【KAC20248】Left & Right ~両目でようやく視える二人の真実~

尾岡れき

左目で見る真実(伊丹蓮司)


 ほら、クラスに一人……もしくは学校に一人はさ、アイドル的な存在っているじゃん? ラノベでよくある設定だよね。


 でも、現実はそんなに上手い話なんかあるワケないから。


 例えば、目の前にいる厳島瞳いつくしまひとみさん。黒髪のメガネ女子。清楚を絵に描いたような社長令嬢で、男女ともに人気がある。そんな彼女だが、僕にだけはやけに厳しかった。


 彼女とは、高校受験の時、集団面接で一緒のグループだった。


 お互い、緊張ですっかり固まってしまっていたのだ。

 その土壇場で、僕らはメガネを交換したんだ。


 何をやって――って、思うでしょ?

 うん、僕もそう思う。


 メガネのレンズの度は当然、合わない。それが良かったんだ。試験官のカオがよく見えない。だから、意識することなく上手く乗り切ることができた。


 試験後に、二人でハイタッチをしたっけ。

 きっと高校でも仲良くできる、そう思っていたんだけれど。


(そう上手くはいかないよ、ね)


 小さく、ため息が漏れる。

 まぁ、僕は地味なりに高校生活をエンジョイしている。


 でも、彼女は別格だ。

 誰もが、彼女に目を向けてしまう。そんなカリスマ性が彼女にはあった。


伊丹いたみ君、手が止まってますよ」


 そう言われて、また作業を開始した。つい考え込んでしまったらしい。


 今回の日直は、学級スローガンや委員会担当表の張り替えを任されてしまった。2年連続、と同じクラス。幸運と喜ぶべきなんだろうけど、気付けば何故かいつも彼女に睨まれていた。


 何か嫌われることをしたんだろうかと、思い巡らしても心当たりは何一つない。

 何か会話をと思えば、目を逸らされてしまう。


 結果、僕はお嬢様から生理的に受け付けない存在――そう思うことにした。


 あの時、喜んでくれたように思ったけれど。むしろセクハラのように感じていたのかもしれない。


「伊丹君、あの――」


 珍しい。お嬢様から僕に話しかけるなんて。僕が、彼女に視線を向けた瞬間だった。

 教壇から、お嬢様が足を滑らせる。


(え?)


 まるで、スローモーション。

 ゆっくりに見えた。


 僕は慌てて、厳島さんを支えようとして――支えきれず、黒板にしたたかに背中を打つ。


「伊丹君?!」


 厳島さんが、悲鳴にも近い声を上げたかと思えば――。


(え? え?)


 彼女が、なぜか僕に抱きついてきた。

 反動で――厳島さんのメガネが飛ぶ。


 甲高い音をたてて。

 メガネのレンズが割れる音が響いた。






■■■






「あの、厳島さん?」

「なんでしょう、蓮司れんじ君?」


 名前を呼ばれて、ドキリとするが、今はそれどころじゃない。裸眼視力0,01の厳島さんを放っておけなかった僕は、嫌われていても仕方がないと――メガネ屋さんにお付き合いすることにしたのだ。


 それは良い。


 眼鏡使用者メガラーが眼鏡をなくせば。それは、羽根をもがれた鳥にも等しい。それは、同じ眼鏡使用者メガラーとして、重々理解している。


 あ、眼鏡使用者メガラーはあくまで僕が考えた造語だ。著作権は、主張しないから、どうぞご自由に活用してくれたまえ――って、現実逃避をしている場合じゃなかった。


「あ、あのね? 厳島さん?」

「……私、何度かお願いしたんですけどね。連子君、ちゃんと名前で呼んでもらえませんか?」


 なんですって? いや、それより、今のこの体勢がよろしくない。厳島さんは、なぜか僕の腕に抱き枕よろしく、しがみついてくるの?


 ショップ店員の皆さん、微笑ましく見ないで。そこで、ほっこりしないで!


「あの、厳島さん、距離がちょっと近いかと――」


「瞳、です」

「あ、あの、今はそういう場合じゃ……いつくしま、さ――」

「私の名前は、瞳です」


 いや、知ってるよ?

 知ってるけれど――。

 ……頑固だ。

 厳島さん、頑固すぎませんか?


 日直の業務を一緒に取り組んでいたから、もう知っていたけれど。厳島さんはちょっと頑固なところがある。一度決めたら、なかなか曲げてくれないのだ。


 でも、それよりも。

 何よりも。


(……あまりに、ゼロ距離すぎませんか?)


 これも知っていたコトだけれど、厳島さんは着痩せする。体育の時間につい目が向けてしまうのは、男子高校生として当然の反応すぎて――そういう目で見ないようにに、僕は必死なのだ。


 今、こうしている瞬間も、二の腕に。その、女の子の柔らかな存在が――あ、ダメだ。意識しちゃう。本能よ、今はどうか立ち上がらないで。煩悩よ静まれ。理性よ、今すぐ舞い戻れ。


「瞳、さん……」


 なんとか、声を絞り出して言えた。

 ぱぁっと、その瞬間。厳島さんに笑顔が咲く。


(……え?)


 学校で友人達と関わる光景を目にしても、こんな笑顔を見たことなんてなかった。思わず、見惚れてしまう。


「嬉しい」

「え?」


 今までの塩対応とのギャップに、つい戸惑ってしまった。


「だって、嬉しいに決まってるじゃないですか。遠慮なく、名前で呼んでもらえたんですから」

「そ、そうだね……と、友達なら。それは、まぁ……当たり前だよね……?」


 視界がぐるぐると回りそうで。どさくさに紛れて、友達なんて言ってしまった。あまりに図々しいと思ってしまう。


 厳島さんが、不機嫌そうな表情を浮かべるのも当然と言えた。


「そんなつまらないことを言う蓮司君には、重大任務を託します」

「へ?」


 僕は目をパチクリさせるしかない。


「私のメガネを選んでくれますよね?」


 にっこり笑って、彼女はそんなことを言う。

 彼女の真意が分からない。


 なんで、そうなった?

 どうして、こうなった?


 視線を向ける。


(分からない――)


 ライトノベルなら、伏線があると思うけれど。この展開に伏線は存在しなかったように思う。唐突すぎて、本当にどうして良いのか分からない。


 目を向けると――。

 僕が使っているのと、同じ縁なしのフレームに目がとまる。


「こちらですか?」

「へ?」


 店員さんに声をかけられて、僕は本日、最大級の間抜けな顔を晒したように思う。


「お二人なら、同じ色でも似合いそうですね?」

「え?」

「はい!」


 完全な混声不協和音。同じフレーム、同じ色? え? え? え?


 ねぇ、それってさ?

 世間で言うところの、ペアルックって言わない?


「ねぇ、厳島さ――」

「……」


 無視? どうして?!


「あ、あの。瞳さん……?」

「はい、蓮司君! どうです?」


 そう言って、フレームを――俺と同じフレームをかけてみせる。

 メガネって、フレームを変えるだけで、その人の印象がガラリと変わる。


 清楚ってイメージの厳島さんだったけれど。このフレームに代えると、年齢相応な女子高生に見えるから不思議だった。


「あ、あの……可愛い……です」


 ポロリと漏れたのは、僕の本音。


「嬉しいです」


 これ以上ない笑顔を見たと思っていたのに。

 それ以上――特級の笑顔を見てしまった僕は、フリーズしてしまう。


「出来上がるまで、1週間はかかりますが、大丈夫ですか?」


 心配そうに店員さんが声をかけてきた。そりゃそうか。レンズを取り寄せてからの作業になるのだ。


 まして薄型レンズに加工して、ブルーライトカットもオーダー。それぐらいの時間は当然、かかってしまう。


「はい。家に予備はありますから。ちょっと度が落ちてきたから、登下校が怖かったんですけれどね……蓮司君がいるから、大丈夫です!」


「そっかぁ。良い彼氏さんが居てくれて、良かったね」

「彼氏?」


 キョロキョロしてみるが、今のこの時間。店内には、僕らしかいなかった。

 と、厳島さんが僕の顔を覗きこむ。


(近い、近い、近い近い――)


 鼻先と鼻先がくっつくらいに、二人の距離は近かった。


「だって、ね? これくらい近くないと、蓮司君の顔がよく見えないから」


 クスリと微笑む。


「最初から、こうしておけば良かった」


 厳島さんが、満面の笑顔を咲かせる。咲かせ続ける。


「遠くから、目をこらして見るくらいなら。もっと、勇気を出して覗きこめば良かったんだって、今さら思ったの」


 そう言いながら厳島さんは、僕の背中に両手を回したのだった。






【後編に続く】

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