3
優美は海沿いの道をさらに走った。
しばらく道は海岸線に沿っていたが、さっき展望台から見た緑のスロープの上を走っているので海岸はかなり下になる。
下は岩浜であるだけでなく海の中にもいくつかの岩が浮かんでいて、波しぶきを受けているのが見えた。
道の左側は、ごくたまに民家がある。あとは木々か草地だ。
だが二分ほど走ると民家も増えてきて、集落に差し掛かったようだ。
優美はその道から、速度を落として右折した。
海岸へ降りる道だ。先ほどの展望台を出る時にあらかじめセットしておいたナビが、そう教えてくれた。
道は下った下で大きく旋回して、今まできた道の下をくぐる形になった。
ずっと走ってきた道の下の方を並行して、海岸沿いに続く道だ。
本当にガードレール一つ隔てて海岸線で、しかも砂浜はなく道の下が直接海になっており海面からもそんなに高くはない。
左には水産科学館と看板が出ている三階建ての建物もあって自由に見学できるようだが、優美の車はその敷地の前を素通りして直進した。
すぐに右前方にまた海に突き出た小さな岬があり、その高台の上に建造物が見えた。今度は要塞ではなく和風の小ぢんまりとした建物だ。
遠くからだとお屋敷かお寺か神社か小さなお城かとそんな感じだが、その岬の付け根に赤い鳥居が見える。
建物は神社のようだ。
建物は岬の先端ではなく、そこから先もさらに海に向かって岩場が続いている。
岬の付け根のあたりに来ると、左手に無料駐車場と書かれた少し広いパーキングスペースがあった。
ここで右折すれば丘の上の神社の近くまで来るまで行けそうだが、優美はそのパーキングにカローラを入れた。
亮平のレブルもついてくる。
ブレーキをかけてエンジンを切った。
助手席のドアを開けていると、亮平がレブルから降りてやってきた。
「ほら、ヘルメットとジャケット、また入れておけば」
「ああ、サンキュー」
優美は先程走ってきた道を信号で渡り、赤い鳥居の方へ向かって歩きだした。亮平もついてくる。
この道からは海は見えず、目の前の丘の上に神社の建物がよく見える。道の右側の芝生の広場の向こうはこの辺には珍しい砂浜で、海水浴場になっているようだ。
「この神社、有名?」
歩きながら、亮平が聞く。
「さあ、さっきの展望台の看板に書いてあったから来てみたくなっただけ」
そう言われて、亮平はきょろきょろあたりを見回している。
観光客や参拝客もかなり多く、やはり有名な神社らしい。
パーキングから歩いて一分くらいで赤い鳥居の元に着く。ここから丘を登る階段があって、その上に神社がある。
神社のある丘の周りには、やたらと白い鳥がたくさん飛んでいた。
階段を上る人々に混ざって、優美も亮平とともに赤い鳥居をくぐって社殿へと向かった。
「さっきの展望台よりも階段が長いね。さっきのはスロープはそんなになかったのに」
階段を上りながら、亮平がそんなことを言う。
「下の道が低いからね。さっきの展望台は、道や駐車場自体が高台だったじゃない」
「たしかに」
階段の両脇には神社の名前が書かれた水色の旗が何本も立って、風になびいている。その手前に、神社の御利益が書かれた看板があった。その前で少し立ち止まって、亮平が声に出して読んだ。
「えんむすび? 大漁祈願とか厄除け祈願はわかるけど、夫婦円満? 子宝祈願?」
「もう、いいから!」
「財運招福はいいとして最後のかぶあがりって何だ?」
「さあ」
「株価の値上がりを祈願するのかな?」
「いいから、行くよ」
階段の上にもまた小さな赤い鳥居があった。
「なんか神社っぽくないね」
相変わらず亮平は饒舌だ。
「お寺? いやなんか、古い旅館のような、由緒は古そうだけど、建物は新しいね。できたばかりって感じ」
「ちょっと黙っててくれる?」
優美はそう言って、スマホで境内の風景の写真を撮った。
そしてインカメラに切り替えて、腕を伸ばして社殿をバックに自分の姿を自撮りしていた。
その隣に、そっと亮平は忍び込んでポーズなど撮っている。
「ちょっとなんであんたまで入ってくるのさ」
「いいじゃん」
その時、二人に声をかけてきた年配の男性がいた。
「あのう」
隣には奥さんだと思われる婦人もいる。
「よろしかったら、お写真撮るべえかが」
「あ、はい」
優美がためらっていると、先に亮平が答えた。
「お願いします」
「ちょっと……」
そう言いかけたが、優美はとりあえず自分のスマホをアウトカメラに切り替えてから渡した。
「もうわんつか寄って」
スマホの画面をのぞきながら、男性が言う。
「彼女さん、顔が硬えよ。もっと笑って」
横目でちらりと亮平を見ると、幸せそうににこやかに笑っている。仕方なく優美も顔を繕い、ポーズをとったりしていた。
「いや、いいな。若えカップルぁ」
スマホを返しながら男子も、その奥さんもニコニコしている。
「初めでだが?」
「あ、はい」
優美が答える。
「おららは地元の者なんだども、こごさはぢょぐぢょぐ来るんだよ。善男善女さ混ざって」
「はあ」
「パワースポットだがらね。株で儲げるべえどいう人にはその運気が上がるってご利益があっでね」
「ああ」
亮平がうなずいた。
「下に書いてあったかぶあがりって、やっぱそういう意味だったんですか」
「そう。それどねその人のお株が上がりあんすようにって、そったお守りも売ってらよ。それがら、縁結びのお守りもね」
亮平が横目で優美を見て、小声で聞いた。
「買うか?」
優美は亮平にかみつく真似の仕草をした。それを見て、男声は笑っていた。
「そうそう、ご利益がほしいんだら」
男性の奥さんが穏やかに、そしてにこやかに口をはさんできた。
「この神社、お参りするだげでなぐ、ぐるっと裏側まで回って神社の周りを三周したらもっとご利益がありあんすよ」
「道があるんですか?」
亮平が聞く。
「ありますよ。細い道だげど」
「ただ、猫がいっぱいいるすけ踏みつけねあでくなんしぇよ」
男性も笑いながら言う。
「猫?」
「みゃあみゃと鳴いで空飛ぶ猫」
「空飛ぶ猫?」
亮平は目を見開く。
「今ぁ子育でも終わってもうすぐ巣立ぢの時だすけ、どんどんこごがら飛び立っていってらんだども、繁殖の五月ごろは空がら爆弾落どしてくるすけ、こごさお参りに来る人だぢはみんな傘さしてくるんだよ」
「はい?」
亮平は真剣に首をかしげている。奥さんはいたずらっぽく笑っている。同じように優美も何かを納得したかのように、含み笑いを浮かべていた。
とりあえず亮平も優美も二人のご夫婦に頭を下げて、教えられた社殿の背後に通じる道に行こうとした。ご夫婦も笑顔で会釈を返してきた。
たしかに社殿の裏手に向かう細い道があった。
高台のへりになるので、ちょうど展望台のようになってはいるけれど、とにかく細い。人が一人やっと通れるくらいだ。
だがその道や柵の上にも金網のフェンスの上にも、白い鳥がたくさんとまっている。ただ、顔と頭は白いが羽はグレーだ。足は黄色い。
「猫って言ってたけど、カモメじゃんかよ」
亮平の言葉に、優美は笑った。
「あれはカモメじゃなくてウミネコ!」
「あ、猫ってウミネコのこと?」
優美は鼻で笑って亮平の後ろを歩いた。道が狭いから並んでは歩けないのだ。
「それでさっきの展望台の看板にうみねこの道って書いてあったんだ」
「さっきの展望っていえば、景色はあっちの方がよかったね」
亮平の背後から、優美が答える。亮平は遠くの景色を見た。
「そう、それにあれじゃあなあ」
亮平は少し立ち止まり、ちらりと優美を見ると正面の遠くを指さした。海岸線の左の方角だ。すぐそばにかなり大きな島があって、その上にはコンビナートがあるようで大きなタンクや煙突も何本も見える。もしかしたら人工の埋め立て地かもしれないが、周りののどかな風景とミスマッチに、そこだけが工業地域だ。島にかかる長い橋も見えた。
さらに進んで社殿の背後には社殿とつながって小さな本殿があり、ここだけ屋根が神社ぽかった。
その裏手がいちばん海に向かって突き出ているところで、波打ち際まで岩場が続いている。
社殿は小さいので一周するのに一分もかからない。ウミネコたちは慣れたもので二人が近づいても逃げようともしなかったが、さすがに道の上にとまっている鳥は二人が通るとさっとよけてくれた。
そんな道をなんとか三周して最後に参拝したときは、時間はもう五時を過ぎていた。
(つづく)
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