ささやき――いのり――えいしょう――ねんじろ! ってか?

 ルーヴェンディウスが探す魔王リリムは、イリスが暮らしている小屋の目と鼻の先――ほんの数メートルのところにいた。ルーヴェンディウスが気づかなかったのは、彼女が落下した場所の反対側だっただけだ。


「これが……」

 ルーヴェンディウスの前に二つの白い像があった。二つとも見事な造形で、今にも動き出しそうな迫力がある。


 いや、それは動いていたのだ。五年前まで。


「あぁ、リリムたん――。像になってもじつにかわゆいのぉ」

「さっきから気になってたんだが、その『リリムたん』てのは……」


「? リリムたんはリリムたんじゃろ? 何か問題でも?」

「…………まあいいわ。で、そのリリムだが、ご覧の通り“神”との戦いでオレの仲間、メリアとともにこの有様だ」


 白い像の近くには木の枝やら金属のパイプやらで不格好につぎはぎされた支柱にくくりつけられる形で傘が掲げられていた。傘はリリムとメリアの像の上に掲げられており、雨に濡れないようにというイリスのせめてもの気遣いが感じられた。


「もう一人はあっちだ。デカいから、どうにもならなかった」

 イリスが向いた方を見ると、草原と森の境目辺りに巨大な狼の像が建っていた。五年間雨ざらしになっていたというが、特にいたんだ様子もなく、まるで昨日作られたかのようだ。


「これは……」

 ルーヴェンディウスがリリムの像に触れながら言った。


「塩だ。“神”の怒りに触れた者が塩にされるとか、あいつ本当に異世界の神なのかよ」

 ルーヴェンディウスにはイリスの言ってることはよくわからなかったが、おそらくイリスが生まれた世界の話なのだろう。


「“神”が何を意図してリリムたんを塩の像にしたのかはわからぬが――」

 ルーヴェンディウスはイリスの方を見た。イリスもまたルーヴェンディウスを見返した。


「塩でよかったわい。これが灰だったら洒落にならぬ」

「ささやき――いのり――えいしょう――ねんじろ! ってか? いや、何でもない。忘れてくれ」

 頭上に「?」を浮かべるルーヴェンディウスを見て、イリスは肩をすくめた。


「で、どうするんだ?」

 イリスの問いにルーヴェンディウスは即座に答えた。

「もちろん、元に戻す」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 イリスがルーヴェンディウスの肩を掴んだ。イリスの方を見るルーヴェンディウス。


「ひとつだけ確認させてくれ」

「なんじゃ?」


「今のあんたは――リリムの何だ? 敵か?」

 イリスがじっとルーヴェンディウスを見つめる。その瞳は真剣そのものだった。もしルーヴェンディウスが敵であったとしても十歳児並みの力しかないイリスにはどうすることもできない。しかし聞かないわけにはいかなかった。


 その問いを聞いて、ルーヴェンディウスは安心した。その気持ちは表情にも表れる。

「わしは――リリムたんの友じゃ。〈魔王因子〉継承者ではなく、リリムたん自身のな」


 イリスはルーヴェンディウスの目をじっと見て、そして視線を外した。

「そうか。それを聞いて安心した。来世のオレにも友はできるんだな」


 と息を吐いたのだが、

「リリムたんは千年に一人の美少女ぞ。こーんな美少女を裏切るはずもなかろう。むむ? よく見ればこっちの騎士もなかなかの美少女ではないか! わしのハーレムがまた一歩……ぐふふふ」


 などと汚いオッサンみたいなことを言い始めたので心配になってきた。

「こいつ、本当にあの『吸血侯』かよ……」

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