再会の守護竜
「でゅ、デュメルレイア様……」
「突然姿を消したお前を右へ左へ探し回り、いよいよ森を焼き払ってやろうかと考えた矢先に騒ぎを聞きつけ、もしやと思って駆け付けてみれば……!」
案の定と言うべきか、ルクシアを睨み付けるデュメルレイアは怒り心頭。足音荒くアーマードボアの頭から降り立ったかと思えば、座り込んだルクシアの胸倉を掴んで鼻先がぶつかる距離まで顔を近付けた。
「ルクシアッ!私はお前に絶対離れるなと言っていたはずだな!?それを一刻と経たぬ内に破るとはどういうつもりだ!弁明があるのならば言ってみろ!」
「も、申し訳ありませんデュメルレイア様っ!これには事情が……」
「言い訳をするなッ!この私にここまでの手間を掛けさせるとは不遜な奴め!いくら我がつがいだろうが容赦はせんぞ!歯を食いしばれ!」
「う、うわぁ……っ!」
めちゃくちゃ論理と共に拳を振り上げるデュメルレイアを前に、手痛い仕置きを覚悟したルクシアは瞳を閉じて全身を強張らせる。
しかし、ルクシアに与えられたのは制裁の一撃ではなかった。デュメルレイアの腕が背中に回されたかと思えば、導かれるがままに彼女の胸元へと誘われ、抱擁されていた。
「でゅ、デュメルレイア様……?」
「良かった……本当に無事で良かった。もしお前の身に何かあったら、私は……っ」
身体が密着して、ルクシアはデュメルレイアの身体が微かに震えていることに気付いた。結果的にはデュメルレイアの助けが間に合い、ルクシアは難を逃れることが出来たわけだが、最悪の結果になることも十分に有り得たのだ。ルクシアとの再会にデュメルレイアが安堵するのも当然であった。
「あ、あの……申し訳ありませんでした」
「…いや、謝るな。この状況を見れば、事情は概ね理解出来る。心優しいお前が見過ごすことなど出来るわけがあるまい」
ルクシアから身体を離し、デュメルレイアは安堵の笑みを浮かべながら彼の背後で縮こまっているミリアムへと視線を向ける。彼女の視線に気付いたか、ミリアムは怯えたようにルクシアの服を握り締めた。
「お、おにいちゃんを叱らないで。おにいちゃんは私を助けてくれたの」
「ああ、わかっている。だが、お前のような幼子がこのようなところにいるのは感心せんな。ルクシアへの説教の後、お前を親元へ送り届けてーーー」
「ブモォオオオーーーーーッ!!」
その時、完全にデュメルレイアによって居ないものとして扱われていたアーマードボアが立ち上がると共に怒りの咆哮を上げた。あと少しで獲物を狩れるというところを邪魔立てされたのだから、心穏やかでいられるはずもないだろう。
「あ……?」
だが、今回ばかりは相手が悪すぎた。デュメルレイアは先程までの笑みを消失させ、怒りの感情を露わにアーマードボアへと向き直った。
至近距離からデュメルレイアによる激しい怒りの矛先を向けられた瞬間、アーマードボアに訪れるのは心臓を鷲掴みにされたかのような緊張感と言い様のない恐怖。今更ながら自身がどれだけ恐ろしい相手に喧嘩を売ったのか自覚するも時既に遅く、伸ばされたデュメルレイアの腕がアーマードボアの眉間を防護する甲殻に押し当てられた。
「ぶ、ブモ……」
「やかましいぞ……肉が」
そう冷たく言い放った直後、デュメルレイアはアーマードボアの眉間を軽く小突いたーーーというのは本人の感覚。実際には轟音と共に砲撃を受けたと錯覚するほどの衝撃を受けたアーマードボアは弾かれたように吹き飛び、その遥か後方にあった土壁に叩きつけられていた。
自らの突進で壁に激突した時には何一つダメージを負うことのないアーマードボアだが、デュメルレイアの一撃によって完全に意識を飛ばしてしまっている。アーマードボアの制圧に成功したことを確認して、デュメルレイアは軽く拳に付いた土埃を払った。
「まったく、何処ぞのつがいのように余計な手間を掛けさせてくれる。ルクシア、お前への説教は後だ。まずは当初の目的地へと向かうぞ」
「わ、わかりました。ですが、まずはこの子を安全なところに送り届けた方が……」
「同じ事だ。我々が向かっているのは、その幼子が住まう集落なのだからな」
「え……っ!?」
ルクシアは驚いてミリアムへと視線を向ける。ミリアムは言うまでもなく魔族である。その彼女が暮らす集落ということは、他の住人達も魔族であるということに他ならない。
国境を侵し侵されるその度に多くの人々が殺され、連綿と積み重ねられてきた人間と魔族の関係は最悪の一言。その溝は海よりも深いとされている。そんな魔族達の集落に人間であるルクシアが足を踏み入れることは、無防備で野獣の巣に放り込まれることと同義であった。
「さて、そうと決まればさっさと出発するぞ。無用のトラブルで時間を浪費してしまった。まぁ、おかげでちょうど良い足が手に入ったわけだが。はっはっはっ」
「あ、あのっ、デュメルレイア様……!」
ルクシアの不安を他所に、笑いながら気絶したアーマードボアへと歩み寄っていくデュメルレイア。その背中を見つめながら、ルクシアは植え付けられた不安を拭いきれずにいた。
「おにいちゃん、大丈夫……?」
「ミリアムちゃん……ありがとう、僕は大丈夫だから心配しないで」
ルクシアの不安を感じ取ったのか、ミリアムが心配そうに彼の顔を見上げてくる。魔族達が皆ミリアムのように友好的であれば良いのだが、現実はそう優しくはないだろう。その時は、ミリアムだけを親元に送り届けて去った方が賢明か。
「ルクシア、何をしている。早くその幼子を連れてこちらに来い」
「あっ……わかりました。行こうか、ミリアムちゃん。ほら、僕の背中に乗って」
「うんっ」
ルクシアはミリアムを背負って立ち上がると、そのまま手を振るデュメルレイアの元へと向かって歩き出した。
(くすくす……)
「え……っ?」
その時、ルクシアの耳に聞こえてきたのは小さな小さな笑い声。周囲の木々の騒めきに紛れて、幼い子供のような声は幾重にも重なるようにして四方八方から響いてきた。
(見れなかったね、大きくて真っ赤な二つのお花)
(次はどうする?どうして遊ぶ?)
(イモムシ落とす?石ころ落とす?今度はガウガウ連れてくる?)
(目玉が欲しい。丸くてピカピカ、六つの目玉。繋げてキラキラ首飾り)
(ダメダメ、終わり。怖いの来たから、もうおしまい)
(残念、残念……)
(くすくす、くすくす……)
ルクシアが周囲を見渡している間に、まるで歌っているかのような声は少しずつ遠ざかっていき、遂には完全に聞こえなくなってしまった。
先程の声は一体何だったのか、呆然とするルクシアだったが、背中におぶさるミリアムの身体が微かに震えていることに気付いた。
「ミリアムちゃん……?」
「い、行こ、おにいちゃん。早く……っ」
「う、うん……」
何処か怯えている様子のミリアムに急かされ、ルクシアもまたこの場から逃げるようにデュメルレイアの元へ向かって足早に歩き出した。
追放王子の復興録〜僕と魔王と守護竜と〜 Phantom @_Fhantom_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。追放王子の復興録〜僕と魔王と守護竜と〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます