視
零
第1話
その時の俺はヤキが回っていたとしか思えない。
「それで、どうなんですか?」
「んー、」
彼女は俺の手を見つめたまま唸るだけで明確な答えを寄越さない。
俺はだんだんイライラしてきた。
「悪くは、無いんですけどねぇ」
何がだ、と、心の中でつぶやく。
そんな俺をよそに、彼女は度の強そうな眼鏡の位置を直してテーブルに積んであった何かの書物を広げ、めくりだした。
演出用のインテリアじゃなかったんだと初めて気づいた。
正直、外したかなと思った。
そもそもこんなものに頼ろうとすること自体がまったくもって自分らしくない。
こんなもの。
そういっては失礼なのだろうけれど。
俺がどこにいるかと言えば、所謂占いの館というものだ。
館と言っても店舗は小さくて、占い師も一人しかいなかった。
店内のポスターを見る限り他の日なら他の占い師もいるようだったが、あいにく今日は一人だけだった。
着ている服も全然占い師っぽくない。
黒いベールも被ってないし、宝石もじゃらじゃらつけてはいない。
どこにでもいそうな、ちょっと内気な若い女性という感じだ。
普段からこういう店を使うわけじゃないから、これが普通なのかどうかは分からない。
あくまでも素人考えだが、もっとこう。
「すみません。ズバリ言えない占い師なんです」
コチラの心を見透かしたかのような発言にどきりとする。
のらりくらりと言葉を濁してはいるが本当はなんか見えてるんじゃないかと疑いたくなる。
「じゃあ、結局俺はどうすればいいんだよ。何かしらほら、アドバイスとかさぁ」
自然に声が少しきつくなる。
収穫なしでは帰りたくない。
何故なら。
「お金、払ってますもんねぇ」
へらへらと笑ってそう言う。
下手をすれば怒られかねない態度だと思うのだが、なぜか腹は立たなかった。
「逆に、あなたはどういう未来をお望みです?」
彼女は俯き加減から目線だけ上げてきた。
俺も眼鏡をしているから分かるが、その見方をすると、眼鏡から視線は外れる。
つまり、正確な像は結ばない。
「どう、って、」
「お金はどのくらい欲しいです?どんな仕事をしていたらいいと思います?どんな人間関係の中にいたいです?」
「それは、」
口ごもった。
すぐには思い浮かばない。
その辺に関しては漠然と、うまくいったらいいという気持ちだけがある。
「では、5年後、10年後、あなたが一緒に居たいと思う人は?」
ぎくり、とした。
本当に聞きたかったことはそれだ。
恋人と喧嘩した。
それも結構派手に。
このまま別れてしまった方が良いんじゃないかと思うほど。
確かに、俺のプライドを守るためにはその方が良いんだろう。
でも。
「はい。どれか一枚選んでください」
いつの間にか、目の前にはカードが扇形に並べられていた。
「タロット?」
占いのカードと言えばタロット。
そのくらいの知識はある。
けど。
「残念。違います」
彼女はそう言ってからからと笑った。
眼鏡の奥で、彼女の瞳が嬉しそうに揺らいでいる。
俺は何故かそれから目が離せなくなり、そのままで一枚を選び取った。
「めくってください」
彼女に促されて俺はカードの表面を見た。
そこには、
「何も書かれてないぞ」
そう言うと、彼女はカードを裏返して置くように身振り手振りで伝えてきた。
俺がその通りにすると、俺の手を取って、カードの上に翳した。
「ではね。あなたがさきほど思い浮かべた人をもう一度思い浮かべて」
俺はぼんやりした頭で恋人のことを思い浮かべた。
すると、カードがパンと音を立ててひっくり返った。
そこには一つのシルエットが描かれていた。
カメオのような。
「あ、」
それが自分の恋人であると俺は瞬時に思った。
「それが、あなたの運命の相手です。よりを戻した方が良いですよ。決して離してはいけません」
彼女がとうとうとそう言った。
けれど、あまりにもそれまでの彼女の発言と違いすぎて逆に嘘くさい。
俺は吹き出してしまった。
「と、言われたら、よりを戻すんですか?」
彼女が静かに微笑みながら言った。
「逆に、別れた方がいい、と言われたら、別れるんですか?」
全く同じトーンで真逆のことを言ってくる。
「いいや、」
俺はそう答えた。
決めるのは、俺だ。
「そう言うと思いました」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「あんたさ」
「はい」
「占い師、向いてないんじゃないか?」
「そう思います?」
「だって、占いなんかいらないって言ってるようなもんじゃないか」
ふふ、と、彼女は笑って眼鏡をはずした。
裸眼の彼女の瞳は黒に深い青が映って、夜空のように美しかった。
「うん。ごめん。できるだけ早く、会いたいんだ。うん。会って話したい。うん。どうしても」
俺はどうにか恋人と会う約束を取り付けた。
会わなきゃだめだ。
会って伝えなきゃ。
俺も、彼女に倣って、眼鏡をはずして。
どんなに都合が悪くても、どんなに無様でも、そのままの俺を言葉にするんだ。
視 零 @reimitsuki
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