このインタ-の辺りでは高速道路は高架ではなく、本線と並行して出口に向かう道路の方が上り坂だった。

 

 案の定、グレーのバイクはついてくる。

 またしても料金所も何もないインターの出口を出てすぐに左折、車二台がやっとすれ違えるほどの田舎道だ。

 だがすぐに国道にぶつかる。

 ナビにしたがってそこも左折。田舎道といっても結構民家もあるし、都会の住宅地にある家と変わらない雰囲気だ。

 グレーのバイクはまだついてくる。

 

 右手には広々としたゴルフ場が広がっていた。練習場というのではなく本格的なカントリークラブだが、背の高いネットフェンスも設けられていた。

 そのネットフェンスが切れたあたりで、ようやく左手に道の駅があった。インターを降りてから四、五分は走らされている。


 パーキングスペースがある敷地自体は広いが、メインの建物自体は前の道の駅に比べたらかなり小ぢんまりとしていた。

 それほど新しさも感じられないし、どこか田舎めいている。

 そんなパーキングの一角に、優美はカローラを止めた。そしてエンジンはかけっぱなしで、運転席のドアを開けて降りた。むっとした熱気がたちまち彼女を襲った。


 例のグレーのバイクも、目の前へ滑ってきて止まった。

 バイクにまたがったまま、ライダーはフルフェイスのヘルメットを取って優美を見た。そして右手を挙げた。

 やはりあの男だ。


「やあ」


 やけににこにこ笑っている。


「なにが“やあ”よ」


「こんな北の国でもそれなりに暑いんだね」


「田舎をばかにしてるでしょ」


「暑いっていうのがなんでばかにしてることになるかなあ」


 たしかに暑い。そんな暑い中、優美は腕組みをして立っていた。


「いつまでついてくるの?」


「だから一緒に走ろうって言ったじゃない」


「もしかしてナンパ?」


「そんなんじゃない。旅行中の電車で知り合って一緒に旅するなんてよくある話。俺たちの場合は電車じゃなくてたまたま車とバイクだったってこと。ほら、旅は道連れ世は情けっていうでしょ」


「なにその古臭い言葉? 聞いたことない」


 優美から真顔が消えて、思わず噴き出していた。男の笑顔が増した。よく見ると愛嬌のある顔だ。


「俺、佐藤亮平りょうへい。このバイクはホンダのレブル250、文字通り排気量は250cc」


「そんなこと聞いてない。ぺらぺらぺらぺら男のくせによくしゃべるね」


「あ! それってセクハラ」


「とにかく、もう行くよ、私」


「え? 道の駅に寄っていかないの?」


「さっき行ったばかりじゃない」


「じゃあ、なんでここで降りたの?」


「あなたが本当についてくるかどうかを試したってのもあるけどね」


「ついてきたでしょ」


「もうここで、高速は降りるつもりだったの。ここからは下道したみちで行く」


「でも、お城のある町まで行くんでしょ? 途中で日が暮れるんじゃね?」


 たしかにもう午後の四時を過ぎている。


「でも高速で行くより一時間半余計にかかるだけから、暗くはなるでしょうけど今日中には着くし」


「高速だとどれくらい?」


「二時間くらいかな?」


「ふーん」


 亮平と名乗った男は、何かを納得したかのような謎のうなずきをしていた。


「実はね、」


 少し態度を軟化させたように、優美は話し始めた。


「今の無料の高速、無料なのはこの先のジャンクションまでで、そこからは縦貫道路に合流するから有料になる」


「つまり、お互い学生としては節約しないとってことだね」


 その言い方が優美には妙におかしかったのか、彼女は声をあげて笑った。


「たしかに。300キロ以上もただで高速を走らせてもらっただけでもありがたいけどね」


 そう言いながらも優美は、バイクにまたがったままの亮平を見た。額には汗がにじみ出ている。


「そろそろ行くよ。暑いし。あなたのその長袖の服見てると、余計に暑苦しくなる」


「これ、ライダースジャケット。走ってれば暑くないけど」


「そう?」


 それだけ言うと、優美はまたカローラの運転席に入った。亮平もヘルメットをかぶった。

 少しスマホのマップアプリでこのあたりの地図を確認し、決めた目的地をナビにセットしてから優美はカローラを発進させた。元来た道を戻る形で進んだ。

 そして高速の方から来た道への曲がり角でまた右折して、さっき降りた高速の出口に差し掛かった。そこを左折すればまた高速に乗ることになるが、そのまま直進して高速の上を跨いだ。ここでは下道の方が高速より上になっている。


 交通量はほとんどいっていいほど、ない。

 道の両側は代り映えのない風景だった。緑の木々の間をひたすら走る。

 田舎だからといって水田や畑があるわけではない。むしろ時折物流倉庫や、巨大な敷地面積を持つ工場があったりする。

 さらには左手に洒落た造りの大学があった。これも広大な面積の緑のキャンパスに、白亜の壁の校舎が悠々と点在しているという感じだ。


 その先の十字路を、ナビは右折しろという。

 マップによるとこのまま直進すれば集落に行ってしまい、海には遠回りになるようだ。

 優美が右折すると、ちゃんとホンダのラブル250もついてきていた。もはやバックミラーにその姿が映るのが、当たり前のようになっている。

 一定の車間距離を空けて、ラブル250は追ってくる。距離が縮みもしないし離れもしない。

 信号待ちになったらどうかと思うが、なにしろ信号は右折した十字路にあったきりでそのあとは全くない。

 一度右折した後は道は直線というわけではなく時々右に左にと軽くカーブするが、完全に一本道である。

 やはり左右にはコンテナが積み上げられた巨大な工場の建物が延々と続いたりする。トラックばかりが止まっている駐車スペースもある。それが終わったらまた森林の中を走る。


 やがて、道も軽い下り坂になって左右に民家も増えてきたと感じるころに、前方に海が見えてきた。

 鉄道の踏切を越える。単線で架線もないので、列車が通るときに遮断機が下りていないと踏切だと気づかないかもしれない。


 海の手前で、海沿いに走る道にぶつかった。久しぶりに信号があり、優美はそこを左折した。

 道の駅からここまで10分くらいしかかかっていない。


 海沿いの道はさすがに、両脇とも民家が続いていた。海岸すれすれに走るわけではなく、時々海が近くなる程度だ。それでも高速からたまに見えた海よりはずっと近かった。

 本当の海沿いの道がさらにもう一本あるようだけど、それはずっとつながってはいないようだ。

 途中、観光バス専用駐車場のような看板もあったので、何か観光地的なものもあるらしい。

 そのまま時々海を右に見ながら走るとまた踏切があって、今度は海からだいぶ離れていった。

 民家がどんどん増えて、何だかちょっとした町中へと続いているようだ。しかもだんだんと内陸に入っていっているような気がする。

 優美は道路標識に「海岸」の二文字を含む地名を見つけ、その標識通りにその信号を思い切って右折してみた。


 すぐに道の両脇に民家はなくなった。ぐっと海が迫ってくる。

 だが道がいちばん海岸線に近づいたあたりはたいてい海水浴場になっていて、車を止めて海を見に行く気にもならなかった。


 道は大きくゆっくりと全体的に左へとカーブした。

 もしかしたら岬の先端を走っているのかもしれない。ナビのマップを見てもたしかにそんな感じだ。

 走りながらもミラーに、レブル250がちゃんとついてきているか確認さえしていまっている優美だった。


 海岸沿いの道に出てから十二、三分くらいで、海に突き出た突端の上に奇妙な建造物が見えた。

 なにか西洋の要塞みたいだ。それほど大きくはない。

 その手前にパーキングがあって、とんがり屋根のおしゃれなカフェもある。


 反射的に優美はそのパーキングにカローラを入れていた。

 駐車場の一角にカフェがある形だが、どうもこのカフェの駐車場ではなくあくまで観光客用らしい。


 優美は車を降りた。

 潮風が顔に当たって、それほど暑さは感じない。

 パーキングの奥に先ほど見た要塞のようなものに着くと、上り坂の土の道が遊歩道になっているようだ。


 優美のカローラのすぐそばに、レブル250も止まった。乗っていた男はゲルメットを脱いだ。


「ここに来たかったの?」


「なんだかふと寄ってみたくなっただけ」


「なんか展望台のようだから行ってみよう」


 亮平はヘルメットをハンドルにかけ、ライダースジャケットを脱いだ。ヘルメットをハンドルバーのヘルメットホルダーにかけ、ジャケットをサイドバックに入れようとした。

 優美はぶっきらぼうに言った。


「いちいちめんどくさいでしょ。私の車の助手席に入れておけば」


「あ、助かる」


 亮平は言われたとおりにした。


 二人はちょっと離れて、要塞のような展望台に向かって歩いた。

 その上り口に看板があったがこの展望台の説明ではなく、このあたり一帯の観光地がイラスト付きで表記されたマップだった、


「うみねこのみち……」


 亮平がその看板の文字を、呟くように読んだ。優美はちらっとその看板を見た、


 さらに要塞のようなものに近づいて行った。同じ方向に上る人、下ってくる人とかなり人が多いのでやはり有名な観光地かもしれない。

 上りきるまで30mくらいの上り坂の土の遊歩道だ。

 その上りきる手前に、また小さな看板があった。今度こそこの展望台の説明板のようだ。


「復興国立公園……」


 今度は優美が読む。やはり国立公園のひとつの景勝地なのだ。「復興」という文字は、あの大震災からの復興という意味に他ならないだろう。

 その下に展望台の名前が書いてあった。


「これやっぱ展望台なんだ」


 優美が呟いている間に亮平がいつの間にかその隣に立って、その説明に目を通した。


「ああ、これって、太平洋戦争の時の海軍の施設の跡地みたいだね」


「それで要塞みたいなんだ」


 優美が先に立って、展望台へと上った。何人かの人がそこで景色を見ていた。お年寄りも多い。

 上はそう広くはなく、小さな石を積み上げて壁にしたような腰くらいまでのフェンスに囲まれている。

 中央にはドーナツ状の石の丸いベンチがあった。


「うわあ、めっちゃきれい!」


 優美は大はしゃぎという感じだ。小さな岬の先端の高台の上なので、360°のうちの320°まで一面に海が広がっている。もう陸地の上に傾きかけた陽ざしに輝いて、海はどこまでも広く青く輝いていた。

 潮風が心地よい。

 壁に両手を置いて、乗り出すように優美は景色を見ていた。その隣に亮平は並んで立っている。


 「あ、灯台」


 優美が左の方を指さす。


 「おお、ほんとだ」


 ちょっと離れた隣の岬の上に小さな白い灯台が見えた。そこまでの間の海岸線はなだらかな緑のスロープが傾斜していて、波打ち際は白い岩に波がぶつかる岩浜だ。

 足下は岩場に囲まれ、すぐ下まで波が打ち寄せていた。


 しばらくはスマホで写真を撮ったりしてああだこうだはしゃいでいた優美だったが、隣でにこやかに相槌を打つ亮平にハッとなにか気づいたように急に笑顔を消した。


「行くよ」


 道の駅でのそっけない口調に戻った優美は、ひと言そう言った。

 戻る道では優美が先に歩き、その後ろを亮平がついてくるという形となった。


 遊歩道を降りたとこにあった観光案内の看板を、優美は少し立ち止まってもう一度振り返って見た。


「あとは北へ向かって走るだけ?」


 隣まで来た亮平が聞く。


「さあ。ついてくるんなら勝手についてくれば」


 真顔で言い放って、優美は自分のカローラの方へ歩いて行った。あとから亮平がそれを追う形となった。


             (つづく)

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