そなたらは帝国軍の誇りであり、リリム陛下の誇りである

今のわたしと同等レベルに強くなっていただきます

 時は少し遡る――




「ではの、リリムたん、皆よ。三十日後に会おう」

 イリスをかついだルーヴェンディウスが孤島から飛び去っていったのを見送ったリリムは、残りの二人――フェンとメリアの方に向き直った。


「さて、時間がありません。三十日以内にあなた方は今のわたしと同等レベルに強くなっていただきます」

「おぉ、リリムさまと同じ……。ぼく、がんばる!」

 リリムの言葉に目を輝かせるフェン。


「あなたと同じということはつまり、事が成った暁には私があなたを倒すこともできる、ということですね」

 そして、鋭くリリムを睨みつけるメリア。西大陸の価値観では東大陸の魔王リリムは打倒すべき存在であり、正義マニアとよく言われるメリアからすると不倶戴天の敵といえた。


「ふふ、二人ともやる気満々ですね。その調子です」

 対するリリムはメリアの敵対的な視線にも全く動じず、いつもの笑顔で応えている。


「ぜひ、今のわたしを倒せるほどに強くなってください。最低でもそれくらい強くなってもらわないと“神”の打倒はなりません。でも――」

 リリムの表情かおは相変わらず笑顔だった。ただし、それは不敵な笑みに変わっていた。


「三十日間でわたしはもっと強くなりますけどね」




 ルーヴェンディウス達が島を去ってからすぐ、三人の訓練レベリングが始められた。


 相手は“神”だ。イリスの計画はあるにはあるが、万一のイレギュラーを考え、戦力の底上げをはかる。それは成功の確率向上に直結する。


訓練レベリングのメニューに関してですが……」

 リリムは正面に立つ二人を見た。


 メリアとフェン。人種も出身地も身長も異なる二人だが、リリムの見立てでは実力は拮抗していた。

 しかし、リリムの与えた課題は正反対といえた。


「まずは、メリアさん」

「よろしくお願いします」

 メリアがリリムに頭を下げた。相手が倒すべき魔王であっても教えを請う以上、礼は尽くすのがメリアの正義である。


「まず、あなたの力量を見ます。全力で打ち込んできてくだ――」

 リリムが言い終わるよりも前に、メリアは鞘にしまっていた彼女の愛剣『泉の女神』を抜いた。


「死にさらせやクソ魔王――――ッ」

 剣を抜いて人格が変わったメリアが目にも止まらぬ速さでリリムの脳天をたたき割らんと剣を振り下ろした。剣は中程から折れているが、それがメリアの動きをより一層速くしている。


 しかし、『泉の女神』は持ち主メリアの意図通りには動かなかった。

 リリムがその折れた剣を右手の親指と人差し指で摘まんだのだ。


「クソッタレ! 離せ! 離しやがれ!」

 狂戦士と化したメリアが力いっぱい引き抜こうとするが、愛剣はびくとも動かない。それどころか――


「ならば、お望みのままに」

 そう言うとリリムは、摘まんだ『泉の女神』を無造作に放り投げた。それを掴んでいるメリアもろとも。


 そのまま空中で一回転して着地したメリアの息は荒く乱れていた。ただ放り投げられただけではないほどメリアは消耗していた。この一瞬のリリムとのやりとりだけでの精神的な消耗である。


「わかりましたか? これが今の貴女の実力と、三十日で到達すべき力の差です」

 冷酷に言い放つリリムと、彼我の実力差をまざまざと見せつけられ、至るべき頂の高さに呆然とするメリア。


「たとえ無理でも……やらねばならないのです。勇者さまのため、正義のため、少しでも強くならねばならぬのです」

 メリアは剣を鞘にしまい、己の手のひらを見ながらやっとという思いでそれを口にした。


 メリアの言葉を聞いたリリムはにっこり微笑んだ。メリアの折れない心に。

「その意気です。しかしわたしの見立てではメリアさん、貴女の能力ステータス的な強さはもう十分な水準にあると思います」


「…………どういうことですか?」

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