かった。

 駅まではすぐだ。だが、車を止めて休めそうなところもない。

 そのまま駅の前を通過すると、急に後ろを走っていたはずのレブル250が優美のカローラを追い抜いた。

 これまでずっと後ろをついてきていた彼が、優美の車を追い抜くのは初めてだ。だが優美とて夜の道で駅前でもあるのでかなり徐行して走っており、亮平が追い抜くにはそれほどスピードを上げる必要はなかったはずだ。

 百メートルほど走ったところで亮平は右ウインカーを出し、同時にさっと右手を水平に横に伸ばした。

 そのまま右手にあった小さな駐車スペースに入っていく。車が四台くらいしか止められないくらいの小さなスペースだ。優美も慌ててウインカーを出し、それに従った。


 運転席の窓を下ろし、レブル250から降りた亮平を優美は車の中から見た。


「どうしたの? こんなところで」


「ああ」


 亮平はそれだけ言って、その狭い駐車スペースの隣の三階建てくらいの白っぽい建物を示した。駐車場のブロック塀と道路に面した黒木の塀の角のポールにはイルミネーションの看板がついている。

 そこには明るく光る赤い文字で「ゆ」とあり、その下には白い文字で「宿」とだけ書かれてあった。


「温泉宿みたいだね。もう遅いし、ここは温泉街みたいだから泊まっていこう」


「泊まるって言ったって、あんたさあ……」


 優美は目を剥いた。亮平は笑っている。


「大丈夫。部屋はちゃんと二つとるよ。疲れただろうから、温泉で癒すのもいいんじゃね?」 


「このまま今日中に目的地まで行くつもりだったのに。あと一時間くらいだし」


「夜中になるよ。運転疲れの上に夜道は危ない」


 優美はため息をひとつついた。そして何も答えずにいた。


「とりあえず聞くだけ聞いてみよう、空いてるかどうか」


 優美は仕方なくという感じでエンジンを切り、車から降りた。

 黒木の塀の真ん中に屋根つきの門があり、そこを入って少し前庭を歩くとすぐに建物の入り口となる。入口の左の壁にはじめてこの宿屋の名前が書かれた表札があった。その表札の前には植え込みと石灯篭があった。

 中がよく見える横開きのガラス戸を開けると、入って左手のカウンターに初老の男性がいた。


「おかえりなさい」


 優美と亮平を、そんな言葉でカウンターの男は迎えた。


「ご予約のお客様ですか?」


「あ、いえ、予約していないんですけど、だめですか?」


 カウンターの方へ歩きながら、亮平が聞いた。右手は食堂のような感じになっていて、奥に向かって真っすぐに左右にドアがある廊下が続いている。

 照明は全体的に淡い。床は黒光りする木のフロアで、土足で入っていいのかどうかためらうくらいだ。だが、靴脱ぎ場はない。


「ああ、本来でしたらご予約のお客様でこの時期は満室ですけど」


 カウンターの中の男性は愛想よく言った。


「ついさっき、急なキャンセルがありましてね、ちょうどいいタイミングでしたのでお通しできます」


ふた部屋、ありますか?」


「あ、いえ、空いているのは一部屋だけなんですよ。あとは満室です」


 優美と亮平は顔を見合わせた。

 

「ちょっとごめんなさい」


 亮平はカウンターの男性にそれだけ言って、入り口の内側あたりに優美を引いていった。そしてカウンターのほうには聞こえないように小声でささやいた。


「どうする?」


「どうするって、知らないよ」


「ほか、探すか?」


「めんどくさいから、やっぱ私、目的地まで行く」


「じゃ、こうしよう。ここには君一人で泊まりな。俺はどこか安いビジネスホテルでも探すよ。せっかくの温泉なんだから」


「でも、温泉街だったらビジネスホテルなんかないんじゃない?」


 優美は少し考えた。そして目を落として大きく息をつき、目を挙げて亮平を見た。


「一部屋でもいいよ」


「え? どういうこと」


「同じ部屋でもいいってこと」


 亮平の顔がぱっと輝いた。


「本当にいいの?」


「だから、いいってば。待たせちゃ悪いでしょ」


 優美はカウンターのほうを見た。亮平はカウンターの前に戻った。


「じゃ、お願いします」


 亮平はカウンターの男性に言った。その隣で、優美がさっと聞いた。


「あのう、宿泊のお値段は?」


 示された金額は約一万七千円、ちなみにと聞いた一人利用だと九千円余りだった。


「ほら、二人で割り勘にした方が安いじゃない」


亮平の耳元で、優美は小声で言った。


「食事は出ませんので、この近くにお寿司屋さんとかラーメン屋さんとかあります。あとクラフトビールの店もあって食事もできます」


 亮平が聞いた。


「お寿司屋さんって回転寿司ですか?」


「いや、ちゃんとしたお寿司屋さんです」


 亮平と優美は顔を見合わせて小さく首を左右に振った。


「このへんの食堂は遅くても九時には閉まってしまいますから、ちょっと急いだほうがいいですよ」


「コンビニから持ち込みは?」


「持ち込みはOKですけど、コンビニは近くにはないですね」

 

「わかりました」


「温泉は一階に男女別大浴場、ほかに貸し切り露天風呂もあります」


 男性が貸切露天風呂の説明を始めた。


「あ、大浴場でいいです」


 亮平はそう言ってそれを遮った。


「お車ですか?」


「はい」


「今、お車は?」


「隣の駐車場に停めてますけど」


「ああ」


 男性は慌てたそぶりを見せた。


「隣はお隣の家の駐車スペースなんです。うちの駐車場はその向かい側ですから停め直してきてください」


 そう言われたので二人は言われたとおり、それぞれの車とバイクに戻って、向かい側の駐車場に移した。確かにそこには宿の名前と「専用駐車場」の文字があった。

 駐車場は満車に近く、やっと空いているスペースにカローラとレブル250は収まった。

 荷物を取ってカウンターに戻り部屋のキーを受け取ると、部屋へは案内してくれないらしく二人は自分たちで部屋へと向かった。


             (つづく)

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