果たされる約束
「…守ってやるとも」
「えっ……?」
「これからは、私がお前を守ってやる。お前を苦しめ続ける罪、悪夢から私が守る。あの日交わしたお前との約束を、今こそ果たそうではないか」
それは、十年前に幼いルクシアがデュメルレイアと交わした約束であった。デュメルレイアがルクシアをあらゆる厄災から守護する代わりに、彼はデュメルレイアの孤独を埋める。埃を被っていた当時の記憶が鮮明にルクシアの脳裏に蘇る。
「…何故ですか、デュメルレイア様。僕に生きる資格なんて……」
「ある。無いはずがない。無いとは言わせん。この私が愛するお前が無価値などあるものか。約束を果たす以上、お前も私との約束を守れ。それとも……お前はこの私に、お前亡き後の世界を一人孤独に過ごせというのか?」
「そ、それは……」
デュメルレイアが何より孤独を恐れていることを、誰よりもルクシアは知っている。自分が死んでしまえば、彼女の本心を知る者は誰一人いなくなってしまう。それは半永久的な時を生きるデュメルレイアにとって死よりも辛いことだろう。
そんな彼女を置き去りにすることは出来ない。ルクシアの中で生と死をそれぞれ願う意思が衝突する。そのせめぎ合いの最中、デュメルレイアはルクシアを抱きしめる。強く、強く。まるで、自身の存在をルクシアに伝えるように。
「仮に世界中の者達がお前の死を願っていたとしても、私にはお前が必要だ。だからお前は、私のために生きろ。いや……私のためにも、どうか生きてはもらえないか?お前がこれまで虐げられた分、私がそれ以上の愛を注いでやろうではないか」
「あ……ああ……」
「だから……生きろ、ルクシア。私の……愛しきつがいよ」
こんな自分に生きろと、愛していると言ってくれる人がいる。周囲の悪意に晒され続け、絶望感によって塗り潰された生を頑なに拒絶するルクシアの意思に亀裂が入り、そして砕けた。
「う、ぁ……ああぁ……っ」
気付けば、ルクシアは大粒の涙を流しながらデュメルレイアに抱き付いていた。彼の嗚咽が狭い洞窟の中に反響し、声を抑えるようにデュメルレイアの胸に顔を埋める。そんなルクシアを落ち着かせるように、デュメルレイアは彼の涙を受け止めながら優しく頭を撫でていた。
「それでいい……ルクシア。私の前では、何一つ取り繕う必要は無い。私はお前のつがいなのだからな。愛しているぞ……ルクシア」
デュメルレイアの優しい囁きと温かさ。それに触れたことで少しずつ落ち着きを取り戻していったか、泣きじゃくるルクシアの嗚咽はいつの間にか静かな寝息へと変わっていた。
「すぅ……すぅ……」
「ふふっ……気の済むまで泣いたかと思えば、もう眠ってしまったのか。まるで赤子のようだな。多少成長したかと思ったが、まだまだ子供ということか」
今日はルクシアにとって波乱の一日であったことを考えれば、ここで力尽きるのも納得か。デュメルレイアは眠るルクシアの身体が冷えないように身体を密着させる。
「…眠れ、ルクシア。お前に対する悪意など、この私が近付けてなるものか」
穢れを知らぬ無垢な寝顔。そんな彼が国中の者達から恨みを買っているなど誰が想像出来るだろう。ルクシアの寝顔を見下ろし、デュメルレイアはその無防備な額に口付けを落とす。
小さな洞窟に、虫の音に混ざってルクシアの静かな寝息が響く。懐のルクシアの存在を感じながら、デュメルレイアはおもむろに外へと顔を向けた。
デュメルレイアにとって、ルクシアを外敵から守ることは容易なことであった。だが、いつまでも彼を安全な籠の中で過ごさせるわけにはいかない。何より、自身が生きる理由を求めているルクシアには、彼を取り巻く新たな環境が必要だ。
そして、デュメルレイアには一つだけ心当たりがあった。しかし、その表情を窺う限り、あまり乗り気ではないらしい。未だ迷っているのか、難しい顔をしながら近くの地面を睨み付けている。
「気は進まんが……仕方あるまい。アレを訪ねてみるとするか」
今は彼女自身の意見より、ルクシアの事が何より優先される。それには永らく見守ってきた王都から離れることになるが、多少名残惜しくも未練は無い。それに、既に決別の意思は伝えてある。
「…しかし、よもやここまでアレの策略通りに進むとはな」
ここまでは概ね予定通り。この先はルクシア自身が厳しい判断を迫られることもあるだろう。自分はそれを見届け、支えるだけだ。
何より、今回大きな選択を決断した者は別にいる。その人物の顔を思い浮かべながら、デュメルレイアはポツリと呟いた。
「…これがお前の選択なのだな。なぁ……ヴァルゼンよ……」
消え入るようなデュメルレイアの呟きは深い夜の闇に溶けて、紡がれたその名を聞く者は誰もいなかった。
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