その辺に置いといてくれ。荷物も一緒に

 結果から言うと、想定外の規模の大きさはあったものの、それ以外はイリスの作戦通りになった。


 山から流れてきた水は計算通り新しくできたクレーターに流れ込み、村が水害に遭うことはなくなった。何ヶ月か――あるいは何年かするとそこは大きな湖になり、村人にとって貴重な水源となるだろう。


 そこまで水が溢れるのか、湖がいっぱいになったらどうするのか、それを今考えても始まらないので考えないことにする。


 畑が削られる形になった農民の男性は困った顔をしながらも村が水浸しにならなくてよかったと笑って許してくれた。困った顔をしていたけれども。


 そして今。予定よりも数時間遅れたが、隣町への定期馬車が発とうとしている。この時間に出ればギリギリ日暮れまでには隣町まで行けるということだ。


「勇者さん、どうします?」

 村人の中でも一際体格のいい若い男性がデルフィニウムをかついで馬車の近くまで運んでくれた。十歳児程度の体力しかないイリスにはとてもできない芸当だ。


「ああ、その辺に置いといてくれ。荷物も一緒に」


 イリスの指示に、男性は「よっこらしょ」と無造作にデルフィニウムを馬車の荷台に下ろした。ドスンという大きな音がして乱暴に荷台に下ろされたが、魔力切れを起こして眠っているデルフィニウムは目覚めることなくむにゃむにゃと何事か寝言を言っている。おそらく、隣町に着く頃には目覚めるだろう。


「それじゃ、デルフィこいつは借りていくぜ。じゃあな」

 出迎えに来た何人かの村人に挨拶する頃、御者が馬車を動かし始めた。馬車は広場から村を出て森の中に入っていく。


 ガタガタと荷馬車に揺られながら早春の木漏れ日を浴びていると、イリスでなくても眠たくなってくる。そんな心地よさに抗うことなくイリスは瞼を閉じた。


 こんな風に暢気に昼寝していていられる日を毎日続けられるようになるためにイリスはかつての仲間とともに山道を進んでいく。

 目指すは『カテドラル』が屹立する聖都ペイントン。


 決行まであと二十五日。

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