#2

「それは……大丈夫なの?──色々と」


 彼女の申し出は舞い上がるほど嬉しいはずなのに、僕の口から出るのは臆病を入り混ぜたいつもの皮肉だった。


 愛想の良いルナの気遣いが、どうかすると痛い勘違いに結びつきそうな思考回路を冷静に保つ為、僕は彼女の言葉の意味を無難な方へ流して飲み込む。


「ウチも人を見る商売なの。今の提案は『お客さん』としてじゃなくて、『ひとりの人間同士』として会いたいだけ……ねぇ、お兄さんもそうでしょ?」


 どこか自信に満ち溢れた彼女の言の葉が、暗いデスクを色付けて僕の耳から脳味噌、眼窩へと駆け抜ける。


 ──『ひとりの人間同士として会いたい』


 そんなごく単純な理由は、どれほど僕を励ます糧になるというのだろう?


 まるで小学生が友達の家に遊びに行く時のようなフワフワした高揚感に突き動かされ反射的にガッツポーズを取った僕は、弾む声を抑えるように小さく生唾を飲んだ。


「まぁ、そんなとこかな……食べたいもん、ある?」

「食べたいもの?そうだなぁー、お子様ランチとか!」


 お子様にしてはえらくアダルトな仕事をこなすルナは、「オムライスとスパゲッティが一緒に乗ってるなんてサイコーだよねっ」と僕の返答も待たないまま、プレートの素晴らしさをノリノリで語ってゆく。


「ランチって時間じゃないでしょ……そもそも、子供がいないテーブルでオーダーできんの、ソレ」


 微笑ましさと呆れが同居したまま滑り出した声に「えぇーっ」と戯けたルナが反論し、電話口の向こうで楽しそうに笑う。


「じゃあ、2人で試してみようよ」


 2人だけの小さくてしょうもない秘密。


 まるで隠れ家にガラクタを持ち合わせる子供みたいな高鳴りに大きく笑った僕は、「いいよ」と即答した。


「そう来なくっちゃ!そういえば駅の横にファミレスができたらしいよ」

「あぁ……なんか後輩がどうこう言ってたな」

「美味しいのかな?」

「さぁ?」


 軽快な掛け合いに言葉が弾むたび、ルナと会える数分先が待ち遠しくて仕方ない僕の体が疲れを忘れたように動き出す。


「ソコ、行きたいな」


 えへへ……と砕けた様子の彼女の吐息が、スピーカーを通じて僕の鼓膜を擽る。


「分かった。何時にどこで会う?」

「うーん……ウチはすぐ動けるから、お兄さんの都合で良いよ」

「なら──30分後に、初めて会った場所で待ち合わせな」


 会社の窓から見える繁華街に目を向けた僕の瞳が捉えたのは、直近の中で一番幸せそうな顔をした自分の影が薄っすらと佇む夜景だった。

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