勇者どのは数々の難問を解決してきたとデモゴルゴンより聞いておる
「あー、来てる来てる。こりゃヤバいな」
農夫の男性に呼ばれ、デルフィニウムの自宅前――デルフィニウムが毎日魔法をぶっ放していた所――へとやってきた。先ほど旅立ちのために出たはずの家に逆戻りである。
デルフィニウムの家の前――まさに前日まで毎日彼女が魔法を唱えていた場所にイリスが立ち、額に手を当てて遠方をのぞき込んでいる。
イリスが見ているのはまさにその、デルフィニウムが魔法で森の中に穿った溝だ。毎日攻撃魔法をぶっ放し続けたその成果は森の中を一直線に進み、はるか奥の山々にまで続いている。
今、その森の中の溝は昼前の日の光を受け、きらきらと輝いている。村から見て、森の奥の方がより多く輝いていて、手前の方は反射が少ない。
水だ。デルフィニウムが作った溝に水が流れ込んでいるのだ。
彼らは知るよしもないことだが、デルフィニウムの魔法は背後の山を貫き、そこに長年――何百年か何千年か――かけてため込まれた地下水が染み出してきたのだ。
「勇者どの、勇者どのは数々の難問を解決してきたとデモゴルゴンより聞いておる。どうにかしてくださらんか?」
デルフィニウムの祖父とは幼なじみだというこの村の長がやってきて懇願されれば断りようがない。
今はまだ村からはるか離れたところにしか来ていないが、この水はやがて今イリスたちが立っている足元にまで届くだろう。
そうすると溝に沿って流れてきた水はここから溝の外に流れ出す。
真っ先に水に浸されるのは村の周囲に広がっている畑だ。今まさに種まきが行われている村の畑が水浸しになってしまえば作物は育たない。
そして畑の次は村が浸水することになる。
水がそれほどの量溢れ出すかどうかはわからないが、その可能性があるということだ。
「大丈夫なの。わたしに任せるの」
「やめろ、待て!」
慌ててデルフィニウムが魔法を唱えようとするのでイリスが慌てて止めた。
「どうして止めるの?」
「お前、何をするつもりだ?」
イリスの問いにデルフィニウムは何を当然なことをといった感じで答えた。
「水が溢れたらダメなの。溝の真ん中の土を魔法で盛り上げれば水は止まるの」
デルフィニウムの意見にイリスは頭を抱えた。
「よく考えろよ……。水路に蓋をしても溢れて結局こっちは水浸しだ」
「あ」
山からあふれた水が溝を通って村の方へやってくるのを見てわかるように、水源と村では村の方が標高が低い。いずれは村が水浸しになってしまうのは自明だった。
「だったら、どうすればいいの……? 村の周りをぐるっと山で囲うの?」
デルフィニウムが手に持った杖を掲げて村を囲うように動かしそう言った。
「それができればいいんだろうがな……」
イリスは想像する。デルフィニウムほどの魔法使いであれば、何度かに分けて周囲の地形を操作して村をぐるっと堤防で囲うことはできるだろうが、問題はデルフィニウムは一日に一回しか魔法を使えないことにある。何度かに分けるということは、そのまま何日かかかるということでもある。
すでに三十日という限られたタイムリミットのうちの貴重な三日間をこの村で過ごしているイリスにとって、さらに数日を費やすという選択はあり得なかった。
「だからさ――」
イリスはビシッと指を指した。今しがたデルフィニウムが盛り上げればいいと言ったまさに同じ場所である。
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