#4

 運良く開いた座席に待たされることなく案内された僕らは、テーブルを挟んで顔を見合わせる。


「本当にお子様ランチを頼むのか?」

「勿論!」


 意気揚々と答えたルナは女性店員が運んできた水を口に付けながら、お子様メニューを僕に見せびらかす。


 A・B・Cと名前のついたプレートには、それぞれオムライスとハンバーグとピザが用意され、付け合わせは全く同じナポリタンとフライドポテトに唐揚げが2つ。動物のイラストが付いたゼリーがセットになっている辺り、僕が子供の頃に食べたモノが変わることなく今日に至るらしい。


「お兄さんはどれにする?ウチはダントツでAのオムライス」


 呑気に「ドリンクバーも付けちゃおっかなぁ」などと吐かす彼女は、僕にメニューを手渡して大人向けのメニューをペラペラと眺める。


「何でもいい。取り敢えずルナと同じのにでも……」

「えーっ?!何でもいいならBにしなよ。そしたらウチと半分こして、オムライスもハンバーグも食べれるじゃん!」


 ジタバタと暴れるほどのことでもないのに口を尖らせて喚くルナの角度を極めた上目遣いは破壊力抜群で、反論しようとした僕は言葉ごと息を飲む。


「……別に、いいけど……」


 彼女がプロであざといのは理解している筈なのに、一瞬息を飲んで見入ってしまった事実をはぐらかして目を伏せた僕は、彼女の表情に左右される鼓動を悟られまいと水を一気に流し込む。


「本当?!じゃあ注文しちゃおっと」


 僕の心情など知る由もない彼女が呼び出しボタンを勢いよく押すと、店内の端に取り付けられた電光板にテーブル番号が表示される。


「なんかワクワクするね」


 口元に手を当ててニコニコと笑う彼女にドキドキしている僕は色々と気が気でない中、無難に「そうだな」とだけ答えて電光板を眺めた。


「お待たせ致しました、ご注文をお伺いします」


 元気のいい女性店員が120点満点の営業スマイルを張り付けてやってくると、ルナはお子様メニューに持ち替えてチラリと僕に視線を送る。


「えっと……コレとコレを1つづつ、ドリンクサラダバー付きで」


 堂々とセットメニューを店員に突き付けた彼女はさも当たり前のような澄まし顔で言い放つと、一瞬ピクリと眉を動かした店員は「かしこまりました」と微笑んだ。


「……ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」

「は、はい」


 まさか大人の我儘がこうもすんなり通るなんて思ってもみなかった僕は、拍子抜けして目を瞬きながらルナに目を遣ると、彼女もまた僕と同じように目を大きく見開いている。


「ドリンクとサラダは店内入口方面に御座います……で素敵なお時間をお過ごし下さい」


 深々と頭を下げて立ち去る店員を見送った僕らは、彼女が言い残した言葉に豆鉄砲を食らって苦笑いを零す。


「ねぇ、『ご家族』だって」

「ははっ……勘違いされてんな、コレ」


『夫婦』はおろか、『知り合い』と呼ぶにも烏滸がましいほど薄い付き合いの2人にピッタリな関係性は、きっと『悪友』ぐらいであろう──。それぞれが戯けてクスクスと笑うソレは、悪戯が成功した子供という形容が一番お似合いだった。


「あぁ、ヤバイ……面白すぎ」


 笑い過ぎて薄っすらと瞳が潤んだルナに「だな」と答えた僕は、それでも心の何処かで彼女と『家族』を思い描けてしまうことに苦笑いする。


 ──見ず知らずの店員さん、ナイスタイミングな誤解をありがとうございました。

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