めがね

桃山台学

タカキの眼鏡

 神社の境内に、いつもの市が立っている。市といってもいわば我楽多市のたぐいであって、あやしげな古道具が売られている。鳥居をくぐると、いつものように、「緑の老人」が店を広げているのが目に入った。


「緑の老人」というのは、ぼくがつけたあだ名であって、老人が緑色の髪の毛をしているわけではない。なんとなく、イメージが緑っぽいのだ。店といっても、緑のビニールシートを敷いた上にあやしげなガラクタを並べているだけなのだけれど、いつも、なぜか気になって店に立ち寄ってしまう。


-どうした、何か悩みがあるように見受けられるがの。

緑の老人が声をかけてきた。

―わかりますか。

―まあ、おまえさんがこの店に立ち寄る時は、だいたい悩みがあるときだ。それ以前に、おまえさんは悩みがあるとこちらの神社にお参りにくるでの。わからいでか。


 なんだ、そんなことか、とシャーロックホームズの種明かしを聞いたときのワトソン博士のような気分になる。

―それで、今回はどうした? 恋の悩みじゃろ。

―選べ、ないんです。

―アイドルの押しを48人の中からか?

と軽く老人はボケてくれる。

―女性が信じられなくなって。


 老人が出してくれたいつもの古びた青磁に入った白湯を飲んでいるうちに、これもいつものように、話し出してしまう。魔法の湯なのかもしれない。あるいは、魔法の青磁の器のせいかもしれない。

 気になる女性が3人もいるのだが、誰にアプローチをしていいのかわからない。以前にのぼせあがった彼女が二股どころか三股をかけていて、しかも自分が第三候補だったというあのショックから立ち直れていないんだ。


 ―じゃあ、これがおすすめでの。たかき、というめがねでの。

と出してくれたのは、古びたべっこうの眼鏡だった。今の時代にべっこうのメガネフレームは勇気がいるが、緑の老人のお薦めである。

―めがねにかなう、という通り、このめがねを通して彼女たちを見てごらん。何かわかるはずだでの。「た」のほうを選ぶがよいらしいぞ。

 

 タカキ? 高木という人の作品なのだろうか。まあいい、と思い、これもいつものことだが、さいふから何枚かの札が消えて、そのめがねを手に入れたのだった。


 彼女たちが揃っているときに、かけてみた。むこうからは気づかれない場所から、なんだかストーカーみたいではあったが。

 なんと、そこに見えたのは顔がタヌキとキツネになった彼女たちであった。キツネが2人、タヌキが1人。そうか、「た」か「き」というのは、「タヌキ」か「キツネ」ということだったのか。


 タヌキの彼女にアプローチをして、つきあいはじめている。どうなるかわからないが、まあ、いまのところはうまくいっているところをみると、これもめがねのおかげかもしれない。


 緑の老人のところに、散歩がてらに寄ってお礼をいうと、すこしはにかむようにして、こういった。

―どちらにしても、ばかされんようにな。女はこわいでな。女にだまされんようになる道具があるが、どうかな。ほれ、このダマスカス産のココナツミルクなんじゃが。

 そういわれたが、今回はやめることにした。


 だまされているほうが、幸せってことも、あるじゃないか。


                                    了 


 


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めがね 桃山台学 @momoyamadai-manabu

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