俺ハ死ンデモ“神”ニハ従ワネーゾ!

「アトラスゥゥゥゥゥ!」

 一方のヴェーテルは背負った巨大な斧を取り出し、勢いに任せて巨人に斬りかかる。その気迫と勢いに、隊長を守るべき周囲の兵士達は手も足も出せない。


 常人には持ち上げることすら不可能な巨大な斧が、ヴェーテルの常識外れの膂力によって振り下ろされる。しかしそれは主が想定した破壊をもたらすことはなかった。


 ガチン! 鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が基地を支配した。

 ヴェーテルの斧に勝るとも劣らぬ巨大な鉄の塊――アトラスの剣がヴェーテルの斧を受け止める。


「リリム様ヲ裏切リ、クソ“神”ニ食ベサセテモラウ残飯ハ美味イカ、アトラス?」

 怒りゆえにヴェーテルの顔が歪む。

 鉄と鉄が互いを押し合うギチギチという音がする中、ヴェーテルが憎しみとともに力を込めて押し込んだ。


「……………………」

 対するアトラスは無表情でそれを受け止めるが、太く膨れ上がった腕からかなりの力が込められていることがわかる。


 周囲の兵士達はそのあまりの迫力に手出しすることができない。

 そのままの状態がどれくらい続いただろうか。遠方を見たアトラスが何かを確認すると、アトラスは不意につばぜり合い状態から一歩引いた。力を抜かれる形になったヴェーテルは力のやり場を失い、そのままつんのめって倒れ込んでしまった。


 その隙に周囲の兵士達がヴェーテルに殺到して『異教徒』のオーガを捕縛した。

 基地に静寂が戻った。アトラスとヴェーテルの捕り物の隙に他の全員はまんまと逃げおおせたのだ。


「クソッ! 殺セ! 俺ハ死ンデモ“神”ニハ従ワネーゾ!」

 常人の手首ほどもある太さの鎖で雁字搦めにされたヴェーテルがその静寂を破ったが、もはやその迫力に怯む者はいない。


「アトラス! 覚エテロ! コノ裏切リ者!」

 アトラスが何事か呟いたが、それはヴェーテルの叫び声にかき消され、どこにも届かなかった。




 世界は神が支配していた。


 かつてこの世界は『強いものほど尊ばれる』という価値観の帝国と、その帝国から逃れた人びとが建国した王国の二つに分かれていた。


 建国の経緯も、思想も異なる両国が共存できるはずもなく、両者は永きにわたって争い続けてきた。


 しかし、帝国から逃れてきた人びとが建国した王国が武力で帝国に適うはずもなく、王国はやがて劣勢に追いやられていった。


 そこで王国は窮余の策に打って出た。異世界から勇者を召喚したのだ。勇者は神より授けられたチート能力をもって帝国を徐々に押し返していき、やがて難攻不落の要塞・ヴレダ要塞を陥落せしめた。


 一方の帝国にも尋常ではない存在があった。帝国を支配する魔王である。


 魔王とは帝国を支配する王のことであるが、実はそれだけに留まらない。

 魔王たる証である〈魔王因子〉。〈魔王因子〉を持つ者は帝国最強に相応しい武力と知能、そしてカリスマを得る。


 神に与えられたこの権能は代々の継承を通じて強化されていき、帝国にさらなる強さと新陳代謝をもたらしていた。

 そしてその勇者と魔王が激突する――


 とはならなかった。


 勇者と魔王は突如として歴史の表舞台から消えた。

 それと時を同じくして、神は人びとの前に姿を現した。神の直接統治の始まりである。


 神の直接統治は単純明快であった。従う者には安寧を、逆らう者には死を。

 王国民の多くはその威光の前にひれ伏した。帝国民も多くがその力の前にひれ伏した。


 しかし、全てが頭を垂れたわけではない。


 神の統治に反感を持つ者は決して少なくない。


 神をもってしてもこの世界から争いはなくならなかった。

 しかし、争いをなくすこと。それは神の意志なのだろうか――?


 勇者と魔王の行方はようとして知れない。

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