血以外も飲めるんだろう?

「とりあえず飲め。……血以外も飲めるんだろう?」

 とりあえず話を聞くためにイリスは小屋の中に案内した。備え付けのちゃぶ台の前に座らせ、貯蔵庫から持ってきた紅茶を出してやった。


「すまぬの……」

 ずず……と音を立てて紅茶を飲むルーヴェンディウス。その姿は可憐な美少女にはとても見えないほど哀れで無様だった。


 そう。無様だったのだ。

 よくよく見ればルーヴェンディウスの肌は荒れ、髪はボサボサで、目の下には隈が色濃く残っていた。明らかに疲労困憊であった。


「五年――五年探し続けたのじゃ」

 紅茶を一杯飲んで少し落ち着いたのか、ルーヴェンディウスはぽつりぽつりと状況を話し始めた。


 あの時――“神”が降臨したとき、ルーヴェンディウスは魔王リリムの命により帝国軍全軍を、イリスが最高司令官を務める王国軍のヴレダ要塞前に終結させていた。


 上空より後光を携え降臨してきた“神”に対し、ルーヴェンディウスは即座に全軍の解散と逃走を命じた。


 ルーヴェンディウスは、“神”の存在を知っており、その強大さも知っていたからだ。彼女の持つ〈吸血鬼因子〉もまた“神”より授かったものであったからだ。


 そして自身は“神”に恭順する姿勢を見せ、可能な限りの人的損害を防いだ。“神”は帝国軍に対し勝利したと喧伝しているが、それは嘘だ。この時点で帝国軍に人的損害はほとんど出ていない。


 一方でルーヴェンディウスは魔王リリムの居場所を探していた。

 身代わりを立て、自分は文字通り各地に飛び、リリムを探したが手がかりすら得られなかった。リリムに同行させた狼少女、フェンの姿も見当たらなかった。


「三年かけて東西両大陸のすべて――文字通りすべてじゃ――を探し回ったが、リリムたんは見つからなんだ。そこでわしは――」

「大陸の外に目を付けた、というわけか」


 勇者イリスの指摘に吸血鬼ルーヴェンディスは首肯した。

「リリムたんが世界の地図を作らせていたことは知っておったからの。わしはその地図を見つけ出し、両大陸の間に不自然な空白地帯があることを見つけ出した」


 そこからが問題だった。

 この世界の人びとは北部で接続された東西両大陸以外に陸地があることを知らなかった。ゆえに大海を越える大型船の建造方法を知らず、その建造に二年を要した。


「何度も失敗した。――いや、最後まで失敗続きだったがの」

「最後まで?」


 イリスの問いに、ルーヴェンディウスは肩を落とした。――ように見えた。

「完璧だと思われた船も海を渡りきることはできなんだ。沈みゆく船からわしがコウモリに変身して呼び立つことでようやく――」


「この島を見つけた」

「うむ」


 正確な位置がわからなかったので、三日間もさまよい続けたとルーヴェンディウスは力なく笑った。


「この世界に空飛ぶ生き物はいないと思ってたから、あんたを見たときには焦ったぜ」


「このわしもほんの五年前まで、空を飛ぶなど思いも寄らなかった。千年も生きておったのにな。リリムたんに教えてもらったんじゃ」


「なるほど。あいつは――リリムはオレの来世の姿らしい。なら空を飛ぶなんて発想も生まれるだろう」

 イリスは日本から召喚された勇者だ。だからその来世であるリリムも日本での知識を持っている。


 イリスは自分の分のティーカップをちゃぶ台において立ち上がった。

「どこへ行くのじゃ?」

「リリムに会いに来たんだろ? 案内するぜ」


 その時のルーヴェンディウスの顔は見た目通りの輝くものだった。

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