見かけねーと思ってはいたが
イリス流に言うならば、「特にこれといったイベントもない三日間」であった。
イリスはデルフィニウムと三食をともにして、気が向いたらデルフィニウムの仕事(ジャムだけでなくワインやジュースなども作っていた)も手伝ったし、夕方になるといつものように魔法をぶっ放しては倒れるデルフィニウムのために村の人を呼びに行ったりもした。
そして馬車が出る日の朝になった。
「準備はいいか? じゃ、行くぞ。鎧は置いてけよな」
「…………仕方がないの」
名残惜しそうに鎧を見ているデルフィニウムを引っ張るように家を出た。「偉い騎士様になりたい」と常々言っていたデルフィニウムだったが、魔法使いになれない代わりではなく、案外本気でなりたかったのかもしれない。
「広場に行く前に、寄りたいところがあるの」
家を出たところでデルフィニウムがそういった。
「……? まだ時間はあるから別にいいが、どこに行くんだ?」
イリスの問いに、デルフィニウムは曖昧な笑みを浮かべた。五年前とは異なる、少し大人びた表情だった。
大きな袋を持つデルフィニウムと、手ぶらのイリスが村の中を連れ立って歩いて行く。村の人々は二人を見るたびに手を振り挨拶してくれる。過酷な境遇にある人たちだが温かい人たちだとイリスは思った。
途中、デルフィニウムは神妙な顔つきをしていたので、イリスも話しかけにくかった。終始無言だった。
二人は村の外れにある小高い丘を登っていった。
丘の上に生えた大きな楢の木が徐々にその姿を現してくる。早春の穏やかな光を浴びて新緑が次々芽吹いている。
やがて、木の根元にいくつかの背の低い人工物が置かれているのが見えた。
いくつかの石造りの板がそれぞれ少し離れて地面に埋められている。花が添えられているものがあった。
言うまでもない。墓標である。デルフィニウムが前に立った墓標にも花が添えられていた。
「見かけねーと思ってはいたが……」
デルフィニウムに続いてイリスが墓標の前に跪いて手を合わせた。
「亡くなっていたんだな、ジーサン」
デルフィニウムの祖父、デモゴルゴンはかつて東大陸の帝国で宮廷魔術師を務めていた人物に仕える魔法使いだったが、主が失脚するのに伴い家族を連れて帝国を脱出、西大陸の王国へと逃げ込んだ移民第一世代だ。
ここ、デモン族の村では当時唯一の魔法使いとして村人の尊敬を集める傍ら後進の指導にも邁進し、村の発展に尽力した。
しかし、その指導は厳しいことで知られており、特に孫娘であるデルフィニウムに厳しかった。
それはひとえに孫娘を想ってのことだったのだが、その方針が間違っていたということにデルフィニウムが村を出て行くまで気づくことはなかった。
その後、心を入れ替えたデモゴルゴンはイリスとともにヴレダ要塞に詰めていたデルフィニウムの元へと赴き和解。その後村に戻ったデルフィニウムとは極めて良好な関係だったという。
「ちょうど一年前だったの。前の日までいつものようにお酒を飲んで、笑っていたけど、びっくりするくらいぽっくりなの」
デルフィニウムが話す。あっさりすぎて不思議と哀しみは湧いてこなかったそうだ。むしろ、最後の数年間の楽しい思い出ばかりが思い起こされたという。
「そうか。ジーサン、幸せだったんだな」
イリスが墓前から立ち上がると、デルフィニウムは彼女の大きな袋を手にすでに丘を下り始めていた。駆け足でデルフィニウムを追いかけるイリス。
その時、村の方からひとりのデモン族の男性が走ってきた。最初にイリスに話しかけてきた農夫の男性だ。
「た、大変だー!」
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