#5
荷物のお守りも兼ねて交互に席を立つことを提案した僕は、遠ざかるルナの後ろ姿を眺めて元カノに想いを馳せる。
家柄・学歴共に申し分なく、一緒にいると様々な学びがあった陽菜のことはとても尊敬していたし、末永く側にいたいと心から願っていた。それに比べてルナは何も持ち合わせていないはずなのに、羨ましいほど全てをものともしない強さと、何処か不器用な生き方が自分に痛く重なってしまう。
影を重ねるのが良いか悪いかは別として、あの日から色彩を失った僕の世界に色を落としたのは、紛れもない彼女ただ1人だった。
──ルナにとって、僕はどんな存在になれるだろう?
「お先でーす」
僕が巡らせる悶々とした思考など知る由もない彼女は、ドリンクとサラダを両手に持って、テーブルを挟んで向かい合う椅子に座りながら朗らかに声を掛ける。僕は彼女のグラスで跳ねる炭酸の気泡を見つめて「コーラ?」と訊ね、ゆっくり席を立った。
「そうそう……ウチはペプシ派なんだよねー。お兄さんは?」
「僕もペプシかな」
味覚の好みがよく似た悪友は「だよね!」と嬉しそうに笑ってみせると、ちびりとコーラの入ったクラスを傾ける。
「子供の頃はビールのつもりでよく飲んでたなぁ……『大人への憧れ』的なヤツでさ」
懐かしそうにグラスを覗くルナの表情は何処か儚く、胸の奥の奥がチクリと痛む僕は投げる言葉も見つからないまま彼女の頭に手を置いた。
「コーラとビールは別モンだけど、どっちもちゃんと美味しいと思う……子供が大人でも、大人が子供でも悪くないんじゃないか?」
たった今も子供の真似事をしている僕が忘れたものを思い出そうとするように、子供っぽい彼女が飲み下した『大人』が少しでも楽になればいい──。そんな意味で伝えた想いが届いたかは分からないものの、僕の顔を見上げる彼女は月明かりみたく穏やかな微笑みを向けた。
「……そうやね」
少し擽ったいその同意に安堵した僕は照れ隠しのように店内の入り口に歩き出すと、所狭しと並んだ種類の豊富なサラダ達が僕を出迎える。陽菜と行った高級レストランとはまた違う、自分で好きなものを取捨選択できる安心感。手当たり次第野菜を皿に乗せた僕は、和風ドレッシングをかけ回してドリンクバーに向かう。
──『ウチはペプシ派なんだよねー』
いつもなら迷わず烏龍茶を選ぶのに、僕の人差し指は暗示にでも掛かったように導かれ、気が付いたらペプシコーラを注いでいた。
──分かり易すぎだろ、自分。
安直で単純、馬鹿正直にも程があると自嘲しつつ溜息交じりに「あーぁ」と呟いた僕は、ルナが待つテーブルを目指して歩く。その足取りが弾んだお陰で揺れたコーラは、普段とはまた違う甘い香りがした。
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