【会話劇】メガネ屋【2,000字以内】

石矢天

メガネ屋


「はい、どうもー。シンタマカブリでーす」

「よろしくお願いしまーす」


「あっ!(メガネが床に落ちる)」

「ちょっと、ちょっと。なにやってんの。頭下げてメガネ落としても誰も笑っちゃくれないよ?」


「(メガネを拾って掛け直し)いや、最近ちょっとメガネの調子が悪くってさ」

「そうなの? じゃあ、メガネ買い替えないと」


「うーん、そうなんだけど。メガネ屋って緊張するじゃん?」

「いや、ゴメン。俺、視力は両目とも1.0だからさ。生まれてこの方、一度もメガネのお世話になったことねえんだよ」


「いいなあ、ハダカの人は」

「人を変態みたいに言わないで。ちゃんと『らがん』って言おうな」


「ラ・ガンの人にはわからないと思うけど、メガネ屋って大変なのよ」

「『ラ・マン』みたいに言うな。フランス少女を愛人にしたことないから」


「(首を傾げつつ)フランス少女?」

「知らねえのかよ。昔の有名な映画だよ」


「(再び首を傾げつつ)ごめん。ちょっとわかんない。とにかくさ。僕が自信を持ってメガネ屋に行けるようにちょっと練習させてよ」

「俺、メガネ屋行ったことないんだけど」


「お前ならできる。自分を信じろ」

「オッケー」




「からんからん」

「いらっしゃいませー」


「……………………」

「メガネをお探しですか?」


「……………………」

「どんなメガネがいいとかあります?」


「……………………」

「なんかしゃべれよっ! メガネ屋が苦手なのは分かったけど、うんとかすんとか言ってくんねえと、さすがにどうしていいか分かんねえ」


「いやでも、これがリアルだからなあ」

「漫才にそこまでのリアリティはいらないから。もう一回やろ」




「からんからん」

「いらっしゃいませー。メガネをお探しですか?」


「すん」

「あ、そっちにしたんだ。まあ、いいや。では、こちらなんかいかがでしょう?」


「いいですね。丸いフレームで、鼻の形もいいし、なによりフーってやると髭がピンと伸びるところがオシャレで――」

「ひげメガネッ! パーティーグッズじゃねえか。俺、そんなもの渡してたの?」


「じゃあ、コレ買いますー」

「買うな、買うな。お前がひげメガネで隣に立ってたら漫才にならねえから。もう一回やろ」




「からんからん」

「いらっしゃいませー。メガネをお探しですか?」


「そうだガネ」

「語尾をメガネに寄せてきたな。まあ、いいや。こちらなんかいかがでしょう?」


「すごい! 月のクレーターまでクッキリ見えます」

「天体望遠鏡ッ! お前、それ覗きながらマイクの前に立つ気か?」


「倍率は約140倍」

「うるせえな。いいんだよ、そんな豆知識は。もう一回っ!」




「からんからん」

「こちらなんかいかがでしょう?」


「え? 早くない? いきなり距離詰めすぎじゃない?」

「そういうもんなんだよ。どんどん巻いていかないと制限時間内で終われないの。4分しか持ち時間ないんだから」


「ああ、そうか。……わあ、おっきなトンボですね」

「巨大昆虫メガネウラッ! もはやレンズすらなくなったよ。あとそいつはもう大昔に絶滅してるからな。こんなとこにいたら世紀の大発見なんだよ」

「トンボのメガネは~♪」

「みずいろメガネ~♪ って、なに歌わせてくれてんだ。青いお空は飛ばないの。ちゃんとやれよ、もう次が最後だぞ!」




「からんからん。」

「こちらなんかいかがでしょう?」


「はい、これにします」

「決めるの早いな」


「もうすぐ制限時間だからね」

「そうだけどもっ。まあ、いいや。それでは次に視力検査を――」


「あ、いいですぅ」

「『あ、いいですぅ』じゃないんだよ。ちゃんと視力検査しないとレンズが作れないことくらい、俺でも知ってるぞ」


「大丈夫、大丈夫。だって僕の視力、両目とも1.5だから」

「お前、伊達メガネだったのかよ。つか、俺より視力いいじゃねえか」


「(メガネを取って)ラ・ガーン」

「うるせえな。もういいよ」




      【了】

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