メガネくんと呼ばれたい

夏空蝉丸

第1話

 吾輩はメガネである。名前はまだ無い。そもそも必要ない。メガネだから。


 何故、吾輩が意識を持っているかと言うと、転生したからである。昨年の今頃、吾輩は死んだ。トラックに撥ねられた。わけでは無い。単なる老衰だ。九十五歳、大往生。良い人生であった。


 だから、メガネへの転生でもオッケー。問題ない。これは天国に行く前の人生のおまけのようなもの。ラッキーエクステンデッドターイム。


 しかも、さらに幸運なことに吾輩の主人は、女子高生だ。吾輩の手入れをしっかりとしてくれる几帳面でいい子だ。と言っても、完璧な人間ではない。彼女はいわゆる天然ドジっ子だ。毎日のように吾輩をなくす。一週間に一度は、頭に吾輩をかけながら、何処? メガネ、何処? と定番のボケをする。本気、出しますからね。とか言って我輩を外して、何も見えなくなって困ってしまうようなお茶目な人間だ。


 そんな愛らしかった彼女が最近、吾輩のことを嫌うようになった。黒縁の吾輩をかけていると可愛く見えないとか何とか。そろそろ私もコンタクトにしたほうが良いかな。女子高生だし。って、これは、ピンチである。コンタクトなんかにされたら吾輩の出番はなくなるかもしれない。最悪、廃棄処分?


 チョット待ってくれ。折角の第二の人生、どうせなら長生きしたい。あと五年くらいはのんびりと女子高生の頭で過ごしていたいし、大相撲の番付も気になる。


 時々、もしかして、失くしちゃったらコンタクトにしても文句言われないかな。とか吾輩に言ってくるんだけど、駄目だろそんなの。物は大事にしないと。


 本人を説得したいが、吾輩はメガネだ。口がないから言葉を話すことはできない。だったら、耳がないのに言葉が聞こえるのは変だ。そう考えなくもないが、そもそもメガネが意識を持っているのが変だ。気にするまでもない。


 吾輩は考えてみる。吾輩は特別な存在だ。思考ができるメガネ。そんなメガネは他にない。唯一無二の存在のはず。きっと念ずれば、女子高生と会話ができるようになるはず。


 そんなことを考えて、一生懸命練習してみたが、まだ効果は出ていない。その代わりなのか、彼女の最近のブームは、ショワッチと言って吾輩をかけなおすことだ。もしかしたら、吾輩の念が通じているのかもしれない。


 

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