第三話
男はダグトを肩に乗せて、店の中に入ってきた。
「まだ開店前なんですけど!!看板戻して…」
イヲマオはアカネに静かにしろとジェスチャーを送った。アカネは不満そうに言葉を飲んだ。
「アタシだよ」
金の首飾りを持った女、この下町にそんな人間二人もいない。この男は間違いなくアタシを探しているのだ。そしておそらくこの首飾りを取り戻すように雇われてきたんだろう。
イヲマオはそう考えながら立ち上がり、金の首飾りをひらひらと見せつけた。
「そうか。大人しく言うことを聞けば痛い目には合わせない」
賭けごとを仕事と言っていいのかはさておき、仕事柄イヲマオはこのような状況に何度もあってきたし、対処法も知っていた。
ダグトはある程度の筋肉があれば誰でも扱える武器だ。そのため下っ端の賞金稼ぎが多く使っている。
「もちろん大人しくしよう、痛いのは嫌だからね…それにもし、見逃してくれたら18000ヤン(1ヤンは日本円にすると5円ほどの価値)、アタシが今、あげよう」
仕事柄イヲマオは骨董品の見積もり、とりわけいつもの骨董屋のじいさんが言い渡す値段においては1の位まで予測することができた。
おだてれば、40000ヤンはつけてくれそう。これがイヲマオの見立てだった。
賞金稼ぎの報酬なんてピンからキレまでだが、下っ端の相場はいっても5000ヤンといったところだ。
ここは仲良くどちらにも利益がある形で終わらせよう、これまでこの提案を断った賞金稼ぎはいなかった。
イヲマオはもう勝ったつもりで相手の返答を待った。
賞金稼ぎは一瞬動きを止め、すぐ何かを理解したように大口を開けて笑い始めた。
「アカネ!!ヤオさん!!厨房に逃げてっ!!」
そう叫んだ次の瞬間、イヲマオの視界は大きく揺れた。
「やっと大人しくなったな」
ぼやけた視界の中に男が映った。イヲマオはダグトで飛ばされ、壁に打ち付けられたのだ。イヲマオは鉄の味がする唾液を吐き出した。
「報酬が減るから傷はつけたくなかったんだが、ダグトだからってなめられるとどうしようもなくムカつくんだよなぁ!!」
脚が折れて倒れたホログラム盤の上を男は歩く。
「背中、傷ついてないか?本当笑えるな。自分にいくら賞金がかかってることも知らねぇで『18000ヤン、アタシが今、あげよう』」
男は大げさにイヲマオの真似をするとまた大口を開けて笑った。
イヲマオは自分の頭から血が流れるのを感じながら、必死に頭を回転させた。
こいつは下っ端じゃない、ダグトを極めた賞金稼ぎ。
店、ぼろぼろ。
狙いは首飾りじゃない、アタシ。
ホログラム盤壊れた。
昨日のやつ芝居がかってた、芝居だった。あいつが今回の雇い主。金の首飾りを目印にした。
店直すのいくらかかる?
多額の賞金をかけられてる、心当たり。
そもそもアカネとヤオさんは無事?
背中。
「あのクソ親父が」
イヲマオはぼそりとつぶやいた。
「なんか言ったか?…移動中うるさくてもムカつくしな、もう一発やっとくか」
男がダグトを振り上げた。
避けられない、捕まる、アカネとヤオさん、巻き込んで、ごめんなさい、どうか逃げてください。イヲマオの頭の中でそれらの言葉が駆け巡った。ダグトが近づいてくるのがひどくゆっくりと見えた。それに合わせて空気を割く音が大きくなっていく。
イヲマオは目を強く瞑った。
硬いものと硬いものが激しくぶつかる音がした。
片方は間違いなく男のダグト、しかしもう片方はイヲマオの頭でも、腹でもない。
「おねーさん、その金オレにくれる?」
イヲマオが目を開けると、少年の背中が見えた。
もう片方は、その少年の握る、ただの棒のようなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます