#7
添えられた手の温度が段々と僕の熱を奪って、ルナと馴染むように同じ温かさを共有してゆく。陽菜とは容姿から性格、生い立ちや笑い方まで正反対の彼女は、「お兄さんの話も聞きたいなぁ」と甘ったるい声で嫌味なく笑いかける。
「そんな大層な話じゃないよ……ただ」
平熱を縒り合わせたルナの手を解いた僕はどこから事情を話すべきか考えながら俯くと、ピピピピピ……ッと室内にアラーム音が鳴り響いた。
「ごめんなさい、時間になっちゃった。お兄さんの事を慰めるつもりが、丸っ切りウチの話で終わっちゃったね」
名残惜しそうに呟いた彼女がゆっくりとベットに並ぶ小さなサイドテーブルに手を伸ばし、備え付けの紙に付属のペンを走らせる。
「今日は楽しかった」
えへへ……と照れ臭そうに髪を掻き上げるルナは、先程書いていた紙を差し出しながら僕を上目遣いで見つめた。
「これは……」
徐に受け取った紙には「090」から始まる11桁の数字が小ぢんまりと書かれ、僕は思わず生唾を飲み込む。
「……流石に一夜限りの他人に電話番号を渡すのは危ないだろ」
「お兄さん面白いなぁ……その番号は仕事用だから。ウチらの商売は指名もあるんだけど、変な人も多いから気に入ったお客さんにはその場で電話番号を書いて渡すの。まぁ、名刺代わりと受け取って?」
「名刺……ね」
一気に体の力が抜けた僕は、安堵の中にどこか残念な気持ちが混じっている事を飲み込んで頭を掻くと、女性らしいコロンとした字体の数字に再び視線を落とす。
「そういえば風俗ハジメテだったっけ?……ウチだから笑い話だけど、他のお店に行って、そこのキャストに変な期待したらダメだよー?」
僕の心を見透かして揶揄うルナは楽しそうに立ち上がって僕の両肩に手を掛けると、雲が空を移るような静かさで顔を寄せて唇を重ねる。
「今日は何もしてないから、料金はサービスにしとくね」
彼女の言葉に驚いて反論しようとしても、有無を言わせぬように滑り込んだ舌が縺れ合って顔が熱くなってゆく。ふにゃふにゃと柔らかいルナの舌が優しく絡まるたびに頭の中が真っ白に染まってゆく僕は、今更初めてでも無い口付け如きに為す術もなく翻弄された。
「ふふっ、可愛い……ねぇ、お兄さんの名前は?」
「……吉岡 夏樹」
「ナツキさん、ね。また会えると嬉しいな」
絡んだ舌を解いて微笑む女神は妖艶で、それ以上に神秘的な雰囲気を漂わせて僕の名前をなぞると、僕をこの夜に引き摺り込んだ時みたいに手を引いて個室の扉へと案内する。
「おやすみ、お兄さん」
ルナが開け放ったその扉は、日常と幻想の境目を体現するようにぎこちない音を立てて開くと、相も変わらず疎ましい深夜の世界が僕を迎えた。
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