右眼で見る真実(厳島瞳)


クラスに一人。もしくは学校に一人、アイドル的な存在っているじゃないですか。ラノベで良く見る設定ですよね。


 でも実際に――しかも自分が、その立場になったら。正直、鬱陶しいという言葉しか出てきません。ココでラノベなら主人公君が、抵抗感なく距離を埋めてくれるワケですが。現実、そんなに上手くいくワケがなく。


(……いえ、そういう意味では――)


 高校入試の集団面接で、ガチガチに固まった私に「メガネを交換しない?」そんなフザけたことを言ってきたのが、伊丹蓮司君でした。


 思わず、苦笑が漏れて――力が抜けた。

 視線を向ければ、蓮司君も、指先が震えているのが見えた。そうか、彼も緊張していたのか。そう思うと、つい「ふふっ」と笑みが溢れてしまった。


 周りの男の子達は、自分のことしか考えない。そんな子達にチヤホヤされても全然、嬉しくなかった。


 だけど君は――。


 この状況で、私を気遣ってくれた。優等生なんて言われても、本番で実力を発揮できなかったら凡人だ。本当の主人公は、君のような人のことを言うんだ。


(一緒に入学できたら良いなぁ……)

 集団面接で君の横顔を伺いながら、そんなことを思った。





■■■





「ねぇ、瞳?」


 親友のえにしが私に声をかけるが、正直、今は邪魔をしないで欲しいと思う。


 あぁ、蓮司君は今日も格好良い。本当に、君は主人公だって思う。どうしたら、もっと彼と話すことができるんだろう。


 去年も同じクラスだったのに、結局まともに話せなかった。日直だって、一緒に取り組んだのに。席替えをした時の絶望感。どれだけ、先生を呪い殺そうと思ったか。


 でも、結局は、目が悪い二人は、席を交換してもらい、隣同士だった。

 男子が、怨嗟の声をあげたが、気にしない。


 ――あんた達、あれはね。もう、無理ゲーだから、諦めなって。

 ――俺らのお嬢様がっ!

 ――はいはい。馬に蹴られるよりマシでしょ?


 あの時も、縁が何かを言っていたが、気にならなかった。そんなことより、私の主人公君だ。彼は、奥深く遠慮がちだ。でも、私からガツガツ行くのは嫌われそうで、イヤだ。できたら、蓮司君から声をかけてもらって――。


 そうしたら、私…… きっと歯止め、利かない気がする。


 伊丹君――なんて、他人行儀は、本当はもうイヤだ。

 蓮君って、呼びたい。


 蓮君が甘えてくれたら、毎日でもお弁当作ってあげるのに。

 ほら、男の子の胃袋をまず掴むべし、って御婆様も言っていたし。


 みだりに「好き」という言葉を紡ぐものじゃない――これも御婆様の教え。


 お淑やかに、さり気なく。

 それでいて、常に鮮やかで。


 そんな華であれ。


 以前の私は、その意味が分からなかった。

 でも、今なら。何となく、理解できる。


 蓮君だけの華になりたい。

 あなたに、匂いを嗅ぎ取って欲しい。


 少しの変化を。

 ちょっと成長した私を。


 そうしたら、私の蜜をあなたにあげたい。ほら、ダメだ。やっぱり、考え出したら蓮君のことで頭がいっぱいになっちゃって――。



「ねぇ、瞳? あんたの気持ちは分かっているつもりだけれどさ。どう見ても、嫌悪感マックスで、睨んでいるようにしか、私には見えないけど?」


 なんですって?

 私は、一気に現実に引き戻された。






■■■





 お気に入りの眼鏡が割れたのは、素直になれない私への罰なんだろうか。

 眼鏡がないと自信がもてない。


 だって、蓮君にどう思われているのか。

 その表情すら見えない。


(嫌われた――)


 なにが、お嬢様だ。なにが優等生か。そうやってチヤホヤされて、良い気になっていたのは私だ。それなのに……。

 ぽふっ。


(え……?)


 気付けば、蓮君の胸に私は飛び込んでいた。


「あ、あの、厳島さん……」


蓮君にその名字で呼ばれるのは嫌いだ。だって、私をとても遠くに見ている気がするから。友達としてすら、見てもらえていない。そんな気がするのだ。


(ズルい――)


 ズルいよ。

 そんな感情がこみあげる。。


 他の子には、その笑顔をあっさりと、溢すくせに。私には全然、見せてくれない。あなたが、私から視力を奪ったんじゃない。


 この広い世界で。

 私は蓮君しか見えない。


 今もぼやっとして――。

 無意識に背伸びをした。


 蓮君の輪郭が見える。

 もっと、背伸びをする。もっと、蓮君に近づく。蓮君の綺麗な目が、見えた。


(なんだ、こんなに簡単だったんだ)


 近眼なんだもん。もっと、近くから見たら。それだけで良かったんだ。


(そんな、はしたない! 嫌われ――)


 嫌う?

 誰が?


 私の主人公が?


 ちゃんと、見るの。恥ずかしがって、目を逸らすけれど。蓮君は拒絶なんか、絶対にしないよ?


 するワケないじゃん。

 拒絶するんだったら、そもそも集団面接の前に、私に助け船なんか出していない。


 だから、蓮君の腕に抱きつく。

 やっぱり、拒絶しない。


 私は幸せで満たされていた。


 以前、ギャル系のクラスメートが、蓮君をからかった時がった。必死に抵抗をした蓮君。もちろん、彼女達は私のブラックリストに載せたけれどね。


 あの時とは全然、蓮君の反応が違う。

 だから――私は、今とても満たされていた。




■■■





「あ、あのね? 厳島さん?」

「……私、何度かお願いしたんですけどね。蓮司君、ちゃんと名前で呼んでもらえませんか?」


 私は今、きっと満面の笑顔を溢していると思う。


 1年間――違う、受験の時から考えたら、もっと。

 この感情をため込んでいたんだ。


 いきつけの眼鏡屋さんで、眼鏡を選びながら。

 ここは、我が家の御用達。

 きっと、パパにもバレちゃうと思うけれど。


「あの、厳島さん、距離がちょっと近いかと――」

「瞳、です」

「あ、あの、今はそういう場合じゃ……いつくしま、さ――」

「私の名前は、瞳です」


 そう私が言うと、蓮君は困惑した顔を浮かべる。でも、拒絶じゃない。かなりワガママを言っている自覚はある。それでも、許容してくれる彼は本当に懐が広い。でも、そろそろ困らせるのは、止めにしておかないと――。


「瞳、さん……」


 まさかの言葉が、私の鼓膜を震わせた。彼は、優しい。本当に優しすぎる。誰も彼にも優しいのが、たまに疵だけれど。


 優しくするのは、私だけにして欲しい。今はかろうじて目立っていないけれど、変な勘違いをする子がいてもおかしくない。


「嬉しい」


 漏れた言葉。

 それは私の本心だった。


「だって、嬉しいに決まってるじゃないですか。遠慮なく、名前で呼んでもらえたんですから」

「そ、そうだね……と、友達なら。それは、まぁ……当たり前だよね……?」


 ぴしり。

 私の中の何かが、凍りついた。


 ふぅん。

 そういうこと、言っちゃうんだ?


 蓮君、そういうトコ、意地悪だよ?


 あぁ、私は今、あからさまに不機嫌だ。

 そして、上機嫌だ。


 そんな、ワルいことを言う蓮君は許してあげない。そして、絶対に離してあげないんだから。


 良いけどね?

 結婚を前提に、お友だちからって意味だよね?

 1年待ったんだもん。もう少し待つくらい、なんでもないからね。


(ねぇ、蓮君?)


 このお店、蓮君も行きつけだったんでしょ?

 調整用メガネをかけた時に、蓮君と同じフレームは確認済み。


(蓮君?)


 このお店でね、パパはママにプロポーズしたの。


 ――僕と同じ世界を一緒に見てください。

 って。


 同じフレームのメガネと。それから婚約指輪を渡して。

 指輪は、今はらない。

 蓮君が、私だけ見てくれたらそれで良いから。


 と、蓮君の視線が揺れる。

 見ていたのは――。


「こちらですか?」


 店員さんが、声をかけてくれた。良いお仕事。完全に、シナリオ通り。


「お二人なら、同じ色でも似合いそうですね?」

「え?」

「はい!」


 完全な混声不協和音。今はそれで良い――。


 私は、フレームをかけてみる。

 レンズが入っていないから、当たり前だけれど、視界はボヤける。でも、何度もイメージトレーニングしたから。どんな容貌かだなんて、目を閉じていても分かる。


「ねぇ、厳島さ――」

「……」


 この後に及んで、蓮君は名字読み。そんな悪い人には、お返事してあげないんだから。


「あ、あの。瞳さん……?」

「はい、蓮司君! どうです?」  


 私って単純だ。名前を呼ばれただけで、こんなに満たされる。蓮君と同じフレームをかけているというだけで――。


「あ、あの……可愛い……です」


 ポロリと漏れた蓮君の本音。ズルい……。このタイミングで、そういうこと言うの、本当にズルい。どうしよう、ずっと言われたかった言葉が響いて。私は今、泣きそうです。でも、鳴くのは違うと思うから満面の笑顔を浮かべてみせる。


「嬉しいです」


 なんとか、言えた。

 蓮君に向かって微笑む。


 もっと早く、こうしておけば良かった。

 私は、ボヤけた視界に、逆に勇気をもらう。

 見えにくいなら。むしろ、一歩踏み込んだ方が良い。


(蓮君?)


 あのね、私――。

 こう見えてもお嬢様なの。


 パパは、欲しいものなんでもプレゼントするって、いつもそう言ってくれたの。

 でも、欲しいものなんてなかった。


 ――今まで、は。


「最初から、こうしておけば良かった」


 私はもう一歩、踏み込む。

 メガネがない分、大胆に行動できる。


 行動して分かった。

 一歩踏み込むって、実はそんなにたいしたことない。だって、こんなに近かったら。蓮君の顔がしっかり見えるんだもん。



「遠くから、目をこらして見るくらいなら。もっと、勇気を出して覗きこめば良かったんだって、今さら思ったの」


 踏み込む。両手を背中に回して。

 はしたない、って言わないでね?

 私、今……手加減なんてできないから?





 私、蓮君が欲しい。

 蓮君の全部が欲しい。




 だから、厳島グループの総力を挙げて。

 蓮君。

 あなたを、もらうから――。





「まずは、お友達からはじめましょう?」





【あと少しだけ続きます】

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